山梨県塩山市
- おいらん渕 -
噂・現象
・昔、舞台から転落死した人々の霊がさまようらしい。
基礎知識
・この付近は非常に暗い為、懐中電灯が無いと身動きがとれない。
ストーリー
戦国時代、武田軍の軍資金の源であった黒川金山の在りかが
巷に漏れるの恐れた武田家は、遊女55人を舞台の上に舞わせ、
舞台ごと谷底へ落とした。
それほど高さが足りず、すぐには死なない者もいたが、
下流の村にも手当てしてはいけないというお触れを出し、
苦しみながら死んでいった者もいるという。
恐怖感
★★★☆☆
リポート
Date:2001/09/02 深夜
おいらん渕前
東京から青梅街道をひたすら山梨方面へ向かう。
明かりも無い場所であり、初めて来た時は通り過ぎてしまうほど。
慰霊碑
この慰霊碑が唯一の目印。
慰霊碑の後ろは崖に近いので、やんちゃは控えめに。
慰霊碑をもちっとアップ
地面にさす訳でもなく立てかけられた卒塔婆がありました。
突然倒れたら泣くなぁ。
階段
慰霊碑の脇にちょっとした階段があります。
と言っても沢を降りれる訳ではなく、10段ぐらいしかありません。
階段下
階段を降りきったところにも卒塔婆がありました。
どなたかが定期的に供養しているようです。
階段右
実際の渕はこの場所よりもう少しずれていて、
「銚子滝」という名前がついています。
この写真は階段から滝の方へカメラを向け撮影したもの。
滝方面
滝に一番近いと思われる道路わきから撮影。
感想
実はおいらん渕へ初めて来た時は、車から降りることができませんでした。
霧が出ていてあまりにも視界が良くなったということもあるのですが、
車を包む闇と霧。そして滝の音。雨が降った後だったのか、川が怒りを
示すかのように岩に叩きつける水の音が鳴り響いていました。
あの時のおいらん渕は、数ある心霊スポットでもかなり印象的でした。