| ■ 2009/03/13 呼吸には心持ちが表れる? |
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どんなことでも、その道を究めようとする人がいます。たとえば、私たちが毎日何気なくしている「呼吸」をもです。 仮に80歳まで生きるとして、その間に何回ぐらい呼吸をするでしょう。そんなことは考えたこともありませんので、これまで計算したことはありませんでしたf(^_^) でも、と、ちょっと計算してみますか。難しい計算ではありません。 普段、どのくらいの頻度で呼吸をしているでしょう。今、普通の呼吸をしながら時間を計ってみましたら、今の私は、吸って吐いての1回の呼吸をするのに10秒前後の時間を使っています。ということで、1分間で6回強ということになりますか。数字が細かくなってもいけませんので、端数を端折って(はしょる:はぶいて短く縮める。省略する。簡単にする=広辞苑)、1分間に【10回】ということで計算してみましょうか。 1時間=60分間で【600回】ですか。ということで、1日はかけることの24で【14400回】。だんだん数字が大きくなってきました。1年はそれを365倍して【535万6000回】! 80歳までの寿命があるとしますと、かけること80で【4億2048万回】!! 郷ひろみの歌に『2億4千万の瞳』(「YouTube>2億4千万の瞳」)があります。何でもこれは、日本の人口が【1億2千万人】に達した1984年に作られたらしいですが(「ウィキペディア>日本の人口統計」)、日本全国民の瞳の合計の倍に近い数字がはじき出されました。 さてさて、今現在、自分はこの回数のだいたい何回目辺りの呼吸をしたばかりでしょう? なんつーことを考えながら呼吸をしていたのでは、息苦しくて仕方がなくなりそうですね(^m^) そ! この息苦しさですが、作家で 藪から棒にこんなことを書き出しましたが、そのきっかけは、ついさっき、朝日新聞の日曜版「be on Sunday」に目を通したからです。 その日曜版のトップには、「日曜ナントカ学」というコーナーがあり、3月8日分には「呼吸深く 心柔らかく 体強く」と見出しがつけられた特集が組まれています。この見出しをご覧になっただけで、だいたいどんなことが書かれているか想像がつくと思います。想像がつかれたようなことが書かれています(^m^) 呼吸は深く、できれば腹式呼吸が心身によさそうなことは何となく頭ではわかっているものの、注意して自分の呼吸を意識してみますと、胸でせわしくなく呼吸をしたりしていることが多いです。 現代はストレスの多い社会で、呼吸に関してはみんな似たような悩みを抱えていたりするのでしょう。そうしたこともあり、まずは自分の呼吸を整えることで、もっとリラックスした日々を送りたい、と考える人が多いようです。 私自身についていいますと、普段は自分の呼吸には注意していませんが、毎朝、ある時間だけは自分の呼吸を注意する時間を持ちます。それは、本サイト内で朝日新聞の「天声人語」を朗読し、その音声データを載せる「勝手に朗読気分『天声人語』」コーナーを持っているためです。 それが活字であれば、自分の息が上がっていても関係ありませんが、自分の体から吐き出される声をそのまま録音して紹介することになるわけで、そのときだけは息が上がらないよう、素人なりに務めるようにしています。 ま、私の場合、いたってローテンションな人間ですので、息が上がることはあまりないのですが、たまに、何かを食べたあとに朗読しようとして失敗します。これは自分で経験して実感しましたが、胃袋に何かを入れた直後というのは、うまく朗読ができなくなります。 何がそうさせるのかわかりませんが、同じ文章を声を出して読んでいても、息が苦しくなってしまうからです。ということで、読むことを仕事にしているプロの方々というのは、読む前には飲食を控えていると想像するのですが、もしかして、息苦しくなるのはσ(^_^)私だけでしょうか? 朝日の日曜版で呼吸を取り上げた特集では、それぞれの分野で指導をする人が、その人なりの方法でスムーズな呼吸の仕方を会得しています。 冒頭の方でお名前が出てきました玄侑さんの場合は、自分の「意識をお尻の下に敷く」ように指導しているようです。こういう指導方法は初めて聞いたように思いますが、曰く、呼吸が浅く、頭がカッカしているときというのは、「意識の いわれてみれば、たしかに肩から頭の方に意識が持ち上がっているような気がしないでもありません。 そこで、意識を鎮めるために、お尻の辺りに意識を下げるということになります。そして、呼吸ですが、「足の裏から息を出し入れするようにイメージする」といいそうです。 その際、「息に意識を従わせ」、規則正しい呼吸でなくてもいいので、「吐く息を長く、長く、なめらか」になるよう心がけるといいらしいです。自分が「宇宙の真ん中、地球のてっぺんに座っているつもり」になり、邪気を古い息として吐き出し、新しい息を体に納めることで「いい気」をもらう、といった呼吸を繰り返すことになります。 この話を読みながら、その昔、私もこれと同じような心構えの呼吸法を実践したことを思い出しました。 あれは高校に入学した頃からでしたか、私は赤面症(「ウィキペディア>赤面」)に悩んだことがありました(「Yahoo!掲示板>メンタルヘルス全般」)。といいますか、今もその毛がまったくなくなったとはいえず、それもあって人が集まるところへ出かけるのが億劫なところがあったりしますが、その当時よりはマシになった、と思います(;´Д`) それでも未だに理髪店へは一切行かず、自分で鏡を見ながら髪の毛をカットしていますが(本サイト内関連ページ→ 1・2)。 その当時、専門書などを買い求め、見よう見真似で坐禅のようなものを組んだこともあり、「吐く息と一緒に邪気を吐き切る」といったようなことを意識したことがあったことを思い出したのでした(→ 本サイト内関連ページ)。 以上、本日は、たまたま目にした特集から、毎日何気なくしている呼吸に注目し、感じたままを文章にしてみました。本日分の締めくくりとしとしまして、玄侑さんのご指摘を載せておくことにします。 無常なる息の流れに意識を沿わせると、頭から体が解き放たれ、余計なことを考えなくなります。 |