魚籃大観音/神奈川県小田原市
東海道線の早川駅から見える大観音である。
この観音サマ、実は以前からず〜っと気になっていたのだが、行く度に道に迷い車を擦りそうになりながら泣く泣く断念したいわくつきの大観音なのである。
この度キッチリ住所と地図を確認し、万全の態勢を整えての出撃となった。
それでも数回道を間違えるほど入り組んだ場所にあるのだよ。
「大観音はデカイので遠くからでも見える=近くに行けば大抵何とかなる」という甘ったれた考えをバッチリ覆し「何事も舐めたらアカン」と教えてくれる実にありがた〜い観音サマなのである。

で、やっとの事で大観音の足元にたどり着く。
東善院というお寺の境内に立っている魚籃観音。
海の近くでは釜石大観音や生月大籃魚観音などに見られるように大型化されやすい観音サマのようだ。

魚の入った買い物かごを持って立つ観音サマは高さは13メートル。
確か以前見た際にはコンクリ打ちっぱなしで黒ずんでいてある種の凄みがあったが、近年塗り直したようで。

相模湾を見下ろす高台に立っているので遠くから見ても近くから見ても実際の高さ以上の迫力、煽り感がある。

買い物かごの端から魚の尻尾が見え隠れ。筋金入りのエコバッグですね…
実際にかごの中身にどんな魚が入っているのか確認したかったのだが、周辺にはこの観音サマを見下ろす建物もなく、ヘリコプターをチャーターする甲斐性もないのでグーグルアースのver.50辺りが開発されるのを待ちましょう…
観音サマの台座には扉がある。
さすがにこの大きさで胎内巡りはありえない事はがってん承知の助。
でも1万分の1ほどの淡い期待を持ちつつ扉を開ける。
…開ける…くっ、開けるっ…くうううう〜、鍵がかかってて開かないじゃん。
外から見る限りでは曼荼羅絵が並んでました。

台座には記念碑がはめ込まれ、その日付から建立は昭和57(1982)年と推定される。
建立の目的は場所柄、海上安全と大漁の祈念、魚貝の供養とあるが、さらに殉国英霊や大戦犠牲者の供養も謳っている。
そういえば観音サマの近くには「駆逐艦五月雨戦没者慰霊之碑」という慰霊塔も建っていた。
当サイト既報の通り、戦没者慰霊のために大観音を建立するというケースはいくつか見られる。
しかしそれは終戦間もない時期が多く、昭和50年代後半というのは珍しいと思う。
もしかしたら戦没者慰霊大観音の最後の残照なのかもしれない。
ご存知の通り、その後本邦における大観音、大仏建立は観光客誘致が主な目的になっていく。
その事を考えるとこの大観音の重要性がお分かりいただけるかと思う。
こうして毎日毎日海を眺める観音サマ。
並み居る巨大観音に比べればそれほど大きくはないが、ロケーションの良さが際立つ好物件であった。

ただしすぐ背後では新幹線がもの凄いスピードで走り抜けていてすげウルサイんですけど…
2007.3.
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