| ■ 2009/06/19 団七九郎兵衛に見る男だて|オマケ画像 |
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昨日の本コーナーでは、世間では弱い男の代名詞のように見られている(?)作家・ 今の時代、「男らしい」とか「女らしい」といったいい方自体に抵抗感を持つ人がいるでしょう。10人いれば性格は10人がそれぞれ違うもので、それをやれ男だ、女だと枠に当てはめて論じてみても仕方がないであろう、という言い分です。 私もそんな考え方を持つ人間のひとりです。が、その一方で、では「人間らしさ」と男女を一緒にして論じるべき好ましい生き方というのもあるのではないか、と思ったりもします。 個人的にどうしても好きになれない生き方のひとつに、「金魚のフン」のような処世術があります。意味するところはわかってもらえるでしょう。実際問題、金魚がフンをしている場面を私自身まじまじと見たことはなかったりもするのですがf(^_^)、だいたいイメージはできます。金魚がひねり出したフンは、踏ん切りが悪いのか、しばらくの間、水中を移動する金魚のお尻にくっついて金魚と一緒に漂ったりする、のでしょうか。 そのフンのように、自分から進んで積極的に行動せず、自分より声の大きな者の後ろに隠れて行動しているように見える人間や集団を「金魚のフンのようだ」といってみたりします(本サイト内関連ページ→ 1・2・3)。 結局のところ、そうした行動を採りたがる人間には、面倒なことには関わりたくないという心理が働いているのでしょう。そうすることが正しいとか間違っているとかはどうでもいい。自分に危害が及ばないのであれば、フンにでもなって生きている方が楽、ということでしょう。 今の時代、こんなフンのような生き方をする人間が、政治の世界や官僚の世界に大勢いるのではありませんか。解決しなければならない問題がたとえ目の前にあったとしても、自分がその職に就いている間だけは問題にしてくれるな。そのことで自分が損をさせられたら堪らない。問題の解決は次の人が何とかしてくれるだろう。事を荒立てず、穏便に参りましょう_こんな感じでしょうか。 先の大戦で都合よくアメリカに牛耳られた日本は、アメリカの都合で作られた日本国憲法を一方的に押し付けられました。その時からすでに60年以上経ちましたが、未だにアメリカさんがこしらえた憲法に勝手な理想論をくっ付けて有り難がって従っています。 60数年の間にいくつの内閣が誕生し、消えたのか知りませんが、どの内閣もその是非を論じることから避けに避け、自分可愛さで先送りを繰り返してきました。情けない話ではありませんか。 と、ほんの思いつきで金魚のフンのような生き方がいかにだらしないかについて書いてみました。 昨日の本コーナーを書くうちに、私は以前観た番組を思い出しました。NHK教育で放送された教養番組「知る楽」です。その月曜日は「探究この世界」と題し、それぞれの分野で活躍されている人が、専門分野を探究して見せてくれる趣向になっています。 私は普段は熱心に観ていないのですが、4月27日の放送は気になり、PCで録画して観ました。4月と5月のその時間枠では、作家の松井 その5回目の“演目”は、「 そもそも、「任侠」とはどんな意味でしょうか(本サイト内関連ページ→ 1・2・3)。広辞苑には次のようにあります。 弱気をたすけ強きをくじく気性に富むこと。また、その人。おとこだて。 最後に「おとこだて」とありますね。そうです。昨日の本コーナーの最後にも「 松井今朝子さんは「任侠」の意味を考えたとき、「困った人を助けるのが原点」だろうとおっしゃっています。そして、人を助けることによって自分が敵を作ってしまい、その敵から自分が攻撃をされる。それを我慢するものの、最後には我慢しきれずに敵をやっつける、というのが任侠物のパターンとなるのだそうです。 この敵を作ることですが、普通は作りたくないものでしょう。面倒な事にはなるべく関わりたくないという心理が誰にもありますから。そんな中、任侠物の主人公は敵を作ることをいとわず、自分の信念に基づいて行動し、そのように生きることができない一般庶民はそのヒーローの行いに胸がすく思いを味わい、拍手喝采するというわけです。 そこで語られた歌舞伎は、『夏祭浪花鑑』という演目です。私は歌舞伎のことは何も知りませんので、初めて聞くような話でした。何でもこれは現実に起こった事件がモデルとなって生まれた話だそうです。初演されたのは1745( 主人公は境の下町で魚屋をする それを見た団七はさっと琴浦をかばい、侍の大鳥を懲らしめてしまうという場面がまず紹介されました。争い事に関わりたくない人間であれば、人が困っていても見て見ぬ振りを決め込むでしょう。事なかれ主義とは無縁の団七にはとてもそんなことはできず、ここでも一肌脱いでいらぬ敵を作ってしまいます。 団七には その義平次が事もあろうに、琴浦を誘拐して彼女に横恋慕するあの汚らわしい小侍・大鳥に金品と引き換えに売り払おうと事を起こします。それを知った団七は知らずにかごに乗っている琴浦を助け、逃がしてしまいます。これに怒った義平次は、団七の眉間を雪駄(せった:竹皮草履の裏に牛皮を張りつけたもの=広辞苑)で力まかせに叩きつけます。 団七の眉間は切れ、真っ赤な血潮が噴き出ます。それでも団七は怒りをグッと堪えます。 この歌舞伎が生まれた時代、江戸幕府は財政難の状態にあり、庶民に質素倹約を奨励し、縛りを強めていったそうです。そうしたしわ寄せは社会の底辺で暮らす人々をより強く直撃したでありましょう。その堪える生活をする庶民は、自分の姿を団七に重ねます。 しかし、我慢の限界を超えた団七の怒りは義平次に向かいます。無我夢中で義平次に斬りかかり、ついには命を奪ってしまいます。芝居の最後には殺した舅に懺悔して優しさを見せる団七ですが、怒りを発散する場面では、日頃我慢を いつの時代にもヒーローはいて、損な役回りを進んで引き受けることで自分の敵を作り、それがために自分自身傷つきながら、それでも弱気を助け強きをくじく内なる思いに逆らえない、といったところでしょうか。 そんな男が男伊達といわれ、今では「男らしい」といわれたりするのでしょう。ちなみに「女伊達」という言葉もあり、女でありながら「男伊達の行いをする者」をいうそうです。 たとえば団七のように、自分の信じるままにいつも振る舞えるわけではありませんが、少なくとも金魚のフンのような事なかれ主義はやめ、自分の価値観のままに生きる「男らしい」あるいは「女らしい」気概だけは失いたくないものではありませんか。 |