| ■ 2008/9/16 小沢の賭けに期待あり|おチビちゃん画像 |
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今ある状況がいつ、いかなる展開となるのか、見当をつけにくい政治の世界は、「一寸先は闇」などといわれます。政治の世界というものはいつだってそうだともいえますが、今の日本の政治こそは、まさにその表現にふさわしい状況にあるといえましょう。 政治ショーとして国民の衆目を集められるだけ集め、その余勢をかって一気に衆院選になだれ込みたい自民党は、立候補者5人の総裁選挙を展開中です(「Yahoo!ニュース>自民党総裁選」)。が、ショーの幕が開いた瞬間、あるいは開く前からショーの段取りが観衆である国民にも読めてしまうため、思惑通りには評判を得られない状態となっています(→ 本サイト内関連ページ)。 それを見越したように、民主党の小沢一郎代表が自公連立組に大きな揺さぶりをかけてきました。小沢代表の「国替え判断」です(→ 本サイト内関連ページ)。 14日に放送された「サンデープロジェクト」に出演した同党の鳩山由紀夫幹事長に田原総一朗さんが、小沢さんの判断を問いました。その部分を動画にしてみましたので、よろしかったらご覧になってみてください。なお、本動画をご覧になるにはWindows Media Playerが必要です。
自民党が総裁選で盛んに花火を打ち上げているものの、衆目の関心が思ったほど集まらない中、民主党の小沢代表の動向に強い関心が注がれ始めています。小沢代表自身の「国替え」に絡む動向です。 同党はこの12日、第1次の公認候補187名を発表しました。それによって俄然注目が集まることになったのが、小沢代表が、ご自身の選挙区である岩手4区【 この新展開により、「小沢は国替えする気なのか?!」「出るならどの選挙区だ?」と様々な憶測を呼ぶ展開を巻き起こしているのです。 注目が集まる小沢代表の動向について、「サンデープロジェクト」に出演した鳩山幹事長へもこの質問がぶつけられました。やり取りは動画にある通りですが、鳩山幹事長の口からは、「関東を中心に決めるんじゃないでしょうか」との発言がありました。 首都圏で未だ公認候補が決まっていない選挙区は7つあるそうです。うちわけは以下の通りです(※2008年9月15日付産経新聞記事より) 。
これら7つの選挙区で何といっても注目は「東京12区」です。ここは、公明党の太田昭宏代表(本サイト内関連ページ→ 1・2・3)の選挙区だからです。だからこそ注目を浴びているわけで、田原さんから「鳩山さん個人としてはどの選挙区から出馬したら面白いか?」と問われ、「太田公明党のところ(=東京12区)」と答えています。 本当のところがどうなっているのかは推測するしかありませんが、鳩山幹事長は小沢代表がどの選挙区に決めた(あるいはこれから決める?)のかはわからないそうです。また、東京12区にする可能性については、「公明党との距離感」云々と条件付きで取りやめる可能性も臭わせていないでもありません。 こうした発言も含め、小沢代表が太田公明党代表の選挙区に直接乗り込む素振りを示すことで、公明党および選挙協力関係にある自民党に揺さぶりをかけると同時に、公明党から譲歩を引き出す作戦なのではないか、と見る人が少なくありません。 この展開以前に述べられたことですが、今発売中の月刊誌『WiLL』10月号で、元自民党の国会議員で現在は弁護士をされ、かつて小沢代表と駆け引きを繰り広げた白川勝彦さん(本サイト内関連ページ→ 1・2・3)が、「(公明党が)民主党に 話は今から12年前の平成8(1996)年に遡ります。将棋の この年も政治の世界ではいろいろと動きがあったようで、1月5日には村山 正直いいまして、この当時、私は政治を熱心にウォッチングしていなかったため、当時の政治状況は残念ながらほとんど記憶に残っておりませんッf(^_^) その当時、新進党という政党がありました。私は「ああ、そんな党があったなぁ」ぐらいの感じでしかありませんが、当時から政界をかき回していたのが小沢現民主党代表です。自民党を飛び出した小沢代表は自民に代わる勢力の結集に力を注ぎ、来るべき初の小選挙区制での選挙に勝利するため、必死の多数派工作を展開していたのでしょう。 その新進党と相対していたおひとりに、当時は自民党の議員だった白川さんがいたことになります。 この新進党は、最終局面(?)で公明党出身勢力を離脱で失ういう事態に直面し、それが結局致命傷となって同党の解党へとつながったそうです(「ウィキペディア>新進党>小沢vs公明」)。 新進党で天下取りを狙う小沢さんは、公明党が新進党へ合流してくれるよう説得したでしょう。感触は悪くなかったのか、小沢さんも、行方を見守る立場の白川さんら自民党側も、公明党の議員が全員新進党に合流する、と見ていたそうです。ところが、土壇場で思わぬ展開になり、人々をアッといわせます。 そのくだりを白川さんは次のように述べています。
これは長いこと日本の政治史上の「謎」とされた行動のようですが、ここで述べられていることを読み、私の頭は混乱しました。「政党『公明』を作って分裂し」? それ以前に公明党は結党されていたわけで、新しく政党「公明」を作るということがどうしてもわからなかったのです。 たしかに、公明党は東京オリンピックがあった1964年に既に結成されています。 私は今回初めて認識したのだと思いますが、公明党には分党期というのがあり、1994年の12月に結成以来の公明党は解散し、「公明新党」と「公明」に分党したのだそうです。そして、「公明新党」は新進党に合流し、新しく作った「公明」が新進党には合流しなかったという流れになるのでしょう。 当時の人々が抱いた「謎」について、このところ本コーナーで取り上げる機会の多い矢野 結成当時の公明党が分党せずに新進党に合流をしていたなら、公明党は消滅してしまっていたはずです。この公明党はいうまでもなく創価学会(→ 1・2)の下部組織といってもいい政党です。 手練(てれん:いつわりごまかすこと。人をあやつる手段・技巧。 この「静隠地帯」というのは、街宣車の活動が制限される地域を指すそうです。街宣車といえば、いわゆる街宣右翼(「YouTube>右翼とヤクザの関係について」)と称される一団が軍歌を大音量で流したりしながら走り回る迷惑車両を思い浮かべていただければ間違いないでしょう。そうした車両が活動できない地域が「静隠地帯」で、大使館や国会、政党本部の周辺がそれに当てはまるのだそうです。 公明党の司令塔ともいえる創価学会は東京・新宿区の そうです。創価学会の本部がある周辺を街宣車の活動から守る「静隠地帯」にする目的で分党をさせてまで公明党を残したのが「謎」の真相だそうです。そうまでして守るのは創価学会であり、その中心にいる人物なのであり、そこまでの解釈ができなかった世の人々にとっては、それが長いこと「謎」の行動としか映らなかったわけです。 このように、世人の常識がそのまま反映されない団体がこの世にはあるということです。その常識を超えた判断が小沢一郎の“野望”を砕いたことになり、この一件は小沢一郎という男の中に今も深い疵として残っているであろうというわけです。そして、それが意識される限り、一部の人々がいうように、小沢一郎が簡単に公明党=創価学会と手を組むことはないだろう、と白川さんなどは見ているわけです。 冒頭でも書きましたように、政界は「一寸先は闇」の代表格です。ですから、いずれの場面でも間違いのない読みはできないことになり、今の今まで通用していた常識が次の瞬間には通用しないこともないではありません。ですので、この一件もどちらの方向に転がり出すのか、誰とても言い当てることは難しいでしょう。 本日分の最後に、呑気な私個人の願望を書いておきますと、来るべき衆院選においては、東京12区で小沢民主党代表と太田公明党代表が相まみえる展開を期待したいと思います。 いずれにしましても、結果がわかり切っているように見える自民党の総裁選挙よりも、小沢代表が打って出ることになるかもしれない大勝負の方が間違いなく面白そうで、国民の関心も必ずやこちらに集中するに違いないと思うのですが、期待を裏切らない展開を小沢代表は見せてくれますでしょうか(´・ω・`)? 【本日の豆面白想像】:小沢代表をの揺さぶり作戦を受け、「おらが太田代表を落選させるわけにはいかねぇ!」と公明党=創価学会お得意の(?)住民票の大移動(本サイト内関連ページ→ 1・2)が東京12区にあったとしましょう。それなのに、嗚呼、それなのに。小沢代表がもしもこの選挙区からの出馬を見送ったらどんなことになるでしょう。移動してきた“パートタイム住民”はひとり残らず太田代表に投票します。恥をかかされるのは太田代表です。得票数は数字として未来永劫(みらいえいごう)残りますが、そこに通常の選挙では考えられないほどの大量得票数が記録されたなら、誰でも「何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で?…」となってしまうであろうと思います。かくして、太田代表は当選を得る代わりに、恥さらし者として語り継がれるのではないか、と私は想像してみたのですが(^m^) あ、そうか。代表を見送ったら“パートタイム住民”は別の選挙区へ割り振ればいいのか。でも、そんなに何回も住民票は移動させても法には触れないものですか? 【本日のオマケ画像】→ にゃんこおチビちゃん(=^ω^=)(17) |