■ 2008/10/28 大江健三郎の小説を思い出す秋

昨日から「読書週間」が始まりました。それに関連して、昨日の本コーナーでは、朝日新聞に載った特集を取り上げて書きました(→ 本サイト内関連ページ)。

そのついでで、自分の読書体験、というほど大層なものではありませんがf(^_^)、昔に読んだ本を思い出しながら自分の「全集」のようなものをんでみようとも思いましたが、昨日は途中で歯科医院へ行ったりしたこともあり(←言い訳f(^_^))、結局それは書かずに終わりました。

そこで、今日、そんなことを書いてみようかなぁ、などとボンヤリ考えていますが、まあ、どんな感じになりますか、とりあえず始めてみることにします(←どこまでやる気があるのやら)。

私の中の大雑把な傾向としましては、作家が頭の中でこしらえた作り話である小説より、実際に起こった事件や事故を扱った実録物が好きだったりします。いわゆるノンフィクションというヤツです。どんなに凄い話でも、それが作り話である限り、「どこそこに、こんな悪い奴がいた」と書いても、作家が頭で想像して書いたに過ぎず、その大悪党が本当にいるわけではありません。その点、ノンフィクションで書かれた大悪党であれば、現実に存在したことになり、その現実味が私の興味をそらさないのです。

そんな傾向を持つ私ですが、まったく小説を読まないことはありません。

これを書きながら今思い出したのは、大江健三郎(→ 本サイト内関連音声ファイル ※NHK−FMのリクエスト番組「サンセット・パーク」か前身の「夕べの広場」で自分のリクエスト・カードが読まれた放送のエアチェック・ファイルです。読んでくださっているのは元NHKアナウンサーの日野直子さんです。なお、お聴きになるにはReal Playerが必要です)の『日常生活の冒険』です。この小説については、本サイトを立ち上げた1999年当時、すぐに取り上げて書いていると思います。当時の本サイトを思い出してみれば、個人的に気に入った個人サイトへのリンク・ページを設け、そのひとつに自殺サイトへのリンクも張りました。

当時は今のようなブログもなく、すべて普通の個人が試行錯誤しながら自分でサイトを構築していましたが、そのサイトはたまたま見つけたものです。死の匂いを感じさせる文章や音楽、映画などが紹介されていたでしょうか? 今では記憶が薄れていますが、とにかく個人が作り上げたサイトとしては、当時最高のレベルだと私は感じていました。

クリックすると画像が大きくなります(^▽^)/大江さんのこの小説は、たしか私が20歳前後の頃に文庫本で読んでいます。その本は未だに書棚に取ってありますが、すっかり茶色に変色しています。あらすじは茶色く変色した紙と同じように、私の記憶の中で退色しています。

今それを手にとって、はじめの方を読み返してみました。そうでした。主人公の“ぼく”には斎木犀吉という友人がいます。この男が個性的で、エキセントリック(eccentric:普通といちじるしく変わっているさま。ふうがわり。へんくつ。奇矯=広辞苑)でダンディというイメージとして私の中には残っています。が、これを読んだのは随分昔ですので、実際にはどんな男だったかは、読み返して確認しなければわかりません(^_^;

薄れた記憶を真実だと思い込んで書けば、何年も会っていなかった斎木が“ぼく”(=大江)の前に現れますが、「久しぶり」というわけでもなく、まるで昨日もあったかのように「やあ」といってみたりします。そしてそれが、ちっとも不自然でなかったりします。

この小説を読んでいるときから、私はこの斎木犀吉のモデルは、間違いなく伊丹十三(→ 本サイト内自作DVD画像)だろうと考え、伊丹さんを斎木という男に重ね合わせて読んだ記憶があります。略歴を見ますと、大江さんは高校時代に転校し、そこで伊丹と出会って親交を結んだそうです。また、ふたりはその後義兄弟の間柄になっているわけですから、伊丹さんは大江さんにとって非常に近い存在であったわけです。

この時期、『日常生活の冒険』を読んだあと、大江さんの小説は文庫本で揃えましたが、今書棚で確認してみると、『セヴンティーン』を含む『性的人間』が見つかりません。ないとなると余計に読んでみたくなったりするのは厄介です。今度書店へ行ったときに一冊買い求めますか。

これも昔に読んだきりですから内容はほとんど忘れていますが、17歳になったばかりの少年が主人公でした。性に目覚めた年頃で、内気だった少年は、たしか異性の友もいず、独り自分の性欲を鎮めます。

少年のズボンのポケットには穴があいています。学校で授業を受けているとき、同級生がいる同じ教室の中、少年はポケットの穴を通して自分の右手で“男性自身”を握りしめ、平静を装いつつ快楽にふけるといった描写があった(?)と記憶しています。

私はいつでも行き当たりばったりで書きますので、話がどのように展開するかはその時任せです。本日の場合も、当初は昨日の続きで、「自分の全集」みたいなものを編み、それぞれに感想を書こうと計画していながら、はじめに思い出した大江さんの小説に構いっきりとなってしまいました。小説はあまり好きではないと書き出しながら、結局小説についてばかり書いてしまっているわけで、この首尾一貫性のなさがσ(^_^)私らしい、と自分で自分を納得させているところです。

ということで、「読書週間」にちなんだ他の本の話題は、明日以降の本コーナーで書ければ書きたいと思っているところです。これも“その時の勢い”ですので、どうなるか自分でもわかりませんが(´・ω・`)