| ピックアップ「日々の独り言」 |
政局を牛耳る公明=創価 - 2008年9月7日
白川さんは10年以上、たとえば地下鉄に乗るときなどは、電車が駅に到着して停止し、ドアが開いて乗る段になるまでは、壁や柱に自分の背中をしっかりとくっつけているそうです。なぜか? 自分の命を自分で防衛するためです。その行為について白川さんは、「それくらいのことをするのはプロの政治家として当然」といっています。 中西龍というアナウンサーについて - 2009年9月1日
どんな風に女性と情を通わせたのか知る由もありませんが、私が勝手に想像しますと、中西龍の最強の“武器”が何かといえば、やはり声であり語りであると思います。それを最大限に生かすには、部屋は暗い方がいいでしょう。その薄暗がりで、淀みない声を女に聞かせるのです。それが恋の話でも愛の話でも同じこと。ニュース原稿でさえ流麗に聞かせ、内容よりもその声に惚れさせた中西ですから。 みんなと一緒が安心? - 2008年8月25日
日本人は、そこそこ頑張って、そこそこの生活を長い間、続けられればいいと思っている。だから、守りのレースしかしない。大学でも実業団でも駅伝でもそこそこの成績を残して、チームでのポジションの確保に終始する。指導していても、それを感じる。 血をこえて築く絆 - 2008年8月19日
別れの気配は1歳数カ月しか生きていない女の子をも緊張させます。女の子は、一番好きな保育士に必死の助けを求めます。送り出す保育士の心境も複雑なことでしょう。その子は幸せになって欲しい。でも、自分たちのもとを“巣立って”いくのは心寂しい。相反する思いが自分の中を駆けめぐったであろうことを私は想像しました。 中国冷凍ギョーザ事件のその後と公明党 - 2008年8月8日
福田首相は、次期総裁ともいえる幹事長の座に麻生さんを据えた時点で、公明党に屈しています。カルトと称される宗教団体をバックにする公明党にいいように国の政治を揺さぶられている今の状況は、たとえてみれば、悪の宗教の教祖が日本という国を思いのままにコントロールしている図、のようでもあります。 知られざる写真家マリオ・ジャコメッリ - 2007年7月24日
家庭や街頭の映像装置からは、のべつ幕なしに映像が流れています。その中のわずか数パーセントには良心的なものが含まれるかもしれないが、残りの100パーセント近い映像は、それを観る人間に消費行動を起こさせることを意図して作られたような商業映像だ、といいます。問題は、なぜジャコメッリは資本主義から離れたところで作品を作り続けることができたのか、ということです。その問いについて辺見さんは、ジャコメッリは常に死と向かい合っていたからではないか、というように答えてみせます。
変人バンザイ? - 2007年7月20日
ある日のこと、家にビリヤードの台が届いたそうです。注文したのはもちろん、“遊び人”のお父さんです。昭和40年代の話で、当時で20万円くらいしたそうですから、同じものを今求めたら、その数倍はするでしょう。結構な道楽です。それでいて、家計は楽ではなかったそうです(^m^) なんといいますか、この計算ずくでない生き方はいいですね。 『2001年宇宙の旅』を観て - 2008年7月2日
さて、『2001年宇宙の旅』の原作者のアーサー・C・クラークはこの作品で何を書き、何を訴えているのでしょうか。そして、それを映像化したキューブリックは、原作をどのように解釈したのでしょうか。キューブリックの中で明確に解釈できたのであろう“哲学”を、作品を観る観客が確実に受け取れる保証はありません。私も、自分なりに拙い解釈を組み立ててはみるものの、真実にどれほど近づけているかはまったく自信がありません 自ら価値観を育てる - 2008年6月17日
何が何でも親に反抗しろといいたいわけではありません。「親は親として尊重しつつ、適度な距離を保ち、話半分ぐらいに留めて、残り半分は自分でよく考えましょう」ぐらいの意味です。私のいいたいことがどれほど伝わっているでしょうか。子供は親のコピー物ではないのですから、親と同じである必要はありません。全く同じなら、生まれてくる意味もありません(?)。 反面教師・寺脇研の場合 - 2008年6月15日
子供の幸不幸というものは、どんな親にどんな風に育てられたかによる部分が大きいように思います。この2人の場合は、学業に優れていることが一番といった育てられ方をしています。子供は親の影響を受けて育ちますから、子供の価値観は、学校の勉強でいい成績を上げること以外に見出しにくくなります。あとは、親にのせられたレールから振り落とされることに必要以上に過敏になります。また、親が信じる価値観を強烈に植え込まれた子供は、子供独自の価値観を持ちにくくなります。
感情までマニュアル化? - 2008年4月21日
このことは、藤原さんも指摘していますように、サービス業に限った話ではなく、普通の人々の暮らしの中にもあるのではと思い、本日分の冒頭に昔のリクエスト番組の録音ファイルを紹介したのです。今から14年前の私がそこで「ウンザリ」とするのは、それに通じる「上辺だけ取り繕っている態度」のことであり、今も昔も私は同じことに「ウンザリ」し続けていることになります。 母と子の絆 - 2008年4月19日
広島県に独りで暮らす(?)その女性が20歳の頃、当時交際のあった男性との間に子供ができました。それを男性に伝えたとき、男性から思いがけない反応をされ、それが生涯、彼女を苦しめることになります。その時のことを、女性は10年ほど前、『生命の重み』というエッセイにまとめます。今までのことはなかったことにしよう。俺が好きでも、お前らの家柄は悪いし、血が濁れているからなあ。悪く思うなよ。女性は被差別部落の出身者でした。 ソロで生きる強さを持て - 2008年4月17日
問題の掲示板について前回書いた中で、どうしても不満が解消しないのであれば一旦番組から離れ、「落ち着いたらまた番組に、今度は“群れ”を離れ、たった1人のリスナーになって戻って来てみてください」と書きました。その中の「“群れ”を離れ、たった1人のリスナーになって」という部分が私が一番伝えたかったことです。 「サンセ」版 裏サイト的掲示板 - 2008年4月11日
たとえば、ある人から「あなたは常識を超えている」といわれたらどんな気持ちになるでしょう。これはいい意味にもそうでない意味にも使えます。いい意味で「常識を越えている」といわれたのなら悪い気はしないでしょうが、その逆で使われた場合、ダメージは小さくないと思います。今の騒動のきっかけとなる書き込みには、「パーソナリティの誰それは(悪い意味で)常識を超えている」とありました。 春なのに…「サンセット・パーク」篇 - 2008年3月26日
いよいよ番組の終了時刻が迫り、残り1曲かかるかといった時間帯、用意してあった曲を見送り、東さんのお別れの挨拶が始まりました。時間にして5分ほど。私はそれを聴きながら、「いよいよ来たか」と覚悟しました。案の定、その挨拶はたちまちのうちに涙声に変わりました。無理もないでしょう。9年間も携わった番組とのお別れになるからです。 不屈の映画監督・若松孝二 - 2008年3月8日
若松監督がこの映画を撮るに当たっては、約2億円の製作費を調達するため、「都心の一戸建てと、オーナーをする名古屋の映画館も担保に入れた」と記事にあります。また、上でリンクを張ったYouTubeのなかで戸田さんという方が話されていますが、事件の舞台となった山荘に若松監督自身が所有していた別荘を提供し、それが作品の中で破壊されたそうです。たとえばビートたけしさんが、あるいは山田洋次監督でも誰でもいいのですが、いわゆるメジャーの監督はそれだけの覚悟で映画を撮っているのか?! ということです。
安かろう良かろうビデオカードとペンタブレットの復活 - 2008年2月6日
私が初めて市販のPCを手に入れたのは1999年ですが、同じ時期にそのペンタブレットも購入しています。今ではUSB接続が主流だと思いますが、私のモデルはシリアルポートに接続するという古いタイプです。おそらくは、「intuos」シリーズ(Wacom)の初代モデルだと思います。特別活用していたわけではありませんが、使えないとなると途端に不便に感じてしまうから厄介です。 「さびしさに向きあって」 - 2007年12月25日
石田は、同番組で取り上げられる1年前の2005年5月、踏切内で列車にはねられて死亡しています。それが不慮の事故死だったのか。それとも、自らを死に追いやるような行為の果ての死だったのか。部外者が軽々に語れることではありませんが、本当のところ気になったりもします。同じような死でいえば、17歳で世を去った山田かまちにも似たような“におい”を感じます。 三億円事件の真実に迫る - 2007年12月16日
事件が起こったのは昭和43年12月10日。当日の天気は雨。その悪天候の中を1台の車が疾走しています。日本信託銀行の車で、中には同銀行の行員ら4名が乗っています。車が向かう先は東芝の府中工場。そこの社員のボーナス【300,000,000円】を運んでいるのです。て、数字に間違いはなかったかな? 何しろ私には縁のない金額ですからf(^_^) 漢字でも書いておきましょう。【三億円】!也です。 『ブレードランナー ファイナル・カット』堪能記 - 2007年11月23日
何度も観ておきながら、そのストーリーを誰か他人に正確に伝えられる自信はありません。煌びやかな映像の断片が次々に浮かぶだけです。といって、複雑なストーリーかといえば、そんなことはありません。ごく単純化していえば、人間界に重大な危機を及ぼす“超高性能ロボット”「レプリカント」の彼らを捜し出して“抹殺”するブレードランナーの闘いを描いた作品です。そんなことより、目の前に展開される超映像美と音楽、サウンドを愉しめばそれでいいのだと思います。 「小林桂樹トークショー」動画誕生 - 2007年11月21日
私の行動には、いつも行き当たりばったりのところがあります。当日も、DVカメラ持参で同劇場へ出かけたものの、今回も実際に撮影するかどうか直前まで迷いました。それでも、「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」の変化形(?)で、「撮るは一時の勇気撮らぬは一生の損」ということでカメラを回し始めました。 小林桂樹作品“週”なのだ - 2007年11月19日
この土曜日から、新しい特集が始まりました。「演技者・小林桂樹映画祭 俳優生活65年の軌跡」(※11月17日〜30日)と題された、俳優・小林桂樹(こばやし・けいじゅ)さんの出演作を集めた特集です。昨日は小林さんのトークショーも組まれ、それを私は観たばかりでなく、またまたDV(デジタル・ビデオ)カメラに収めてきましたので、近いうちにその模様を紹介できればと考えています(^ω^) 朝日は「いじめ」の元凶? - 2007年11月17日
朝日は、ネットの発達によって過去に自社が犯した罪がネット上のクチコミによって広まることに恐れを抱き、本来あった意味を別の意味に置き換えるため、「KY」を「空気(K)が読めない(Y)」意味だと勝手に主張し、主に、前首相の安倍晋三議員を徹底的にいじめるため、この「KY」を大々的にPRしました。要するに、「KY=空気の読めない」野郎をみんなで除け者にしようではないか! とグループを挙げていじめ言葉・差別言葉の普及に努めたのです。 いじめっ子朝日世に憚る - 2007年9月14日
「前代未聞のいじめ」に晒(さら)され続けた安倍晋三前首相は、とうとう力尽き、その座から下りた足で病院へ入院しました。それを見て、“いじめっ子”連中は、「病気になってやんの! ザマー! テメーなんか初めから首相の器じゃねーんだヨッ! 今頃わかったか! わかったら、とっとと死んじまえ!」と弱り切った首相を足蹴にしています。 つくづく、「美しくない国日本」になったものだ、と溜息しか出ません。 『海と毒薬』と熊井啓監督の性格 - 2007年8月21日
始まった画面を観てまず驚きました。色がついていません。モノクローム=白黒画面です。この作品の監督補を務められた原さんのお話によると、この作品の話があったとき、開口一番、熊井監督からは「白黒で撮りたい」といわれたそうです。製作されたのが1986年ですから、その当時、モノクロームで撮る監督はほとんどいなかったのではないかと思います。この作品で重要なポイントを占める「血の色」も白と黒の階調で表現しなければならなくなります。色を消すことで、要求は逆に高まったといえましょう。 謎の相原久美子 - 2007年8月2日
創価学会員の組織票を得た公明党候補が票を集めるのは「しょうがない」と諦めもするものの、民主で【507,787票】もの票を集めてトップ当選したのは相原久美子さんなのでした。でも、この相原なんとかさんて誰? と「ポッカ〜ン」とされた方が多いでしょう。中には、世の中の人はよく知っているのに、もしかして自分だけ世間に取り残されて知らないのかな、、、ショボーン━━(´・ω・`)━━とされて人もいるかもしれません。何たって、ブッちぎりの50万票以上の票を得ているわけですし。 保守が革新で革新が保守? - 2007年7月31日
世の中に当たり前のようにある考え方として、「保守」と「革新」があります。ならば、二大政党制で競おうとしている自民と民主はそれぞれどちらに分けられるでしょう。大多数の人は、「保守=自民」「革新=民主」と考えると思います。これまで、私もそのように捉えていました。しかし、小泉前首相以降の自民と小沢代表が率いる現民主党では、立場が逆転してしまう(?)のだということに気づきました。
朝日の安倍政権攻撃は「異様」 - 2007年7月22日
朝日は昔のコミンテルンの発想と同じ。言論の自由を最大限活用し、自分たちの思想を宣伝し、ずっと嘘を言い続けることで、白を黒にしてしまう。しかし、戦後、朝日が実行してきたものが、今まさに否定されているのです。 ドリルをドリームに「ドリルガールズ」 - 2007年6月12日
男の世界で生きてきた先輩の職人たちは、突如出現した「ドリルガール」にはじめ戸惑いますが、彼女のまじめな働きぶりが誰からも認められるようになり、今では彼女たちの存在が、古くからの町工場の雰囲気を変えつつあるといいます。 彼女が働く町工場には現在、彼女を慕うようにして入社してきた工員を合わせ6人が働いています。年齢は、1期生の彼女が26歳。一番下は今春入社した18歳です。彼女たちは、機械の音に混じって最新のポップミュージックが聞こえる工場で毎日汗を流しています。 父と子・松岡さんの場合 - 2007年6月1日
松岡前農水相が亡くなられた翌日、ご遺体をのせた車が国会議事堂の前で一旦停車しました。そして、中からご遺族の方々が降り、議事堂方面に向かって一礼する模様が上空のヘリコプターからの映像で生中継されました。あとでその場面の録画を観返すと、杖をついて深々と頭を下げる松岡アナの姿も確認できます。 没後100年を記念する「靉光展」に滑り込みセーフ - 2007年5月28日
正直いって私は、画家の名前は聞いたことがあるものの、詳しく識っていたわけではありませんf(^_^) そうはいっても、有名な『眼のある風景』はイメージに強く焼き付いています。この作品、発表当時はただ単に『風景』とされていたそうですが、その画面の中央付近にある「眼」がじっとこちらを見つめ、鑑賞者は「眼」から眼を背(そむ)けることはできません。 赤報隊事件で考える・その1 - 2007年5月7日
突如、空気を引き裂くように、目出し帽を被った男がたったひとりで、音もなく、部屋に忍び込んできます。その異変に最初に気づいたのは、3人の中で年少の高山記者です。見知らぬ男は、何用か、部屋の中をゆっくりと進んできます。体格は中肉中背。高山記者のその後の話によると、男の年齢は20代から30代。初めは気づかなかったものの、事務机の陰から男が移動すると、腰の辺りに構えた銃が、せり上がり、一気にして、絶体絶命を察知することになります。 「野田弘志展」やがて有元利夫の絵画世界 - 2007年5月5日
ドガもドラクロワも、その頃出はじめたばかりの写真を使って作品を描いていたことがある、と聞きました。私も時々写真を使います。私の場合は、つくりあげていく絵画であって、私の中にイメージがあり、対象はヒントでしかありません。あくまでも、肉眼で見たフォルムの覚えがきとしての写真です。だからボケていても小さくても構いません。 高校野球特待生問題を考える - 2007年5月3日
某高校の場合、対象の生徒を5段階のランクに分ける実態があるようです。で、その「A」に該当する場合の待遇は、「授業料をはじめとする一切の学費や寮費の免除。および、生活費支援などの“給料”の支給」となります。つまりは、野球さえしていれば、タダで学校へ通えるばかりか、毎月の“給料”までもらえる、というあり得ない現実があることになります。 夫婦の営み - 2007年4月14日
そもそも、男と女はなぜセックスをするのでしょう? 究極的な理由は、それによって、ふたりの子孫を後生に残すためです。この夫婦が、もうひとり以上子供を欲しいのかどうか、赤の他人の私が知るわけもありませんが(^m^)、「ひとりで充分」という合意ができているのであれば、セックスに励む理由は見当たりません。すでに、ふたりの子孫は残せたわけですから。
しかし、彼女の旦那はそういうわけにもいかないようです。 『プージェー』そして『ヨコハマメリー』 - 2007年3月22日
自分たちの食べるものを自分たちの手で用意する彼らは、他の生き物を殺して自分の胃袋に入れるという覚悟ができています。それだけに、大地を汚してはいけないと、血の一滴も粗末にしません。母親にいわれるままに、プージェーも腸詰めのように羊の血を腸に詰める作業を嫌がらずに手伝うシーンがありました。 今回見た2本の作品の底流に流れているのは、覚悟を持って生きた人間の姿です。その覚悟が自分に果たしてどれほどできているか。 川内康範と水原弘と『君こそわが命』 - 2007年3月13日
堕ちるところまで堕とせ。そうして、プールの底まで堕ちきった人間は、あとは自分の足でプールの底を蹴り、己の身体を水の上に浮かび上がらせてくる。それが確認できたら、水原のために詞を書いてやってもいい。そんな思いでしょうか。 最初に作詞の依頼があってから約2年半後、川内は作詞に着手します。そこで生まれたのが、水原奇跡の復活となる『君こそわが命』です。 私の不満 - 2007年3月10日
リスナーを無視し、自分のリクエスト曲がかかったり、自分の名前が放送から流れればそれで満足なのですか? 毎日、聴きたくもないリクエスターの名前を聴かされたり、センスのない曲に付き合わされるこちらの身にもなってください。 モーツァルトとクジラ - 2007年3月9日
いくら待っても待ち合わせ場所に来ない彼に業を煮やした“モーツァルト”は彼の部屋を訪ねます。突然の訪問に彼と部屋の中に放し飼いのインコたちは驚きます。仕方なくドナルドはハロウィンの扮装に着替えます。それがクジラ。これは実話で、モーツァルトとクジラは初めてのデートに出かけて行くのでした。 ちあきなおみという歌い手 - 2007年2月28日
あたしの心の深い闇の中から おいで おいで おいでをする人 あんた誰 人間の奥深いところに手を突っ込んで、それを白日の下に晒すような、禍々しい“匂い”をまとう歌に仕上がっています。 そして、それを我が歌とできたちあきなおみという女には、その禍々しさが似合うだけの力があります。 『天空の草原のナンサ』 - 2007年2月5日
モンゴルでは生まれ変わりの伝説が信じられているらしく、生まれた子供は、あの犬の生まれ変わりだと老婆はナンサに話して聞かせたのでした。ナンサは濡れた髪を乾かすのも忘れ、老婆の話に聞き入ります。そこへ、嵐の中、母親が救いに駆けつけました。ツォーホルも見つかり、家族の暮らしも元通りの“晴天”へと戻っていきました。ナンサの心に、「黄色い犬の伝説」の話を刻みながら。 キャッチボール得意ですか? - 2006年12月2日
ノッポさんは、長いこと幼い子の相手をされてきたためか、幼子の気持ちがよくおわかりのようです。ノッポさんはいいます。友達を「好きだ」というのも「嫌いだ」というのも自由だ、と。さらには、「気が合わなかったら、けんか( `∀´)っ)´Д`);`;:゙::`したってよい」とまで。ただし、これにはある重要な条件がつきます。それは、「一対一の関係」に限ってです。 著作権問題→その後 - 2006年11月18日
私のサイトを掲載させていただいていますサーバ担当者から立て続けにメールが届いたことで事は始まりました。メールには、私のサイトに載せているNHK関連の動画・音声のファイルのいずれもが「著作権侵害」に抵触しているため、削除して欲しい旨の連絡がNHKから入った、と書かれていました。そこで、すぐさま問題のファイルの削除に移ればよかったのですが、私は自分が納得した上でないと実際の行動に移れない人間です(^_^; 泣かないことが男の美学? - 2006年11月16日
「普段泣くことを耐えた男の涙だからこそ価値がある」の考えにはどうしてもついていけません。逆にいえば、「普段からビービー、メソメソ泣いている男の涙なんざぁ、価値ゼロ」といっているようなものです。どうしてそのような決めつけをするかなぁ、、、というのが正直な感想です。いや、私が泣く側の男なのでこのように感じてしまうだけかもしれませんがf(^_^) 泣く男はいただけない? - 2006年11月3日
話がそこで終わっていたら、私が余計な腹を立てずに済んだでしょう。問題はそのあとです。そこで話を止めておけばいいものを、彼らの涙は「価値のある涙」と持ち上げる一方、「やたらと泣くことが多くなった最近の男たちというのは、いただけない」ときました。ちょーっと待ってください、若旦那!旦那が書く、「最近の男たち」というのはどの人たちを指しているのですか? 荒木経惟 東京人生 - 2006年10月24日
アラーキーの実家は「にんべんや履物店」といい、アラーキーのカメラで写された自宅には、目印となる大きな下駄の看板がかかっています。幼かった頃、母親はアラーキーに「迷子になったら、あの下駄を目印に戻ってくるんだよ」といい聞かせたそうです。その母は、1974年に亡くなりました。 悪魔とダニエル・ジョンストン - 2006年10月2日
ダニエルは、自分の才能が世に認められる以前、マクドナルドで働いていました。彼はそこでほかの人のようには働けない自分を知り、自分ができるテーブル拭きだけを来る日も来る日もしていたといいます。もしかしたら、彼が作曲をしたり絵を描いたりするのも、彼が自分にできることを見つけ出し、それを自分の持ち分としてしているにすぎない、のかもしれません。いや、これは私の都合のよい勝手な想像ですf(^_^) 日曜美術館30年展 - 2006年9月12日
今の「新日曜美術館」へと続く「日曜美術館」が放送開始から30年ということで、始まったのは昭和51(1976)年ということになります。会場には、初代から現在まで、番組を担当された歴代のアナウンサーとアシスタントが、世相とともに紹介されていました ディズニー・アート展 - 2006年9月4日
彼ら才能に溢れた集団を指揮するウォルト・ディズニーは、スタッフと共に“ストーリー・ボード”でアイデアを練り、彼自身の判断で、いくら絵やアイデアがよいものであっても、ストーリーに邪魔と判断すれば、ボードから、木の葉を蹴散らすように、落としていったといいます。優秀なアニメーターのひとりは、自身が自信を持って担当したシーンをあっさりとカットされ、そのショックで仕事を辞めることまで考えたそうです 「若冲と江戸絵画」展 - 2006年8月20日
京都錦小路の青物問屋の長男として生まれながら、家業にはまったく興味を持てず、「何かひとつ趣味でも持ったらどうか」と趣味のひとつとして絵を始めることになったようです。世間の彼の評価も「無芸の堅物」で、独身癖(※同性愛者という説もあるようです)、隠遁癖も相まって、生きにくい一生を送った(?)ようです。そんな若冲にとり、独り絵筆を振るっているときこそがもっとも充実した時間であった、のかもしれません。 甲斐庄楠音 - 2006年6月28日
松井さんの、「楠音は女の側から女を描くことができたように思う」というような“感想”に呼応するように、松岡さんから、「楠音にはバイセクシュアルやホモセクシュアルなところがあり、本人もそれを隠していなかったと思う」という発言が飛び出したのでした。私は松岡さんの言葉を聴いて、すぐに納得できました。番組の初め、画面には楠音の若き日の写真が映し出されましたが、その面差しには、儚げな女性にも通じる匂いが漂っていたからです。 野十郎とマチエール - 2006年6月24日
初めて野十郎の作品に接した歌田さんは、「素人っぽいなァ」と思われたと正直に告白しています。しかし、その第一印象が「衝撃」へ変わるのに時間はかかりませんでした。そのきっかけとなったのが、1986年に福岡県立美術館で開かれた「写実にかけた孤独の画境 高島野十郎展」のための修復作業です。それを機に、歌田さんの中の野十郎像は、「昭和を代表する画家のひとり」へと変貌したのでした。 フジサンケイ帝国の私怨 - 2006年6月23日
産経新聞の週刊誌の広告で、朝日には載っていて産経には載っていない週刊誌の広告があることをご存じでしょうか。二紙を購読していない限り気づかないことです。その週刊誌は、「週刊現代」と「フライデー」です。この二誌では、この数週間、産経新聞が産経新聞社読者に知られては困る記事が掲載されました。そのひとつは、フジテレビが大慌てで放送を打ち切った格闘技番組「PRIDE」を取り上げた記事です。 八つの祝儀袋 - 2006年6月11日
ステージを終えた遠藤さんが、急ごしらえの楽屋に戻ると、祝儀袋が置かれているのに気がつきました。それも八つもあります。みれば、袋には町長や後援会長、町議会議員の名前やらが記されています。その中に、歌手になることを猛反対した父親の名前が書かれた袋もありました。 ドス黒いものには巻かれろ? - 2006年6月4日
思えば、テレビというのは「虚構の世界」です。そして、その虚構を生み出すため(=視聴率を上げるため=スポンサーを募るため=金を儲けるため)、テレビ局はアンダーグラウンドな世界と文字通り“ウラ”で手を結び合っている疑惑を多くの人は共有しています。 『ウォーク・ザ・ライン』 - 2006年2月26日
彼には、「ウォーク・ザ・ライン」へと導く存在がありました。 幼い頃、夜毎ベッドの中で、尊敬する兄と聴いたラジオ番組で歌っていたジューン・カーター。その彼女が、今、彼と同じツアーに参加し、同じステージに立っているのです。彼にとり、これほどの幸福はなかったでしょう。 ホリエモン・メール - 2006年2月20日
私はこれを初めて目にした時、「ホリエモンはヘンなところにキッチリしているんだな」と思いました。注目して欲しいのは括弧の部分で、それを括弧で囲む必要があったのか、それとも別の新しい行にすべきではなかったのか、というのは別問題として、括弧を閉じたあとにしっかりと「句点」の「。」をつけているのが私には意外に感じられたのです。 陰の放火魔? - 2006年1月21日
他局がまだ「ライブドアに家宅捜索」のニュースを取り上げていない中、なぜか、フジテレビだけが並々ならぬ意気込みで同ニュースをトップから延々と報じていました。それにしても、その時の番組ぶりたるや、鬼気迫るものがありました。フジにとっては、「待ってました!」の“大怨念番組”の様相を呈していましたから。今にして思えば、突如飛び込んできたニュースにしては、妙に段取りが整っていた印象です(←もしかして早い段階から情報が漏れていました?)。 「いい男」でなければ結婚できない? - 2006年1月7日
いってしまえば、ボクは柾木(のどうしようもない不器用さ)が可愛いんだな。柾木は、恋した女を殺すことで初めて心が落ちつくんですよ。なぜか? しゃべらないから。彼女は、自分を脅かす社会そのものだった。その彼女が自分を一切否定しなくなった。その時、彼は初めてホッとしたんだと思うよ。やっと自分だけの世界に戻って来れたから。これぞ、究極の「ダメ男」というべきでしょう。 勉強ができるだけでエラいって? - 2005年9月11日
今回の「しゃべり場」で問題提起をしたSさんは森村さんとは正反対の考えを持つ人間で、要するに、「世の中から認められたレールに乗れ」と訴えているわけです。私が最も嫌う主張です。私はそんなレールからはさっさと降りろといいたいタイプに属する人間です。 人生の安定さえ手にできればいいんですか? そうではないでしょう? “アホ正直”な私から最後のデイトレ報告? - 2005年8月19日
今にして思えば、私は確かに「アホ」だったのかもしれません。ただしそれは、薄利しか上げられなかったことに対していっているのではなく、必要以上に「バカ(=アホ)正直」に自分の売買について書いた行為に対してです。でも、これも自分の性分だと思っています。ネットですから、カネボウの「粉飾事件」を持ち出すまでもなく、いくらでも自分に都合のいい書き方はできたはずです。しかし、それを許さない自分がいるのです。 フジテレビとバレーボールと菊間千乃アナの黒い霧 - 2005年7月17日
菊間アナが参加したのは「2次会」以降とみられるが、関係者によると「食事会」が終わった後、いったん宿泊先のホテルに戻った少年を誘ったのが菊間アナだという。 このことからどんなことが読み取れるでしょうか。私がこれを読んでとっさに考えたのは、「果たして、菊間アナは少年を何のためにわざわざホテルから呼び出したのか?」ということです。 パゾリーニ事件と同性愛 - 2005年6月4日
私が関心を持ったのはパゾリーニという有名な監督が同性愛者であったという一点です。 そういう私はといえば、そういった嗜好は残念ながら皆無ですね。 しかし、同性愛嗜好を持った人物、中でも芸術家には大きな関心があります。なぜなら、芸術の世界ではそういった人物が性交、いや、成功(^O^;している例が少なくないからです。 93歳の現役社長・成瀬さんに学ぶ - 2005年5月31日
成瀬さんには、「金を払ってやるんだから、いわれた通りに仕事をしろ」という親会社の態度がどうにも受け入れられなかったのです。ここからが、成瀬さんの反骨精神発揮となり、「金よりも仕事の方が上」と下請けの仕事を一切断ってしまいます。 “中国人暴徒”を生み出した朝日新聞 - 2005年4月21日
1964年4月のことですが、(日中)両国は“日中記者交換に関する覚書”を締結して、記者を派遣し合いました。ところが、この覚書には、“中国を敵視しない”“二つの中国を作る陰謀に加わらない”“日中国交正常化を妨げない”などの原則が盛り込まれていたんです。 川又昂カメラマンと望遠レンズ - 2005年4月16日
私は映画が好きですが、何が好きといって、その内容もさることながら(←当たり前)、ムービー・カメラによって写し撮られた映像そのものが大好きです。ですから、劇場の暗がりでスクリーンに映し出される“光の乱舞”を目で追っているだけで私は充分に幸せで満足だったりするのです(←そんでもって、作品の出来がよければなお最高(^ー^)/)。 ホリエモンが思い描く近未来テレビ - 2005年3月12日
送り手をこれまでのマスメディアからもっと個人にシフトさせ、これまでにない放送形態を模索してもいいのではないか、ということです。これは個人的には大賛成です。といいますのも、私はネットが発達し始めた頃から「自分でも放送局を持ちたい」と思い続けてきたこともあったからです。いや、放送局というより、自分が作った映像作品(もどき)の発表の場、ですね。 悪について - 2005年2月23日
私は常々、善人面(ぜんにんづら)した人間が嫌いで、その人の“偽りの仮面”を引っ剥がして正体を暴(あば)いてやりたい、というような衝動を胸に抱えて生きています。ということで、この新刊本はぜひ読んで、「悪について」の考察を深めてみたいと思ったところです。「人間は多面体」これからはこれでいきましょう。 鶴見俊輔「一括購入が諸悪の根源」 - 2005年1月10日
それぞれの宗教から(も)はみ出る「はばたき」ってものがあるんですよ。固定化した教義に柔軟性を取り戻すために。学問でもそうなんです。はみ出し者こそが新しい希望。日本でいえば明治国家からずっと引き継いできた「一括購入」の近代からはみ出せる人間が、人間として「いきる」っていう。私が中村さんから受ける感じってのは、それですね。自然にはみ出してる。 器の大きな億万長者・本多静六 - 2004年8月7日
彼は一念発起し、25歳の時から本気になって蓄財を始めます。そうして驚くことなかれ、40歳の頃には100億円ほどもの巨万の富を築き上げたといいます。その方法ですが、25歳当時はぎりぎりの生活状態だったため、「4分の1天引き貯金法」から始めたそうです。これは読んで字の如しで、とにかく入ってくる収入の4分の1は有無をいわせずに貯金に回してしまうことを意味します。加えて、臨時収入が入った時なども決して無駄に使うことはせずに全額貯金に回します。 映画監督中島貞夫・遊撃の美学 - 2004年6月27日
上映後、特別企画として、冒頭でも書きましたように、中島貞夫監督と特別に野上龍雄さんも飛び入りで参加され、山根貞夫さんを聞き手として、トークショーが催されました。 そのお話の中で印象に残ったのは、「描く素材には囚われない」ということと「低層から描く」ということです。つまりは、東映という大会社の枠組みの中で与えられた素材で勝負するしかないわけですが、それを逆手に取り、自分なりの目線で描くしぶとさが中島監督にはあったということでしょうか。 キーワードは「自己責任」? - 2004年4月20日
現代はよくも悪くもネットの発達により、一個人の本音を瞬時にやり取りできる環境になっています。中でも匿名で誰もが投稿できる「2ちゃんねる」の掲示板はその代表格ともいえ、時に槍玉に挙げられます。しかし、どうなんでしょうか。ネットが発達したから、あるいは、「2ちゃんねる」のような匿名の掲示板があることがその原因であるかのような論評がありますが、それは果たして正しいのでしょうか。 私は逆のような気がします。 イラク3邦人人質事件 - 2004年4月12日
“犯行グループ”と人質にされている3人の思想信条がまるで一致しているというのは単なる偶然で片付けることができるのでしょうか。それとも、はじめからこの3人に的を絞って人質に取ったということでしょうか。挙句の果てには、今日の冒頭でご紹介したような、妙に物分りのいい声明文が“犯行グループ”から届き、ますます“疑惑”は深まった感が素人目にはするのですが。 エイプリルフールに敢えて本心を書く朝日の社説 - 2004年4月3日
ヘンな話ですが、私はこの「社説」を読み、「母親の愛情を知らないで育った子供」をイメージしてしまいました。実際にそのような環境で育った方がいて、この書き方に反発を覚える人がいましたら、その場合は一つの比喩ということでお許し願いたいと思います。あくまでも、イメージとしての表現です。実をいえば私自身もその境遇に近いといえなくもありません。いえ、今は亡き母親は十分に愛情深い人で、その愛情を私はたくさん受けて育ちました。が、母には目が見えないというハンディキャップがありました。 妖しい魅力の「球体関節人形展」 - 2004年3月4日
ハンス・ベルメールにしろ、今回の展覧会で作品を展示している人形作家たちにしろ、「究極的には少女の陰部を表現したいがために作品を制作しているのではないか」 という確信にも似た一つの考えです。いや、陰部というのは正確ではありませんね。陰部そのものではなく、それを柔らかく包む外側の「微妙にして美的なふくらみと窪み」と表現した方がより適切でしょう。 ベッドの上が画家・クートラスの仕事場 - 2004年2月17日
生前の彼を知る人の証言によると、彼は動物と対話できる特殊な能力も備え持っていたようです。アトリエである彼のアパートにはハトが友だちのように遊びに訪れ、市場で買い求めたネズミは大切に育て、絶対の信頼関係で結ばれていた、といいます。さらには、枯れかけた鉢植えの植物でさえ、彼の手にかかるとたちまち元気を取り戻したそうです。 画家・熊谷守一の生き方に学ぶ - 2004年2月16日
短い映像の中で、守一は次のようなことを話しています。 「絵なんていうのはねぇ、何も描かない白ほど綺麗なものはないですからねぇ。けれども、人間というものは情けないものだから、絵を描いて遊ぼうというんでしょうねぇ」 「負け犬の遠吠え」論争 - 2004年1月27日
私自身のことについて書けば、私は男性ですが、結婚への願望は全くといっていいほどありません。これを書くと「負け犬の遠吠え」あるいは「負け犬の強がり」と思われてしまいそうですが(また、これが結婚を望まない理由ではありませんが)、男が結婚をしてしまうと、みんながみんなとはいいませんが、往々にして「飼いならされた犬」のようになってしまうのではないか、と考えています。 『星影のワルツ』誕生秘話 - 2004年1月1日
その夜もいつものように自分のレコードを店内に流していると、一人のホステスが千の『星影のワルツ』を聴きながら「これ、いい曲ね、、、」とポツリといって涙を流しました。それを見た千は、誰に保証されたわけでもないのに、その瞬間、自分の未来がパーっと開けたような思いを強くしたといいます。 ゆく年逝った人 - 2003年12月31日
今日は「ゆく年くる年」の分け目の日となる大晦日ということで、今年逝った著名人の方々を偲びながら、今年一年の本コーナーを締めくくることにします。以下は、今日の地方紙から私がピックアップした方々の紹介です。 筋弛緩剤点滴事件の公判 - 2003年11月29日
“事件”が起こったのは病室という密室なわけで、事件性を証明するのが難しいということは、無実を証明することも同じように難しいはずです。つまりは、マスメディアといえども第三者に変わりはなく、事件の真相を知り得る立場にはありません。 であるにも拘わらず、なぜにああも自信満々に守被告の無実を訴えることができるのでしょうか。私にはそれが実に不思議で、逆に強い不信感を抱く結果になってしまいました。 映画『アマデウス』 - 2003年11月15日
そうこうする内に、大広間の方から音楽が流れてきます。目前で馬鹿騒ぎしている若造とは間違っても縁のなさそうなほど崇高な調べです。それを聴いた若造の態度が一変します。 「アレは僕の曲じゃないか! 僕を差し置いて勝手に演奏を始めるとは、、、」 その言葉を聴いた瞬間こそ、サリエリの人生においておそらく最も驚いた瞬間であったに違いありません。そうです。さっきまで軽蔑していたその若造こそが、自分の捜し求めていたモーツァルトその人だったのですから。 エッセイを書くコツ教えます - 2003年10月13日
“いい人”で私がイメージするのは、いわゆる優等生的な生き方をする人です。どんな人でも自分の周りに一人や二人は必ず居るはずです。彼ら、彼女らは世間一般の常識通りに生きることを少しも疑っておらず、意識しているかどうかは別にして、おそらくは親の期待通りの人生を歩んでいるはずです。 そんな彼ら優等生が書いた文章なんて読む気になるでしょうか? フィルムセンターの名作鑑賞会 - 2003年10月10日
少年はその少女がその後死んでしまったに違いない。自分が殺したのも同然だと考え、「死んでわびよう」と一人雪の中へ歩き出ます。すると、少年のあとを幼い弟の“チビ”が泣きながらついてきました。 泣きじゃくるチビに少年は「お兄ちゃんはね、これから遠いところへ行くんだよ。もう帰ってはこれないほど遠いところだよ。宇宙よりももっと遠いところ、、、」などといってチビを諭そうとしますが、チビはちっとも聞き入れず、幼いなりに必死に兄を引き止めます。何ともいじらしい場面です。 夫婦外異性へのときめきは罪? - 2003年8月29日
こういった問題は遙か昔からあったはずですが、これまではあまり話題にもされてきませんでした。その理由の一つには、ひとたび結婚したらそれを添い遂げることが当たり前といった社会的な押しつけがあり、一人一人はそういった感情を抱きながら、それを社会に向けて表出できなかったといった側面がありそうです。 『ゆきゆきて、神軍』を観て - 2003年8月21日
騒ぎを知って駆けつけた警察官が彼の車を取り囲みますが、彼の“説法”はそのことによってさらにエスカレートし、取り囲んだ警察官を罵倒し続けます。 「貴様らは、金をもらって雇われているロボットに過ぎない! 私は神の法の下に信念を持って行動しているんだ! 金のためだけに動いている貴様らに私が負けるわけがない!」 不可解な海難事故とマスメディアの無報道 - 2003年8月3日
恥ずかしながら私はこの二つの事故をほとんど記憶していなかったと書きましたが、恐らくは国民の多くは同じような状態ではないかと思います。なぜそういうことになるかといえば、マスメディアが報道を自粛しているからです。ではなぜ自粛する必要があるのかといえば、関係当事国が韓国だからです。 映画『テープ』と幼児性 - 2003年8月2日
アイドル歌手が娼婦のような出で立ちでテレビのゴールデンタイムに登場してもそれがちっとも異常なこととは思えない。これ、実におかしな現象ではないですか? それがそのまま性犯罪や売春などの行為につながるのかどうかは別にして、少女を食い物にしたり、少女に食い物にされたりしている大人は情けなさ過ぎです。 ダメ男の魅力 - 2003年7月28日
今日ご紹介した3人は、世間一般の常識からいったら落ちこぼれで、二列目に位置し、ダメ男の典型かもしれません。しかし、であるが故の魅力には計り知れないものが感じられます。 決められたレールの上を忠実に走り続けることを良しとする教育が行き渡り、それをちょっとでも外れることは即落伍者と見なされる現代の“常識”は、この辺で見直される必要がありそうです。 少女監禁事件の真相と深層 - 2003年7月24日
少女たちを監禁したマンション内には、おそらく彼女たちのと思われる尿が入ったペットボトルが散乱していたとも見出しにはあります。事実、犯人の吉里という男は2万円の値で少女たちから尿、いわゆる小便を購入していたようです。 光と陰の画家レンブラント - 2003年7月21日
皮肉なことにといいますか、彼が苦境に立たされれば立たされるほど彼の描き出す作品は輝きを増していきます。私個人の趣味でいっても、この『夜警』以降の作品が何といっても好きで、落ちぶれていく自分自身を見つめて描いた数々の『自画像』や、その後に描かれた『放蕩(ほうとう)息子の帰還』『ユダヤの花嫁』といった作品にこそ魂を揺さぶられるような感動を覚えます。 映画『talk to her』に見る恋愛の形 - 2003年7月10日
ざっと粗筋を書いてしまえば、交通事故で意識を完全に失い、いつ目覚めるともわからない若く美しい女性を、一人の男性看護士が献身的に看護する、という内容です。問題はその“看護”の仕方で、こんないい方があるかどうかわかりませんが、“女体フェチ”の雰囲気が予告編からも感じられ、観る前から拒否反応を起こしていたのです。 六本木ヒルズ初探訪 - 2003年5月2日
その改札を抜けてしばらく歩くと、六本木ヒルズに続くエスカレーターが伸びでいます。思わず天上を見上げると、白い骨組みに強化ガラス(?)でできた巨大な鳥かごの中にでもいる気分です。何やら、幼い頃にイメージさせられた未来都市の中に迷い込んだようです、、、というのはちょっと大げさでしょうか。 田原騎手が選んだ人生のリセット - 2003年4月20日
今回の記事を書いた石川雅彦記者は次のように書いています。「ときにひとは、人生を『リセット』したいと願う。すべてを初期化して、真っさらな状態から始めたい。そのために、転職、離婚、失踪・・・、自殺を選ぶ人間もいる。田原成貴の場合、その方法が『逮捕』だった」。 特異なアーティスト・ヘンリー・ダーガー - 2003年3月27日
どこが印象に残ったかといえば、彼が密かに描き続けた裸体の少女たちにはことごとく男性器が描かれているという件(くだり)です。そしてその理由は、生涯、作者が女性の性器を見たことがなかったため、というように説明されています。 ケン・ジョセフの衝撃リポート - 2003年3月23日
スタジオのゲスト・コメンテイターの大谷氏は、ケンさんのリポートの真偽を確かめるように、「攻撃が始まればイラクの一般市民も被害に遭うわけですが、それでも米軍攻撃を支持しているんですか?」と尋ねると、ケンさんは「イラクの一般市民は、米軍の攻撃は上手だから怖くないといっています。それよりもサダムが何をしでかすかわからないから、その方が怖いといっています」と畳み掛けるように答えました。 フセイン帝国の恐怖 - 2003年2月22日
現在もなお、イラク国内では社会の隅々にまで監視のネットワークが張り巡らされており、たとえば「大統領に敬称を付けないだけで投獄され、電気椅子や鞭打ちなど、百七種類の拷問で自白を強要される」といわれています。 「新日曜美術館」有元利夫特集 - 2003年2月16日
容子夫人は今、生前有元さんがアトリエとしていた部屋で毎日絵の製作を続けているといいます。ちょっと詩的に表現すれば、彼女はそこで静かに絵を描きながら、亡き有元さんといつも対話されているのかもしれません。 小島麻由美の「夜明けのスキャット」 - 2002年2月14日
ともかくもいろいろな意味で私の中に残り、これからも残り続ける曲が小島麻由美さんの歌う『夜明けのスキャット』なのです。 家族写真付き年賀状の考察 - 2003年1月31日
単なる思いつきや気まぐれで作った写真付き年賀状を一年や二年送りつけるのではなく、毎年茶の間なら茶の間、あるいは応接間のような決まった場所で家族全員の写真を撮り、それを年賀状にプリントするのです。 それを何年も何十年も続けたのならそこに意味は出てくるように思います。その代わり、幸せな時期ばかり写真にしてはいけません。不幸な時期もしっかりと記録に残す覚悟が必要です。 どうする大相撲 - 2003年1月28日
こうした人間模様は何も角界に限ったことではなく、いたるところにあるのかもしれませんが、それが有名人であるがゆえにより強いスポットライトが当てられてしまいます。しかし、それを避けていてはより深いところには迫れないでしょう。 チェス界の伝説の男・フィッシャー - 2003年1月26日
フィッシャー氏の人となりですが、身長は2メートル近くの大男で、眼光は鋭く、性格は気難しく短気、とあります。また大のマスコミ嫌いとして知られ、「自分のことを記者に話したら、友人でも絶縁する」と公言していたため、誰も彼のことは語りたがらず、その人物像はますます謎めいたものになっていきました。 在日を描いた映画「夜を賭けて」 - 2003年1月16日
金監督は「なぜ北へ向かっちゃったのか。戦後の再生の中で、日本がわれわれを船に乗せた面があるのです」と語り、そんな金監督が梁さんの小説に出会ったとき「北へ渡った友を思うとき、この映画は作らなきゃいけない」と強く思ったのだそうです。 ウディ・アレン「スコルピオンの恋まじない」 - 2003年01月09日
私個人がこの問題に対して別の角度から感想をいいますと、仮に、恋愛するのにも「能力」が必要だとして、さて、それが結婚という形を採っている現代というものは恋愛するのに好都合なのかという気がしてしまいます。 森毅と富岡多恵子の新聞対談 - 2003年01月01日
森さんのお言葉を借りれば、今は「敗走」する状態になり、好むと好まざるとに拘わらず団体行動が解かれ、個人個人の行動が求められるようになりました。それが私に自由な感じをもたらすのかもしれません。 望むべくはこの傾向がさらに強まり、日本社会にいい意味での個人主義が色濃く出てきてくれたらいいのに、と思います。 新作『ウォレスとグルミット』 - 2002年12月31日
多くの小道具と共に彼ら登場人物が全て粘土細工で作られているのが最大の特徴で、それらをちょっとずつ動かしたものをフィルムでコマ撮りし、彼らに生命を吹き込んでいます。 現代はCG(コンピュータ・グラフィックス)が幅を利かせていますが、ニック・パークらによって表現されるクレイ・アニメーションはその最新技術を凌ぐ表現力と温かさを持っています。 今年も「紅白」嫌い - 2002年12月29日
私はとにかくこの番組が嫌いで、一年でも早く消え去ってくれることを願っていますが、今年もしぶとく生き残り、代わり映えのしない内容で大晦日の夜を汚して、、、いや、ありがたく彩ってくれる(?)ようです。 私は元々この番組が嫌いですが、何が嫌いといって、NHKには一番似合いそうにもない“バラエティー”仕立てにしているところです。 チェコ・アニメ「クルテク」 - 2002年12月28日
日本やディズニーのソレとは趣がかなり異なり、いい意味で土の香りがするような作品に仕上がっています。 ギャング・オブ・ニューヨーク - 2002年12月26日
映画は3時間近くの長さに渡りますが、途中でだれた感じはなくラストを迎えます。そして観終わったあとは久しぶりに「映画らしい映画を観た」という満足した気分になります。付け加えて置けば、この映画では今流行のCGの技法は一切用いておらず、全て実写により、フィルムによって撮影したそうです。さらには撮影場所はイタリアのチネチッタ撮影所で、いってみれば最も人間臭い撮影環境で製作された、といえるかもしれません。 87歳の今が旬・チェリスト青木十郎 - 2002年12月24日
当時の日本のクラシック界は、今以上に厳格な雰囲気があったのか、命がけの形相で楽器を演奏するスタイルを良しとする風潮があり、それに青木氏は大きな疑問を抱いてしまいます。 「音楽ってそんなものかな」 世田谷一家殺害事件のその後 - 2002年12月20日
産経新聞の短期連載記事には、「本事件の捜査に当たっている捜査本部がどうしても裏付け・事件との関係の有無を判断できずにいる“不審者”が4人から11人いる」と書かれている点が注目されます。そこで、新聞に載っている以下の4人について順に見ていこうと思います。 有元利夫展 - 2002年11月30日
風化したものは、僕にとっていつも美しく物語のある空間です。こする、ちびる、へる、おおわれる、こびりつく、ひびわれる・・・こんな風化の美しさが画面に出てこないかなァと思ってやっています。 自然体の田中耕一さん - 2002年11月22日
田中さんの言動を見ていて強く感じるのは、自然体の姿勢です。 私など凡人は、少しでも自分をよく見せようとしてしまいがちですが、田中さんはそんなことには神経を使いません。普段の服装からして作業服で通し、それを着ると落ち着くとまでいいます。 ノルシュテインのアニメ作品 - 2002年11月19日
これまでの一般的なアニメの作り方は、セル画に動画の元になる絵を描き、それをコマ撮りしていきますが、彼の場合は、確かプラスチックの板でしたかで登場人物や背景の部品を作り、それを奥行きのある作業スペースに重ね、少しずつ動かし、また、部品を交換しながら一コマずつ撮影する、という気の遠くなるほどの手間をかけて作っています。 しゃべり場第8期卒業 - 2002年11月17日
千原さん自身が、好むと好まざるとに拘わらず、一般のレールからは逸れた生き方をしたこともあり、そうしたレールに沿った生き方を一番嫌っているように見えました。 「こんなところへ出てきてごちゃごちゃいってないで、独りでとことん悩んだらいいやん!」 WPC EXPO - 2002年10月17日
何だか私の場合は、キャンギャルの美しい女性を堪能(?)して、買い物をして、帰ってきてしまっただけ、という気がしないでもありませんねぇf(^_^) 泡沫人?秋山祐徳太子 - 2002年10月1日
ではそもそも「泡沫」とは何かということになると思いますが、独文学者の種村季弘氏がおっしゃることには「本気で一生を棒に振る人」であるそうで、秋山さんもその説には納得気味のご様子です。 ドキュメンタリー「スタンリー・キューブリック」 - 2002年9月29日
彼は子供時代から、自分の興味がある対象以外には一切の関心を示さなかったようで、その徹底ぶりから、学校の宿題には全く興味を持てず、友人に毎日のように宿題を見せてもらっていたというようなエピソードも紹介されています。 横尾忠則展 - 2002年9月5日
私は知識がないのでもう一つピンとこないのですが、それらは当時の文学(たとえば三島由紀夫)、演劇(たとえば寺山修司)、映画、音楽などのために要望があって描かれた“ポスター”のような性格を持っているのかもしれません。いずれも色鮮やかで、見る目を楽しませてくれます。 社会派映画『タクシー・ドライバー』 - 2002年9月1日
トラヴィスは世慣れていないというのか、彼女との会話もトンチンカンです。彼の性質を見抜いたベッツィは変人に映る彼に対し「あなたは歩く矛盾ね」というようなことをいい、トラヴィスを困惑させます。 人間・渥美清 - 2002年8月1日
彼は病気に臥せったあとは妻と息子に固く誓わせ、妻と息子たった二人だけが見守る中で荼毘に付せさせ、自分が小さな骨壺に収まったのちに初めて公に死を世間に知らせるよう頼み、それが遺言通りに実行されました。 天才を生む条件 - 2002年7月11日
ラマヌジャンが生まれたのは南インドのチェンナイ(旧マドラス)から南へ250キロほど行ったところにあるクンバコナムという小さな町だそうです。 そこで生まれたラマヌジャンは、「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」といって、次々に何千もの数学の定理や公式を発見していったのだそうです。念のために書いておけば、彼ラマヌジャンは高卒だったそうです。 流奈君・奇跡の詩人 - 2002年5月16日
牛乳ビンの底のように度の強いメガネをかけた流奈君は、時に、疲れてなのか、身体を斜めに横たえていますが、それでも母親の手でつかまれ、自分の意思とは関係なしに(?)、文字を指し示す中指は文字盤の上を移動し続けます。 高島野十郎に見るゆとりある生活 - 2002年4月10日
高島野十郎は日の出とともに起き、そして日の入りとともに一日を終わる生活を続けています。当時としては珍しく彼の住んだ家には電気は引かれていず、夜になるとランプの明かりを灯していました。 そんな高島野十郎の生活ぶりを想像しますと、それこそが「スローライフ」の典型であり究極の姿であるように私には思えます。 異能の人?佐藤優 - 2002年3月1日
なぜ佐藤氏はこれほどまでに粉骨砕身の努力を続けたのかといえば、記者の“分析”では、佐藤氏の上昇志向であろう、といいます。 映画『沈みゆく女』 - 2002年2月28日
「お金が欲しくてしているわけじゃないのよ」 レイラの行動を観て、私はある意味必然的に、泰子の姿とだぶってしまったことを“白状”して置きます。本コーナーでもたびたび書いています「東電OL殺人事件」の被害者の女性です。 彼女ももしかしたらお金が真の目的ではなかったのかもしれない、とふと思いました。 「東電OL殺人事件」で人権問題を見れば - 2002年2月24日
最も厚顔だったのは朝日新聞だった。東京電力の社名に遠慮してなのか、見出しになんと、『電力・OL殺害』という表現を使った。テレビの『電波少年』をイヤでも連想させるその見出しには、偽善がもたらす高の括り方と冷笑が集約されているようで、その醜悪さに思わず目をそむけたくなった。 事件現場を訪ねて - 2002年2月5日
下からそのお顔を拝見すると、その半眼の眼差しも手伝い、全ての行いや出来事を達観しているようにも見えます。 いわれているように、そのお顔の上唇には紅が塗られているのでしょうか。確かにそこだけがポッと浮き出しているように見え、生身の女の色香が漂ってくるようでもあります。 東電OL・泰子 - 2002年1月27日
大学時代、ゼミの卒業旅行の帰りのカーステレオから当時流行していたある曲が流れ、泰子は「この曲、いいわね」と漏らしたそうです。 それは、オフコースの『愛を止めないで』というタイトルの曲です。 レンブラントに見る絵画技法 - 2002年1月25日
研究者によって彼が使ったであろうと思われる絵具がそこに示されているのですが、その絵具の数はごくごく限られています。 多く見積もっても9色の絵具(+鉛白)程度です。 それでありながら、あれだけ色彩と明暗を感じさせることができる作品を生み出すことができたわけで、まさに神業といってもいいでしょう。 東電OL殺人事件の背景 - 2002年1月19日
泰子は毎夜売春行為をしながらも、必ず母と妹の待つ家へは終電で帰宅していたそうです。それが3月8日に家を出たきり帰らず、また月曜日になっても勤務先を無断で欠勤しました。 泰子の遺体が発見されるのは殺害されてから11日目の3月19日の午後5時頃です。 アウトサイダー・アーティスト - 2001年12月29日
彼にとって妻のマリーはまさにミューズであり、その彼女が存在していることだけで彼は幸せだったのです。 それらの“作品”群が日の目を見たのは彼が亡くなったあとです。 映画監督アンドレイ・タルコフスキー - 2001年12月7日
彼が映画を作る上で常に意識していたことは、「映画を他の芸術に肩を並べるだけの領域にまで向上させたい」ということ、だそうです。 ということは、彼が見せる色彩や構図への執拗なまでのこだわりも、彼の素地にある絵画に対する感覚から来ているものなのかもしれません。 画家・バルテュス的時間 - 2001年12月3日
君たちは私の作品を観たくはないのか? もし観たいのならライトは直ちに消してくれ! 作品が台無しになってしまうじゃないか! 『シベールの日曜日』 - 2001年11月4日
主人公は独身で孤独な若い男と年端もいかない美しい少女・シベールです。 男は精神に障害を持ち、他人とのコミュニケーションが極度に苦手だったような記憶があります。そんな彼の唯一の友だちが幼い少女なのです。 散歩「街を綺麗に 〜代官山〜」+アスペルガー - 2001年9月20日
彼女は他人とコミュニケーションを取ることがきわめて難しいそうで、そうした形でのインビューということで番組への出演を受けたそうです。 彼女は、子供の頃から他人とは違った感覚が自分にあることを自覚していましたが、それが何に由来するのかはわからずにいたそうです。 歌舞伎町雑居ビル火災 - 2001年9月2日
現場に入った消防隊の一人は「こんなに人が死んでいる現場は初めてだ」と放心状態で呟いたそうですが、当店から運び出された人々はほとんどが心肺停止状態であったそうです。 田口さんの一日 - 2001年6月24日
田口さんは実にのんびり、といいますか、悠々自適に日々を送っているのです。そして、そんな田口さんの何でもない日常を観ていると、私の心は何故か安らぐのです。 たったひとりの女医 - 2001年5月27日
鈴木医師はお別れの挨拶をしました。「最後ぐらい先生にお礼をいったら」と妻に促された老人は言葉にならない感謝の言葉を初めて鈴木医師に伝えようとします。 心の底からの感謝の言葉を発しようとする老人の顔は、どうしようもない哀しみにゆがんで見えます。 私はそのシーンを観、言葉では決していい表せない感情に心が大きく揺さぶられました。 私の太陽 - 2001年4月30日
1997年のクリスマスから3週間後、彼は最後の希望を失い、呆然と駅前の広場に佇みます。彼が見上げた冬の青い空には数十羽の鳩が舞っています。 そのシーンに、『O Sole Mio! / オ・ソレ・ミオ 〜私の太陽〜』が流れます。 メイプルソープ - 2001年4月29日
その本を紹介する記事の見出しは、「美と闇に生きた写真家の実像」です。 「美と闇」_まさにメイプルソープを象徴するような言葉ではあります。 竹内まりや的女 - 2001年3月21日
たかが作り物の歌とはいえ、その詞の中には作者の考え方が反映されるのだろうと思います。 としたら、彼女の歌世界に登場する女性はどれも竹内自身の分身なのではないでしょうか? 松田優作 - 2001年3月19日
松田優作の本名が今日の朝日新聞・社会欄の記事中に載っていたのです。 私にとってはまさに初めて目にする名前でした。で、その名前とは_金優作というそうです。彼が日本国籍を取得する以前の本名です。 国旗と国歌 〜卒業式の場合〜 - 2001年3月9日
同じボイコットするのでも、どうして「全員でボイコット」でなければならないのでしょう。全く理解できません。 個人個人が「オレは君が代なんて大嫌い!」とか「日の丸? 描きやすくていいよね」とか「日の丸ってオリンピックやサッカーの応援の時に振る応援旗のことじゃん? 違ったっけ〜?」などと勝手にいうのは一向に構わないと私は思います。 カラヴァッジオ - 2001年3月8日
話を『カラヴァッジオ』に戻しますと、その映画のキャッチコピーには「男と男と女。人生はスキャンダラスに、嘘はゴージャスに」とあります。 このことは彼について書いた本などにも書かれているのですが、彼は女性だけを愛した男性ではなかったようです。ちょっと回りくどい書き方をしていますが、要するに女性と同様に男性をも愛することができたようです。 彫刻家・舟越 桂 - 2001年2月14日
私が舟越の制作場面を好んで繰り返し観る理由にはいくつかあると思いますが、その一つを挙げれば、ただ単に、制作の過程が眼に面白く、また興味深いといった点があります。 言葉のキャッチボール - 2001年2月2日
最近、男女間の主に男性から女性に対する暴力が問題になっています。もっとも、問題になったのは最近かもしれませんが、そうした暴力行為自体は、閉じた空間で行われるという性格上、これまでも行われていたものの表沙汰にならなかっただけかもしれませんが。 あるボードビリアンの死 - 2001年1月23日
今朝の新聞各紙は、あるボードビリアンの死を報じています。 マルセ太郎です。 彼は本名を金原正周といい、在日朝鮮人二世として大阪市に生まれた、そうです。 少年は河を上った - 2001年1月15日
タイトルにある「河」とは、東京の下町を流れる荒川です。その周辺は、いわゆるゼロメートル地帯といわれ、川の水位よりも低い地帯に街が発展しています。従って、川と住宅地の間には高い土手が築かれています。 ドキュメンタリーの“主人公”は、沖縄に近い徳之島出身の“少年”です。 20世紀のキャラクター総論? - 2000年12月26日
私が個人的に好きな怪獣・特撮・活劇・アニメものだけに限っても、ウルトラマンもウルトラセブンもキャプテンウルトラもオバケのQ太郎もパーマンも怪物くんもマグマ大使も快獣ブースカも、、、(て、キリないかf(^_^)?)ないでしょ? それに、インディことインディアナ・ジョーンズもバットマンも、、、て、あ、このふたつは外国モノだから除外されるのかな? とにかく、あれもこれも何もかも(?)抜け落ちています。アッ、そうそう! こちらは生身の人間ですが、空想上のキャラクター以上にキャラクター然としていた(?)ブルース・リーを忘れるわけにはいきません。 天才びと・有元利夫 - 2000年11月24日
有元利夫という画家がいます。 彼は15年ほど前に38歳の若さでこの世を去ってしまっている画家です。ある人は彼のことを“天才”といいます。よく「売れる絵と本当にいい絵とは別」というようないい方がされたりしますが、彼の場合はそれが奇跡的に両立しています。そうしたことからも“天才的”であった人なのかもしれません。 ベネチア・ゴンドラ・なんでもない日常 - 2000年11月13日
観るともなく、テレビのチャンネルを切り替えている途中で、思いがけず良い番組に出くわすことがあります。作日もそんな番組の一つに出会いました。 『未来の瞳』というドキュメンタリー番組です。 私がたまたま観ることとなった昨日の回は、イタリアの都市、ベネチアの少年が描かれていました。まだ、小学校へ上がるか上がらないかの年齢です。彼は両親との3人暮らし。父の職業は、ベネチアに最もふさわしい(?)ゴンドラ乗りの仕事です。 桶川ストーカー殺人事件 - 2000年10月30日
マスメディアは、組織や個人の責任を追及しますが、マスメディア自身が犯した問題の追及は誰がするのでしょうか。 昨日、ある“報道系”の番組を観ました。『スクープ21』という番組です。 昨日の放送でメインに取り上げられたのは、昨年の10月に埼玉県桶川市で起こった「桶川ストーカー殺人事件」です。 アラーキーチックな写真 - 2000年7月11日
私は下手の横好きで自分で撮るのも好きですが、写真集を観るのも好きです。中でも、一時期ちょっとしたブームになったときの“アラーキー”の作品集は観まくりましたね。 よくアラーキーというと、「あ、あのエロ写真家」といった誤解をされているムキがありますが、実は、誤解が“正解”(?)のエロ写真家です、、、(^.^; ただ、写真というメディアに対する考え方は、群を抜いていると思います。 愛すべき“大奇人”エルデシュ - 2000年7月5日
彼はハンガリーのブタペストに生まれ、ユダヤ人であったがため(?)祖国を離れ、いろいろな国々を転々としながら研究を続けたのだそうです。しかし、生涯に発表した論文の数が半端ではありません。その数なんと1450本あまり。しかも、どの論文も質が高いのだとか。 夜明けのスキャット - 2000年4月28日
『夜明けのスキャット』という曲、どこかで聴いたことがあると思ったら、そう。由紀さおりが歌って大ヒットした曲でした。道理で名曲のハズです。 小島麻由美の歌う『夜明けのスキャット』もいいですよ。レゲエ風のアレンジ。曲半ばからグングン押しまくり、ハジけます。 |