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Minaの妊娠・入院・手術秘話 |
| 時期 | 出来事 | |
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| 1996年3月 | 妊娠(1回目)発覚。 | この妊娠の前年には、「子宮内膜症」と診断され、医者に「子どもは出来ないかもしれません。」と言われていました。
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| 1996年4月 | 切迫流産。 | 妊娠がわかってから3週間後のことでした。突然の出血で、病院へ行くと、即入院。入院の翌日には自然に流産していたとわかり、子宮内容除去しました。
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| ↑ 【秘密のお話】このとき入院した病院での出来事です。流産していたとわかったとき、Minaは精神的にも不安定だったのでしょうか、とにかく泣いて過ごしていました。・・・が、この病棟の看護婦さんにこう怒られました。「流れちゃったものはしょうがないでしょ!」 慰めて欲しかったわけじゃないけど、この言葉は無いんじゃないかなぁー、と今でも思います。もちろん、さっさと退院し、この病院へは二度と行きませんでした。 |
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| 1997年6月 | 妊娠(2回目)発覚? | ある夜、突然の腹痛で病院へ行きました。かなり、ひどい状態だったようで、そのまま入院。病名は「腹腔内出血」。原因は、流産によるもの(子宮外妊娠、卵巣出血の疑いも有り)で、翌日緊急手術。右側卵巣を部分切除し、子宮内容除去しました。 |
| ↑ 【秘密のお話】いろんな科の医者が来て、「うぅ〜ん、違うなぁ」なんて言われ、結局病名がわかったのは、病院に着いてから4時間後のことでした。その日の朝、夫と元気に話していたのですが、突然息が吸えるけど、吐けない・・・という状態に。本当は午後に手術する予定だったのですが、緊急にそのまま手術されることになりました。このときは、本当に死ぬかと思った・・・。生まれて初めて腹を切られたのですが、心の準備(?)もないままに、あーーーっというまに手術は終わっていました。 ↑ 【秘密のお話 part2】2週間後無事退院し、私を待っていたのは、愛車の車検でした。車検後、ふと気づきました。車検代と私の入院費用が同じ・・・。「そうかぁー、私も車検したのねー」・・・とバカなことを思ってしまいました。 |
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| 2000年1月 | 妊娠(3回目)発覚。 | 前の2回のこともあって、「無事に出産できる」という期待はしていませんでした。 |
| ↑ 【秘密のお話】私の妊婦検診の医者は、みんなに恐れられ、いつもあっさりした人でした。でも、妊娠中に「もう、(赤ちゃん)大丈夫、産めるからね」と言われたときは、本当に嬉しくて嬉しくて・・・。結構、良い医者でした。 ↑ 【秘密のお話 part2】どの家庭でもある話なのでしょうが、Minaはこの妊娠がわかるまでに、だいぶ周りに「子どもは?」と言われました。その上、「不妊治療の病院に行ったほうがいいよ」という言葉には、大きなお世話だっ!・・・と思いました。 |
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| 2000年8月 | もねごんを出産。 | 出産前日の夜、「破水したかも・・・」というわけで、病院へ慌てて行きました。結局、全然子宮口も開いていない、「出産予定日過ぎるかも」・・・ということで帰宅しました。でも、家に戻ってから、出血と規則的な痛みがあり、再び病院へ。病院へ着いたときには既にもねごんの頭が見えていました。超安産・・・と言われるほど、2時間の出産でした。 |
| ↑ 【秘密のお話】出産前日の夜、Minaはもの凄い雷雨の中、病院へ向かいました。途中、道路が水びたしになっていたり、反応式の信号が反応しなかったり、車から変な臭いがするし・・・というアクシデントも。とにかく生きた心地がしなかったです。病院に生きて着くだろうかー、と本当に思いましたよ。 ↑ 【秘密のお話 part2】一度病院から家へ戻ってきて、しばらく痛みと出血がありました。 この痛みが、トイレの便座に座っていると、なんとなくラクになったんです。もしかしたら、もねごんは、トイレに・・・(・・・書けない・・・)。 ↑ 【秘密のお話 part3】再び病院へ行く前に、病院へ電話しました。「出産まで時間がかかるだろうから、朝になってから来てもいいよ。」と言われました。今思うと、朝になるまで待っていたら、もねごんは家で生まれてしまっていたでしょう。病院で出産するとき、3回くらいふ〜ん、ってしたら生まれました。助産婦さんに「次に産むときは、病院までもたないかもね」なんていう冗談にも笑えるほど、元気な産婦でした。生んで1時間くらいで「朝ごはん食べるかい?」と言われ、「食べます!」と言ったのは私くらいでしょうか??? |
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| 2006年6月 | 婦人がん検診を受ける。 | もねごんの出産後、初めて婦人がん検診を受けることにしました。 乳がん検診と子宮がん検診のセットで、1時間ほどで終了。 子宮がん検診の際に、「子宮腺筋症の疑いがあります」と言われました。 後日、婦人がん検診の結果が届き、「異常なし」でした。 |
| ↑ 【秘密のお話】Minaが婦人ガン検診を受けようと思ったのは、ぱぱごんの姉が子宮がんで治療を始めた頃でした。 「早くガンが発見されていれば、義姉は治ったかもしれない」という思いから。(その後、義姉は亡くなりました。) |
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| 2006年10月 | 婦人科で診察を受ける。 | やっと身辺も落ち着き、診察受ける気になりました。 診察結果はやはり「子宮腺筋症」。 ピルを閉経まで飲んで症状を抑えるか、手術して根本的に治してしまうか、 今後の治療を考えるように、医者から説明を受けました。 |
| 2007年1月 | 婦人科で診察。 | 左側の下腹部の痛みが続くことを話すと、医者から検査を受けるよう言われました。 MRIというもので、後日検査することにしました。 検査結果、左側の卵巣のう腫と判明。 腹腔内視鏡での手術で、3月に左卵巣摘出することにしました。 子宮腺筋症の影響で、子宮自体も腫れているとのこと。 3月の術前検査までに、子宮も切除するかどうか、決めることにしました。 |
| 2007年3月 | 術前検査と手術。 | 術前検査時、子宮全摘することに決めました。 卵巣は、子宮の炎症さえなければ問題ないだろう、とのことでしたが、 手術中に決めるとのこと。 手術を終え、子宮だけ摘出したとのこと。 卵巣には問題なく、このまま残そうということになったそうだ。 傷は5箇所。1センチほどの傷跡が下腹部に出来た。 (年々消えていくだろうと言われたのですが、8月現在、2箇所が消えてしまいました) |