■ 2008/12/16 冬の日と「ワイエス展」

このところは関東南部でも季節外れの暖かさが続きましたので、すっかり緩みきっていましたら、寒さがドカン! とやって来ました。昨日の朝も冷え込みが厳しくなりました。東京と千葉では3℃台まで下がり、初霜を観測です。また、横浜も3℃台で、こちらは初霜に加えて初氷まで観測です。

と何やら本サイト内の“お天気コーナー”(?)「空模様でボ・ソ・リ」のような書き出しです。と、この書き出しスタイルは本コーナー前回分とよく似ています(→ 本サイト内関連ページ)。でも、ま、寒いときには車のエンジンのかかりが悪く、一発目でブルン! とかかったら「ラッキー!」とそのまま走り出すように、文章も書き出しが肝心で、勢い一発で書き始め、「あとは野となれ山となれ!」とばかりにガーッ! と書き切るのが私の流儀です(?)。

ともあれ、本日分もこれで何とか文章が走り出し、思った通りに車(=文章)が動いてくれるかわかりませんが、とりあえず書き進めてみますので、よろしかったら助手席でお付き合いください。

そんな寒かった朝、私は自転車で乗り出しました。昨日の目的地は、東京・渋谷にあります複合文化施設Bunkamura内の美術館「ザ・ミュージアム」です(本サイト内関連ページ→ )。

その美術館で、アメリカの国民的画家といわれるアンドリュー・ワイエス(→ 本サイト内関連ページ)の展覧会「アンドリュー・ワイエス 創造への道程みちが開かれているのです(12月23日まで。同館はこの企画展の期間中は無休です)。

このワイエスでいいますと、今月の7日放送の「新日曜美術館」でも取り上げられまして(「NHKオンライン>新日曜美術館>はかなさに秘められた情念・ワイエスのアメリカ」|→ 本サイト内同番組自作DVD画像)、それを観た私は正直いいまして物足りないものを感じました。それもあって、本コーナー8日分でもワイエスの名を挙げ、思わせぶりなことを書いたりしたのでした(→ 本サイト内関連ページ)。

番組ではワイエスの精神世界の話ばかりで、「ワイエスといえばテンペラだろう? そのことに触れないでどうする?!」とエラそうに憤り、勢いに任せて文章にしてしまうところでした。が、今回はその勢いを止めておいて結果的にはよかったです(^_^;

正直いいまして、私は今回ほとんど初めてワイエスの作品を観ましたが、会場内で数々の作品を観ながら、私は少々焦り始めていました。「ワイエスといえばテンペラ」というのは私の単純な思い込みだったのか、テンペラ作品は多くなく、代わりに「ドライブラッシュ」で描かれた作品が多かったからです。

私はそれが具体的にはどのように描かれるのかはわかりませんが、水彩絵具(?)を用い、筆に水分をあまりつけず乾いた状態で絵具を塗り重ねる技法、なのではと理解してみましたが、はて_。

そもそも、ワイエスの展覧会が開かれているのは知っていましたが、これまで進んで観に行く気は起きていませんでした。それが、新聞に載った鑑賞券プレゼントに応募し、それに当選してしまったのです。なんと運のいいことでしょう。この勢いで年末ジャンボ宝くじを買ったら一等賞金さえ当たるのでは? と思ってしまうあたりがσ(^_^)私の浅はかさです。

ということで、思いがけず展覧会の鑑賞券がタダで手に入りました。しかも2枚です。この鑑賞機会をみすみす逃す手はありません。ただ、どこへ出かけるのでも、基本的に私ひとりです。それで、23日と会期の終了が迫っていますが、2回足を運ぶことも考えました。

しかし、さすがに短期間に2回観に行くのは躊躇ちゅうちょし、サービス精神が旺盛な私(?)は、あることを思いつきました。「1枚を誰かにプレゼントしよう!」と。そこで、本サイトで鑑賞券希望者を募ろうと思いました。が、それを送るためには相手の住所と氏名を記入してもらわなければなりません。個人情報を慎重に扱う人が多いでしょうから、こちらがプレゼントしたいと考えても応募は期待できないかもしれません。それで、このアイディアはボツにしました。

クリックすると画像が大きくなります(^O^)/次に考えたのは、いつもリクエスト曲をかけてもらっているNHK−FMの「サンセット・パーク」宛てに郵送し、パーソナリティの方やスタッフなど、都合のつく方に鑑賞券を活用してもらおうというアイディアです。「それがいい! そうしよう!」と善は急げで、昨日の朝、最寄り駅へ自転車で向かう途中、郵便局前のポストに投函しました(→ 展覧会チケットに添えた手紙画像)。

昨日の郵便局は、いつもよりも活気があるように見えました。そうでした。昨日から年賀郵便の受付が始まったのでした。早々と年賀状を仕上げた人たちが、それらを投函やら何やらで郵便局に来ていた、のかもしれません。

ちなみに私は今、年賀状を出すことはありません。これまでにもほとんど出したことがありません。ただ、中学3年生の時に1枚出しました。年が明けて3月になると離ればなれになってしまう片想いの同級生宛てです。ところがそれが女生徒の間で噂になったらしく、しばらくの期間、居心地の悪さを味わいました。

それで年賀状を出さなくなったわけではありません。元々出さない主義(←ちと大げさ?)で、ひとりぽつねんと“年賀状協奏曲”の輪から離れているだけです。

そんなこんなでワイエスの展覧会が開かれているザ・ミュージアムに到着しました。その直前、歩きながら私はそれまで噛んでいたガムを捨て、新しいガムを噛み始めました。人は口を動かしていると緊張をほぐすことができるという話を以前聞き、人混みが苦手な私には、人混みで時間を過ごさなければならない時に限り、ガムを噛んだりして緊張をほぐす習慣があったりするのです。

で、会場の最初の部屋でワイエスの作品を観始めました。しばらくすると、会場で監視や案内をするスタッフの女性が私のところへやって来ました。見ると、手にはティッシュペーパーの箱をかかえています。

私が鼻水でも垂らしていて、それに気がついた女性が私にティッシュペーパーでも差し出してくれるのかと思いましたら(←そんなバカな(^m^))、「申し訳ありません。館内でガムを噛むのはご遠慮ください」と申し訳なさそうにいわれ、ガムを包んで捨てるためのティッシュペーパーを手渡されました。

私は恐縮し、「知らなかったもので。本当に申し訳ありません」と頭を下げ、慌てて噛み始めたばかりのガムを手渡されたティッシュペーパーに包み、ポケットに入れました。「あー、ビックリした」。そのあと、思いがけず他人と言葉を交わしたことで脳が少々興奮状態となってしまったため、気持ちが静まって作品がよく見えてくるまで、場内で立ちつくしました。

さて、脳が冷めて冷静さが戻ってきました。その目で壁を見ると、「作品にはお手を触れないでください」という注意書きと一緒に、「ガムなど、館内での飲食はご遠慮ください」という注意書きがありましたf(^_^)

会場内には、マスコミの取材を嫌うワイエスに、孫に当たる女性がインタビューするビデオ映像を上映するスペースがあります。その一部は「新日曜美術館」でも紹介されましたが、そこでは孫娘の数々の質問にワイエスが答えています。

それを観ることで、私はようやくにしてワイエスの創作態度を知ることができました。ワイエスという存命中(※2008年現在91歳)の画家は、鉛筆の素描も色を使った水彩も、より描き込んだドライブラッシュも、そして私が「ワイエスといえばテンペラ」と思っていたテンペラも、どれもほとんど等価値の意識で接している(?)ということです。

会場内には、完成作と捉えられがちなテンペラ画も展示されていますが、その一方で、習作とされる鉛筆画や簡単な水彩画もあります。ちょっと見には、本作を描く途中段階の習作と捉えがちで、実際、そうした役割の習作もあるでしょうが、ワイエスの気持ちの中では、どれもが“本作”という気持ちも幾分かはあったのでは、と考え方を変えました。

それぞれの技法を選ぶ理由を孫娘さんから尋ねられたワイエスは、その時の自分の気持ちに合い、それを表現するのに最適な画材を選ぶ、というような答えをしていたと記憶しています。実際にこんないい方だったか自信はありませんが、まあ、こんな感じであったと思います。

ワイエスがいう「エッグ・テンペラ」というのは、丹念な行程が要求される技法です。練りに練った構想を絵にするには適した技法で、作品に時間を織り込むように丹念に絵具を重ねることでしか表現できない思いがあります。

その一方で、ふっと自分の中に沸き上がった感情を素早く表現するのには鉛筆や水彩が叶っているというわけです。会場でもらってきた展示リストの一番最後に、ワイエスが絵画技法について語った次のような話が載っています。

私にとって、鉛筆素描は非常に情緒的で、非常に素早く、まったく予想もつかない素材だ。とても素晴らしい黒の芯をはさみこみ、鉛筆の芯を強く押し付ける。そうすると、芯が折れる。そうやって、対象との間に起こる私の強い印象を表現するのだ。(中略)鉛筆はフェンシングのようで、時には射撃のようだ。今でもいざ始めようとすると時折腕が、たいていの場合には、指先がふるえ始めるのだ。

会場内を歩いてワイエスの作品に向かい合ううち、ワイエスのについて考えを巡らせ始めていました。私が感じたワイエスで特徴的な色は、白と青です。

白はある意味自然なことです。

油絵具でのちの西洋絵画に大きな影響を及ぼすことになる明暗を強く対比させた作品を描いたカラヴァッジオ(本サイト内関連ページ→ )は、支持体に現代の絵具の色でいえばバーント・アンバー(=焦げ茶色)のような暗い下色をあらかじめ塗って描き出しました。あらゆる物は闇の中にあり、それに少しずつ光を与えることで物は形を露わにするというような考え方です。レンブラント(→ 本サイト内関連ページ)もカラヴァッジオの影響を受け、闇から光へと描き進めています。そうやって立体を表現するため、写真でいうアンダーな表現になります。

その反対が水彩画です。中でも透明水彩は、真っ白な紙に描きます。色をつけた筆を紙に当てるごとに白い紙に色が重なり、明度が落ちていきます。そして、最後まで白く残しておきたいところには、一筆目から一切絵具をつけずに残します。そのようにして塗り残された地の白さで白を表現する技法です。

ワイエスのいうドライブラッシュは不透明水彩の技法で、テンペラや油彩に近い性格も持つのかもしれませんが、透明水彩も使っていることで、基本的には白の支持体の上に絵は描き出されたことが多いのでしょう。それで白という色が意識され、ワイエスの作品全体の色調に影響を与えている印象です。白いシャツの『自画像』がそれを象徴しています。

そしてもうひとつ印象に残った色がワイエスの青です。

たとえば『青い計量器』という作品があります。お椀のような計量カップで、そのお椀状の器が青い色をしているのです。私は作品に近寄ってよくよく眺めてみました。小さな作品ですが、そこに描かれたお椀が、近づけば近づくほどリアルに見えます。

そして、その青が実に綺麗だったのです。

それを視ながら、どの絵具を使ったのかに考えを巡らせました。代表的な青のコバルト・ブルーか、それとも赤みのないセルリアン・ブルーか。どちらも近い青ですが、ピタリときません。ならばプルシャン・ブルー(「YouTube>プルシアンブルーの肖像 / 安全地帯」)かとも思いましたが、その青ほど冷たくはありません。とりあえず、“ワイエス・ブルー”とでもしておきますか。

会場を出て空を見上げると、東京の空は真っ青。ワイエスの青にも負けないような自然の青です。街にはクリスマス・ツリーの飾り付けがあり、街を行き交う人々は地上の飾り付けにばかり気を取られ、自分たちの頭の上にあんなにも素晴らしい青の色が拡がっていることに気がついていないのでは、とちょっとばかりの優越感に浸りながら駅まで歩きました。また、ガムを噛みながら。

展覧会場をあとにした私は、師走になるといつも以上に混み合う東京のアメ横「上野アメ横公式ホームページ」)へ向かいました。昨日の私は正月用の買い出し、ではなく、腕時計の修理が目的でした。

もしかしたら買ってから20年近く経つアナログの腕時計の電池が切れていました。私は普段腕時計をつけることが少なく、電池が切れて7、8年経ちました。バンドもすり切れてボロボロです。安物のデジタル式腕時計の電池が切れ、今度は無性に針のあるアナログの時計を使いたくなったのです。

クリックすると画像が大きくなります(^O^)/アメ横へ行けば電池とバンドを交換してくれる店があるだろうと歩きまわり、店を見つけました。電車のガード下に無数にある商店街で偶然出会った小さな店です。使わなくなってから10年近く経っていたため、電池を交換しても動くかどうか心配でしたが、時計修理に熱心な店主と若い店員ふたりで、古ぼけた腕時計を甦らせてくれました。

新しいバンド選びは結構難しく、自分の時計にどれが合うか迷っていると、若い店員が似合いそうなバンドを選んでくれました。なるほど、見立ては的確で、今までよりもぐんと明るい印象になりました。締めて【5,000円】弱の出費ですが、腕にはめた腕時計を時折撫でて確認しながらアメ横の店々の間を歩きました。