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靖国神社について

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リストマーク 創建
靖国神社では、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって創建された。戦死した官軍兵士を神様として祭る場所であが、官軍の軍歴があっても神として祭りもれた人は多い。もちろん、天皇陛下のために一番戦った軍人の誉(ほま)れ西郷隆盛、明治天皇崩御に殉じて自刃した帝國軍人の鏡:乃木まれすけ日本帝國陸軍将軍(学習院総長)、長岡藩の海軍の山本五十六元帥を輩出した(小泉首相が鏡とする)『米百俵の精神の軍人』がそうである。私の家の床の間には乃木将軍夫妻の写真が家には不釣合いな立派な額に入れて飾られていた。祖父は陸軍騎兵として従軍した。

                          靖国神社御祭神戦役・事変別柱数

 (平成12年10月17日現在)
明治維新 7,751 西南戦争 6,971
日清戦争 13,619 台湾征討 1,130
北清事変 1,256 日露戦争 88,429
第一次世界大戦 4,850 済南事変 185
満洲事変 17,175 支那事変 191,218
大東亜戦争 2,133,760 合  計 2,46 6,344
     靖国神社のWebより引用しております。


リストマーク 富国強兵
明治天皇の思し召しとは別に時代の要請で靖国神社は廃仏棄却令と平行して、列強を前にして紛争解決のために『富国強兵』の要として天皇陛下を『現(あらたま)神』として国を統帥する陸軍省所管の国家神道の総社として一人歩きを始めた。このため帝國軍人は「天皇陛下万歳とか、大東亜戦争を聖戦といって天皇陛下の僕(英語でイエスマン)」として死をも恐れず勇猛果敢(かかん)に戦った。


リストマーク 解体
連合軍の物量作戦にこそ負けたが、『最高栄誉として戦死して靖国神社に神として祀られる事として「靖国であおう」を精神理念とする国家神道に支えられた帝國軍人恐るべし』と連合軍(占領軍)はいち早く国家神道を解体した。事実、戦前は現在の九段会館を加えた広大な敷地のなかにあった。敷地の一部は現在は国有地となっており、そのうち九段会館を日本遺族会が管理しております。


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