■ 2011/06/15 甥のきつい言葉で考えた人としてのあり方

本日も、本コーナーは思いつきの独り語り「気まぐれトーク」の形式にて更新しています。なお、トークは前日の夜に行っています。

本日分の内容につきましては、音声ファイルでご確認下さい。で、そうされない場合は、下にトークを要約して書き起こしていますので、それをお聴きになって、トークのだいたいの流れをご想像下さい。

なお、音声ファイルはmp3方式にて紹介しています。再生箇所は前後に自由に移動させることができる(?)、と思いますので、下の書き起こしで見当をつけ、聴いてみたい部分だけを“つまみ聴き”するようなこともできます。ご自由にお楽しみ下さい(^ー^)ノ

インディの鞭の気まぐれトーク〔2011.6.14〕(19分16秒)

トークを要約した書き起こし

今回も夜にトークをしている。今は関東地方も梅雨。とはいっても、これまでのところは、来る日も来る日も雨ということはなく、トークをする今日(14日)も関東南部の当地では雨は降らなかった。日中は曇りがちながら、空は明るく、時折晴れ間が覗いたりした。と何やら本サイトの“天気コーナー”(?)に書くようなことを書いている
σ(^_^)私。

で、その梅雨だが、どんよりとした空模様の日が続くと、気分が盛り上がらないどころか、場合によっては落ち込んでしまうかもしれない。トークをしている私の気分は、“土砂降り”状態(?)なのであった(´-ω-`)(「YouTube>和田アキ子 どしゃぶりの雨の中で」) もっとも、普段から私のトークはテンションが極めて低いため、いつもとそれほど変わらない話し方に聞こえる、かもしれない(^ω^;)

今回はいつも以上に個人的な話になってしまうが、私の肉親と呼べる家族はすでにひとりもいなくなってしまった。私の母親は19年前、父は11年前(本サイト内関連ページ→ )、たったひとりの兄弟であった姉(※歳は8歳違いだった)は父と同じ11年前に亡くなっている。

姉には甥(おい:兄弟姉妹の生んだ男の子=広辞苑)と姪(めい:兄弟姉妹の娘=広辞苑)がいる。

私は小さな子供というのは嫌いではなく、もしも幼稚園の保父さん(というのかな?)にでもなったら、仲良く遊んで喜ばれる、かもしれない。まあ、σ(^_^)私自身の精神年齢が低いので、自分が子供たちと同じ感覚でじゃれ合う感じになってしまうかもしれないのだが(^m^)

だから、甥や姪が小さい頃は、遊び相手になってやった。姪には、毎日、幼稚園から帰ったあとに絵本を読んでやった。姪は、「そのお蔭で本が好きになった」などと嬉しいことを私にいってくれたりする。

ただ、振り返ってみたとき、時には自分のしてやったことが、相手に重荷(※トークでは間違って一部「重み」といってしまっているf(^_^))だったことを、今日、あるきっかけで甥のひとりから厳しく指摘されて落ち込んだ( ´∀`) ( ゚Д ゚ ) …

私の性格は、本サイトの更新にも表れているように、哲学者のカント(本サイト内関連ページ→ )ではないが、時計の針が時刻を刻むように、毎日同じ時刻に同じことを繰り返すような日常を送るなど、端から見れば堅苦しいところが多分にある。

ただ、本人の私はそれで不都合がないというか、ペースを乱されると逆に不安になり、毎日、淡々と同じように過ごしている。私は専門家の診断を受けたことはないが、もしかしたら、アスペルガー症候群「YouTube>大人の発達障×」|本サイト内関連ページ→ )に分類されるべき気質の持ち主なのかもしれない、と考えている(´・ω・`) そのように考え始めたのが2000年で、その話をした年に姉がこの世を去った。

本サイト内の各コーナーがそうだが、はじめはほんの思いつきで始めながら、一旦始めてしまうと、それを延々と続けてしまう。これは日常生活にもそのまま当てはまり、起床時刻も分単位で決めている。今は、【午前4時19分】がσ(^_^)私の起床時刻であり、毎朝きっちりと守っている。トークをした今日(14日)も、本ページを更新している今日(15日)も【午前4時19分】きっかりに布団から抜け出した。

こんな私の日常を赤の他人が見たら、窮屈な生き方をしていると思ってしまうかもしれないが、私自身は、途中でも述べているように、ちっとも窮屈でないどころか、反対にこれを乱されるのを何より嫌う。

こうした私の行動は甥や姪たちとの付き合いにもそのまま活かした。それが、甥のひとりの「重荷だった。けれど、本当のことがいえなかった」の言葉になったのだと今にして思う。甥の今さらながらの“告白”がこれから先、私の心の“重荷”となるだろう。

ここでちょっと話が変わるが、昨日(13日)の午後、NHKBSプレミアムで放送された映画の話をする。その時間放送されたのは、ミュージカル仕立ての『メリー・ポピンズ』「YouTube>〔Original 1964〕 Mary Poppins Theatrical Trailer」)。この作品から、私は『チム・チム・チェリー』という曲(「YouTube>Dick Van Dyke - Chim Chim Cher-ee 1,12 min」)を、すでに番組がなくなってしまったNHK−FMのリクエスト番組「サンセット・パーク」(本サイト内関連ページ→ 1011121314151617181920212223242526272829303132333435363738394041424344454647484950)宛てに何度かリクエストしたことを思い出した(本サイト内同リクエスト・カード→ )。

私はこの映画を録画しつつ、終わりの方をオンタイム(←「放送されている時間」ぐらいの意味で遣っています)でも観た。で、たまたま観た場面が、甥のひとりとのやり取りに妙に共通するものを感じた。だから、『メリー・ポピンズ』の終盤の話をしながら、親と子のあり方やより良い生き方といった話ができたらと思う。

映画のタイトルとなったメリー・ポピンズというのは、天から(?)傘をさして現れる妖精の名前。ロンドンのある銀行家の家に、子供たちの教育係(?)として彼女がやって来る。

それまで、子供たちの教育係は長く務まらずに去っていたが、彼女は子供たちと仲良くなり、彼女が現れたことで家の中の雰囲気が明るくなる。しかし、気難しい父親は彼女をよく思わない。

はじめから途中まではこれから録画した分で観ようと思うがf(^_^)、昨日(13日)の午後に観た終盤近く、父親が重役(?)をする銀行で、子供たちの原因による取り付け騒ぎ「ウィキペディア>豊川信用金庫事件」)が起きてしまう。

父親は銀行の頭取から呼び出しを受ける。責任を採らされ、クビを宣告されるだろう。真っ青になる父親(「YouTube>Banks- Mary Poppins songs」)。そんな父親の前に現れたのが、メリー・ポピンズの友人の男。彼は、人が生きていく上で何が大切かを歌にのせて子供たちの父親に教える。

父親はその時になって、自分のそれまでの生き方を反省する。仕事一筋で、子供たちと遊んでやる時間もまったくなかった。自分が仕事をすることで家族を養うことが一番だと考えていた。父親は子供たちにもほかの人間にも厳格で、子供たちは父親にいつもピリピリしていた。腫れ物に触るように自分の父に接していたのだろう。

ラスト。父親はそれまでの自分をすべて捨て去ったように、威厳を捨て、スキップをしながら子供たちと凧揚げに行く。録画したその場面を観ながら、私は涙が止まらなくなった(´つω;`)(「YouTube>Mary Poppins: Lets Go Fly A Kite」

私はここまで独身を通してきたので、もちろん妻も子もいないわけだが、もしもいたとしたら、『メリー・ポピンズ』で描かれた気難しい父親のようになって、知らぬ間に妻や子に迷惑をかけてしまったかもしれない。だとすれば、独身で来たことは結果オーライ?! かもしれない。

世の中には様々な親子関係があり、良好な場合がある一方、深い悩みを抱えている家族もあるだろう。それで、以前本コーナーで話をした今はフリー・アナウンサーの徳光和夫さんがテレビの番組で話されていた話を思い出した。

その話は、徳光さんが久米宏さんが進行役を務める「久米宏のTOKYOの空の下」「ウィキペディア>久米宏のTOKYOの空の下」|→ 本サイト内関連ページ)の中で、思い出話として語られた。

ふたりが若手の人気アナウンサーとして売り出し中の頃、週刊誌で対談が企画されたそうだ。その対談が行われた頃、徳光さんは自分の子供たちとうまくいっていなかったそうだ。

これは私の勝手な想像だが、徳光さんは久米さんの番組の中でも自分が無類のギャンブル好きであると話していた(「YouTube>2011年4月10日 徳さんの泣ける競馬スペシャル!」)。そんな徳光さんの“思い出の地”として、当時の競馬場や競輪場、競艇場を空撮してあった映像も流された。

若かった頃、徳光さんは大井競馬場で予想が外れに外れ、所持金が0円になってしまったそうだ。悪いことに、その日の夜9時前(だったかな?)のニュースを読む仕事が入っていた。あとで冷静に考えれば、タクシーで局まで行き、そこでタクシー代を立て替えてもらっても良かったのに、冷静さを失っていたのか、落胆が大きかったために思考力が落ちていたのか、競馬場から当時は東京・麹町こうじまちにあった日本テレビ「YouTube>日本テレビスポーツ中継テーマ」)の社屋まで歩いて向かったそうだ。生放送の時間が迫り、最後は駆け足で向かってどうにか間に合ったそうだ。

徳光さんによれば、ギャンブルで家二軒分ぐらい(だったかな?)ぐらいは損したそうだ。そんな徳光さんだから、ギャンブルのことで夫婦喧嘩をしたかもしれない。子供というのは両親の喧嘩を見るのが嫌だろう。幸いなことに、私は両親の喧嘩をほとんど見たことがない。

ちなみに、徳光さんはひとりで競馬場や競輪場へ行き、ほかの人たちと同じように予想をし、馬券や車券(というのかな? なお、競艇の場合は何券というのかな?)などを買うそうだ。頭が予想に集中しているときは自分の仕事のこともすべて忘れることができ、それが徳光さんにとっては心身をリフレッシュさせることになっているようだ。お金を損することの多いリフレッシュ法だが(^m^)

さっきまでの話に戻すと、徳光さんのお子さんは、もしかしたらギャンブルがもとの夫婦喧嘩を見たりすることがあり、それで父親に良い感情を持てず、それで親子関係がギクシャクしてしまった、のかもしれないと勝手に想像してみた。断るまでもなく、これは真実に基づいた話ではない。

以上、本日は、私の甥との話に始まり、人との接し方や自分の気性、あるべき親子の関係などの話を取り留めもなくしてしまった。