■ 2011/04/02 “春”を呼ぶレンブラント展

本日も、本コーナーは思いつきの独り語り「気まぐれトーク」の形式にて更新しています。なお、トークは前日の夜に行っています。

本日分の内容につきましては、音声ファイルでご確認下さい。で、そうされない場合は、下にトークを要約して書き起こしていますので、それをお聴きになって、トークのだいたいの流れをご想像下さい。

なお、音声ファイルはmp3方式にて紹介しています。再生箇所は前後に自由に移動させることができる(?)、と思いますので、下の書き起こしで見当をつけ、聴いてみたい部分だけを“つまみ聴き”するようなこともできます。ご自由にお楽しみ下さい(^ー^)ノ

インディの鞭の気まぐれトーク〔2011.4.1〕(27分24秒)

トークを要約した書き起こし

今回も夜の時間にトークを始めたが、トークをする今日は4月1日。そういえば、難解な苗字に「わたぬき」さんがいたのを思い出した。漢字で書けば「四月一日」。これで「わたぬき」と読ませるそうだ(「ウィキペディア>4月1日」)。

雑学を溜め込んでいる人ならいざ知らず、そうでない人は、初見でこの苗字を「わたぬきさんだよねヽ(^_^;)」と地震満々、、、? いや、自信満々にいえる人はごくごく少ないだろうと思う。名前だけでなく、日本には「わざとつけただろ」といいたくなるほど何回聞いても難解な地名も無数にある(´・ω・`)(→ 本サイト内関連ページ

今回のトークも午後7時半すぎから始めたが、午後6時台はここ一週間、手持ちぶさたになってしまった。ご存じの方には改めて理由を書く必要もないが、NHK−FMのリクエスト番組「サンセット・パーク」(本サイト内関連ページ→ 1011121314151617181920212223242526272829303132333435363738394041424344454647484950)が先月25日で終了してしまったからだ。

番組名が「サンセット・パーク」になってからでも13年間。それ以前、午後6時台に放送されていた「FM夕べの広場」はその倍以上の歴史を持つ。私は1983年「YouTube>薬師丸ひろ子 探偵物語」)から番組を聴き続け、また、番組宛てのリクエスト・カードもその年から出し続けてきたので、【28年】続けてきた習慣の対象が消えてしまったことになる。

その年に「オギャー゜゜(´O`)°!」と産声を上げた子供が今年で28歳。既に所帯を持った人も少なくないだろう。σ(^_^)私は未だに気楽な“極楽とんぼ”(気楽な独り身|「YouTube>極楽とんぼのテレビ不適合者下巻 1/6」)。

その番組が終わってしまい、午後6時台をどのように過ごすかが今後の課題? そだ! 今後はその空いた時間を利用して“気まぐれトーク”をしようかな。

3月11日に発生した東日本大震災(「ウィキペディア>2011年東北地方太平洋沖地震」「Yahoo!>震災情報・東日本大震災」)からちょうど3週間経った今日、私は東京・上野へ美術展を観に出かけた。

その展覧会が開かれている美術館へ向かう前、私が向かったのは世界でも有数の電気街・秋葉原。震災があった翌週、私は「サンセット・パーク」が臨時の休みになったのを利用し(?)、私が使う自作PC「価格.com>パソコン」「自作PC@2ch掲示板」| 本サイト内関連ページ→ 10111213141516171819202122232425262728)のパーツを大幅に交換した(→ 本サイト内関連ページ)。

その過程で出たパーツも含め、秋葉原にある専門店で買い取ってもらう手続きをした。想像していたよりもそのように考えるお客さんが訪れていて、買い取りの手続きが始まるまでに1時間ほど待つことになった。また、パーツの点検に2時間近くかかることが告げられ、その時間を利用して、かねて予定していた美術展会場へ向かった。

クリックすると画像が大きくなります(^ー^)ノ今日(1日)観てきたのは、上野の国立西洋美術館で開催中の「レンブラント 光の探究 闇の誘惑」。当初の予定では、大震災の翌日、3月12日に開幕のはずだったが、地震とその直後の大津波、そして東京電力「ウィキペディア>東京電力」|本サイト内関連ページ→ )の福島第一原子力発電所「ウィキペディア>福島第一原子力発電所」)の壊滅的な事故が尾を引き、3月29日まで開始が延期されていた。

レンブラント"WebMuseum: Rembrandt"「YouTube>Rembrandt Paintings, Bach Well-Tempered Klavier Book I」|本サイト内関連ページ→ )といえば、私が最も敬愛する画家。そのレンブラントの作品が間近に視られる機会はそうそう訪れず、私は展覧会が始まって4日目の今日(1日)、会場へ足を運んだ。

今回は、銅版に刻まれたエッチング作品が多数紹介されるのが特徴"WebMuseum:The Little Children Being Brought to Jesus 〔The 100 Guilder Print〕")。いずれも小さな作品になり、それを間近でじっくり観賞するには、なるべく鑑賞者の少ない時を狙え、と平日の今日(1日)出かけた。しかも、震災からまだ日が浅く、入場者はそれほど多くないだろうと見当をつけていたが、いざ会場に着くと、天気がよくて暖かかったせいか、思っていたよりも人出があった。

それでも、“平時”よりは少なかっただろうと思う。小さな作品も顔を近づけて鑑賞することができ、気分を満足させることができた。

今回の企画展に出品されている銅版画はよく知られた作品が多く、しかも、同じ版を異なる紙に刷ったものが展示され、それを比べて観賞できるようにもなっている。なお、レンブラントの銅版画作品ということでいえば、今から10年以上、あるいは20年近く前になってしまうか、東京・東銀座(「ウィキペディア>東銀座駅」)にある画廊がろうで催されたレンブラントの銅版画ばかりを集めた展覧会へ行ったことを懐かしく思い出す。

あのときは、場所が画廊ということもあってか、私が入ったときにはほかの鑑賞者がひとりかふたりといった感じで、ほとんど作品を独り占めするようにじっくり観賞できた。しかも展示されていた作品の数が半端でなかった。それに比べれば今回は遙かにコンパクトだが、レンブラントの神業かみわざに久しぶりに接し、魂を揺さぶられた。

私は展覧会へ行っても図録は買い求めないことが多いが、今回は大好きなレンブラントの展覧会なので、迷わず図録を手に入れた。今回の図録は表紙が2種類あり、私はレンブラントの油彩画が表紙になったものを選んだ。

今回の展覧会は、油彩画だけでレンブラントの企画展を開くのが難しかったのか(?)、銅版画に比べて数は少ないが、それでも、これまで画集で見飽きるほど視てきた有名な作品がいくつも展示されている。

そのひとつが、図録の表紙に使われている『アトリエの画家』。この作品は1628年頃に描かれたとされており、とすれば、レンブラントが22歳の頃に描いた作品になる。

絵はカンヴァスではなく、板に描かれている。それもあって、晩年の作品とは異なり、つるりとした滑らかな絵肌を持っている。また、作品のサイズは縦が【24.8センチ】、横が【31.7センチ】ととても小さい。

アトリエに描きかけ中の作品がイーゼルに掛けられ、その作品を前に、若きレンブラントの自画像が描かれている。その青い衣服、そして顔、手などが実に丁寧に描かれている。22歳にして、当時の描法を完璧に吸収し、自分のものにしていることがわかる(「Salvastyle.com>レンブラント・ファン・レイン作『アトリエの画家』」)。

今回の展覧会で私が最も印象深く観賞したのは、レンブラントの愛人とされる女性を描いた肖像画。その女性はヘンドリッキェ・ストッフェルス(→ 本サイト内関連ページ)という。暗い背景の中に佇み、慎み深い表情でこちらを見つめる彼女を慈悲深く描いている。この作品が描かれたのは1652年頃で、46歳頃の作になる。

レンブラントは17世紀のオランダを代表する大画家だが、若くして名声を得、アムステルダムの市長を務めた家の生まれのサスキアという女性と結婚している。しかし、サスキアは若くしてこの世を去り、その後、まだ幼かった息子・ティトゥスの乳母としてヘンドリッキェを雇い、愛人関係になっている。サスキアの実家から、ほかの女性と再婚したら財産を没収するとの契約が結ばれていたそうで、ヘンドリッキェとは婚姻関係を結べない事情があったと聞く("WebMuseum:Hendrickje Bathing in a River")。

私はトークをするのも気まぐれで、それだから“気まぐれトーク”というのだがf(^_^)、気まぐれの気まぐれで、トークをしながらあることを気まぐれに思いついた。

その昔、私はレンブラントを描いたヨス・ステリング監督のオランダ映画『レンブラント』を観て、それを「サンセット・パーク」の前身の「FM夕べの広場」宛てのリクエスト・カードに書いたことを思い出した。

すべてにおいてマメというか、私はその日の放送を、当時はアナログのカセット・テープに録音して残してあり、それから音声ファイルにして本サイトで紹介している。その音声ファイルをこのトークで聴いてもらおう(´Д`)ノ と思いつき、トークで間をつなぎながら目的の音声ファイルを見つけ出し、聴いてもらっている。

それは1989年「YouTube>斉藤由貴 夢の中へ」)6月28日放送分で、当日はいつものパーソナリティのピンチヒッターでNHKの葛西聖司かさいせいじアナウンサーの担当だった。

年の功というか、葛西アナウンサーは私が葉書に書いたメッセージを何倍にも膨らませて紹介してくれ、今聞き返しても感謝してしまう。これぞ、リクエスター冥利に尽きるというもの(→ 本サイト内関連ページ)。

レンブラントの展覧会を観たあと、春の上野公園をビデオ・カメラ(「価格.com>ビデオカメラ」|本サイト内関連ページ→ )を手にぶらぶらと歩いた。

今週の月曜日(3月28日)に東京で桜(=ソメイヨシノ)が開花したとのことだったが、まだやっと咲き始めたばかりで、満開まではまだ時間がかかりそうに見えた。それでも、今日(1日)は晴れて気温が上がったこともあってか、午後は思っていたよりも多くの人が散策に訪れていた。

ひとつには、今日から一般公開が始まった上野動物園「ウィキペディア>上野動物園」)のジャイアントパンダ目当ての人も多かっただろう(「YouTube>いじわるパンダ」)。かくいう私は、これまで実物のパンダは見たことがない(^m^)

このように、レンブラントの展覧会を堪能し、上野公園内を散策したあと、再び秋葉原へ向かった。その頃までにはPCパーツの点検も終了していた。今回は1万円ほどで買い取ってもらえた。

大震災のあとは、右へならえで自粛ムードが強まっているが、みんなで萎縮してしまったら日本の経済は急激な右肩下がりとなり、ひいては被災者の支援を阻害してしまうだろう。

だからというわけだけでもないが、私は自分に興味のあることで消費し、それが回り回って被災地の復興に結びつけばいい、と自分なりの尺度で考えたりしているところである(´・ω・`)

「春のレンブラント展ミニミニ動画」(46秒)〔→ ナローバンド版