| ■ 2008/4/09 フェルメールの真作? |
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昨日の続きで(→ 本サイト内関連ページ)、絵の話でもしようと思います。 今日の朝日新聞で目についたのは、フェルメール(「YouTube>Johannes Vermeer」)(本サイト内関連ページ→ 1・2・3・4)作品について報じられた記事です。 それによりますと、この夏の8月2日から東京・上野の東京都美術館で開催される展覧会「フェルメール展・光の天才画家とデルフトの巨匠たち」に出品されるフェルメールの作品が、これまで発表されていた6点に加え、新たに『ヴァージナルの前に座る若い女』(1670年頃の制作・個人蔵)が加わるそうです。 フェルメールといえば寡作(かさく:芸術家で作品を少ししか作らないこと=広辞苑)で知られ、生涯に制作した作品は30数点といわれています。その内の6+1作品が日本にやって来ると主催者側は“宣伝”に余念がありません。本展を主催するのは作品を展示する東京都美術館、それにTBSと朝日新聞です。 まるで今回の展覧会に合わせるかのように、大慌てでフェルメール作のお墨付きをもらった(?)作品が写真付きで紹介されています。作品のサイズは、25×20センチだそうですから、日本でいうF型の2号(25.8×17.9センチ)に近いことになりそうです。その下のサムホールが22.7×15.8センチで、これはハガキを一回り大きくしたサイズです。それとあまり違わないということで、だいたいのサイズを想像してもらえるのではないかと思います。 さて、問題のフェルメール作に加えられたとされる作品ですが、ヴァージルという楽器の鍵盤に両手を載せ、こちらを向いた女性が描かれています。バックは、フェルメール作品にたびたび登場する白壁です。 フェルメールという画家は、現代のカメラの原型といわれる(?)カメラ・オブスキューラを用いて制作したのではないか、という説がよく知られます。今回の展覧会には、フェルメールには珍しい『小路』という風景画が出品されますが、これとて、“カメラの前身”を用いたとする研究があるくらいです。 制作はもっぱら同じ室内を用い、画面の向かって左側の窓から射し込む光の中で制作されます。また、作品に登場する女性たちは、彼の娘たちであったとたしか私が以前読んだ本にはありました。 今回新たに加えられた作品も、フェルメール作特有の要素がないではありません。が、新聞に載った作品の写真を一目見た私は、「これはフェルメール作を真似た贋作(がんさく:にせものを作ること。また、にせの作品=広辞苑)ではないか?!」と疑念を持ってしまいました。もっとも、実際の作品を自分の目で確認したわけではありませんので、決めつけることは避けます。 フェルメールは飛び抜けて作品が少ない画家で、それが近代にわかに人気になったことで、贋作作家にも目を付けられやすくなっています。実際、30数点とされるフェルメールの作品の中に、既に贋作がいくつか含まれている可能性がないではありません。 今回の作品も、真作か贋作かで議論が分かれ、「約10年かけて科学調査をした結果、使われたカンバス地が他の作品と非常に近いことや、下地の作り方なども画家特有であることからフェルメール作とされた」と朝日の記事にはあります。 ただ、そこに描かれた女性の表情を見やりますと、あくまでも私個人の印象ですが、生気(せいき:いきいきとした気力。活気=広辞苑)が感じられません。また、そこに座って楽器を弾く必然性が希薄にも思えます。衣装にしても、後世の人間がフェルメール作品をなぞらえて描いてみました、といった感じが拭えません。バックの象徴的な白壁からは、絵具の塗り方に熱気が見られません。どれもこれも、それを描かなければならないといった画家の熱意に欠けるように思えて仕方がないのです。 フェルメールが生涯に描いた総作品数が30前後といわれているわけですよね。彼は1675年に43歳で世を去っていることになりますが、その間、絵の制作にあたったのは20年ほどでしょうか。とすれば、平均すると1年に2作にもならないことになります。作品数の少なさは1つの作品に情熱を傾けさせたはずで、それにしては今回の作品から熱気が窺えないのはなぜでしょう。 そもそも、画家はなぜ絵を描くのでしょう。 オランダ絵画が力を持つようになる以前、西欧の美術館に今も残る名作の多くは、当時の権力者であった王侯貴族から注文を受けることで制作されました。それが、オランダ絵画が黄金時代を迎えた時代には、市民が経済力をつけ、お金を持った市民が自宅に飾る目的で画家に絵の制作を依頼しました。 そして現代。これは日本に特有のことなのか、国内には美術団体が数多くあり、その発表展を毎年開きます。その会場へ行きますと、展示会場の広い壁面を作品が埋めています。どれも大作ばかりです。出品規定に100号や150号の決まりがあります。仮に150号としますと、F型では227.2×181.8センチの大きさです。 そして、その大作を誰に依頼されたわけでもなく描きます。一方、フェルメールなど17世紀のオランダの職業画家たちは、市民というお客に買ってもらうことを前提に、室内に飾れるような小品を描きました。 私は大作を描くことはしません。必然性を感じないからです。小さな作品が好きです。そして、絵を描く必然性を維持していくことの難しさを感じています。 このことは、以前の本コーナーで書きましたが、その昔、私は歯科医院に勤める歯科助手に一目惚れしてしまい、彼女の肖像画を記憶で描き、家へ勝手に送りつけてしまったことがあります(→ 本サイト内関連ページ)。その時は燃えて描きましたが、その時ほどの必然性や情熱をなかなか維持できません(´・ω・`) ゴッホ(→ 本サイト内関連ページ)は、絵の制作のための資金を頼った弟テオに宛てた手紙の中で、「靴職人が工房で毎日靴作りをするように、自分も毎日絵を描く」というようなことを書いていたことを憶えています。事実、ゴッホは早描きで知られ、一層ごとの乾燥を待たず、その多くは、下書きから仕上げまでを一気に描いてしまう、アラ・プリマという技法で描かれました。 問題は、それを毎日続けられるだけの情熱がゴッホにはあったということです。何がそれほどまでにゴッホを絵画制作に集中して向かわせたのかです。しかも、描いた作品をゴッホはどこかの展覧会に出品したという記録もない(?)はずですから、誰かの評価を気にして描いたのでもないことになります。 フェルメールは近年、それまでは印象派一辺倒だった(?)多くの日本人に、急速に知られるところとなりました。古典絵画の人気や認知度が高まることは、それはそれで好ましいことではあります。が、それがあまりにも爆発的に感じられ、私には一種“バブル”のように感じられて仕方がありません。 ゴッホがそうであるように(?)、「フェルメールであれば何でもいい」といった風潮(?)は、フェルメールの真の理解に邪魔なように私には思えるのですが、いかがでしょう? フェルメールの作品は悪くはないでしょうが、それ以上でも以下でもなく、私は特別の関心を持つことはできません。 それでも、彼の作品が日本に来たなら私も観に出かけていくことでしょう。さてその時、今回フェルメール作に加わったという問題の一作は、私の眼にはどのように映るでしょう。楽しみのようであり、そうでないようでもあり、春の今は、その陽に似て、どこか薄ぼんやりしています。 |