■ 2007/09/09 物欲とフィルム・マジック

おとといの本コーナーでは、「物欲の秋」ということで、「動画」にまつわる物欲について書きました(→ 本サイト内関連ページ)。

本日はその第2弾。秋が深まる、というより前に、夏がまだ完全に過ぎ去っていません。昨日は二十四節気のひとつ白露はくろでしたが、それが関東南部で実感できるのは1カ月も2カ月も先のことでしょう。

そんなこんなで、「秋」というのにはまだはばかられなくもありませんが、ここでは一応「秋」ということで、「物欲の秋」を語らせてもらうことにします(^ω^)

前回書いたときにも触れましたが、私は今、1台の新型デジカメ(デジタル・カメラ)に物欲を感じ始めています。今月21日発売予定のそのデジカメを初めて知ったのは、おとといの日経新聞に載った広告です。ずらりと並んだ同社のデジカメの中にその1台がありました。

私は早速ネットでそのデジカメのプロフィールを確認しました。今回、私の物欲を刺激したのは_ニコン「COOLPIX P5100」です。

前回「物欲」について書いた中でも書いていますように、私はデジカメの一眼レフには現在のところは食指が動きません、、、て、アレー? 勘違い発見です。一眼レフ・カメラについて触れたのは、動画簡易編集・変換ソフト「Ulead Toolbox 2」について書いた回でした(→ 本サイト内関連ページ)。失礼しました( ;^ω^)

それはともかく、デジカメの一眼レフは、現段階ではそれほど欲しいと思っていません。第一に、カメラのフォルムが美しくありません。最上位機は報道などプロの欲求に応えるように作られているはずで、フォルムの美しさは二の次(?)かもしれません。それにしても、趣味で写真を撮る人には、あれほどのスペックは必要ないでしょう。その分大型で重く、外出するときにちょっと持って行く、という気にはなれそうもありません。

デジカメついでということで書いておけば、現在一般的な「ズームレンズ」というものも、私は好きになれません。あまりにも安易です。

私が使うDV(デジタル・ビデオ)カメラにはズームレンズがついています。これはこれで、ま、便利に使っていますが、写真となると話は違います。私は単焦点レンズが好きで、中でも50ミリのレンズがお気に入りです(→ お気に入りのレンズ「カール・ツァイス プラナーF1.4 50o」)。そのため、レンズ交換を前提とするフィルム・カメラの一眼レフを使いながら、いつもお気に入りの50ミリのレンズを付けたままです(^ω^)

私が使うそのレンズは、【F1.4】と明るいもので(※数字が小さいほど明るい)、フォーカスの合う範囲が極端に狭いです。それだけ、実際の撮影の際はフォーカシングが難しくなりますが、ファインダーを覗いて愉しむ分には、対象物以外のボケ味が実に美しく、それを眺めているだけで時間を忘れてしまうほどです。

こうしたファンインダーの愉しみを、ズームレンズを付けたデジカメ一眼で味わえるとは思えません。それやこれやで、デジタル一眼には食指が動かないのです。

そんな私が今、食指を動かしつつあるのが、まもなく発売になる「PC5100」というわけです。

といって、私がそのカメラを手にとってじっくり観察したわけではなく、新聞に載った広告から受けたファースト・インプレッションだけが頼りの私的感覚のみでの判断です。

しかし、ここで現実問題。2000年に購入したデジカメの性能に不満を感じることもなく使っているため、実際に「PC5100」に乗り換える公算はかなり低いです。今使っているデジカメの唯一の不満、といいますか不安は、記憶媒体に、任務を終えた「スマート・メディア」(「AllAbout>メモリーカードが消えていく法則とは? 去り行くスマートメディアの挽歌」)を使うということだけです。

「PC5100」登場で刺激された「物欲」でしたが、冷静に現実を見ることで、フィルム一眼への愛着がまだまだ強いことを確認できただけのように思います( ;^ω^)

ネットの掲示板「2ちゃんねる」でカメラ好きが集うスレッドを覗くことで、フィルム愛好者健在であることが確認できました。「まだまだデジタルに流されちゃいないゾ」と。

私がフィルム一眼に装填(そうてん:中につめこんで装置すること=広辞苑)するフィルムは、ポール・サイモンも『僕のコダクローム』(「YouTube>Paul Simon & Art Garfunkel 3 - Kodachrome/Maybellene」)の中で「コダクローム あの明るいすてきな色 夏の緑のいい感じ(訳:三橋一夫)」と歌ったコダクローム64(→ 本サイト内関連画像)です。

それなのに、デジタルへの時代の流れは、“名フィルム・コダクローム64”をも押し流してしまいました。コダックは同フィルムの製造を昨年中止し、在庫が尽きた時点で長く愛されたフィルムの歴史が終わります(「Kodak>『コダクローム64フィルム』販売終了のお知らせ」)。私は使っていないコダクローム64がまだ10本近く冷蔵庫に入っていると思いますが、これも、急いで撮影して現像に出さないと、現像自体受け付けてもらえなくなるんでしょうかね(^3^)?

フィルムといえば、私は一度同じコダックの「エクタクローム」に“浮気”したことを思い出しました。ただ実際に“浮気”してみると、コダクロームにくらべて悪い意味で「人工的な色」に感じ、すぐにコダクロームに戻りましたけれどね。

また、一時期はフィルムの発色の違いをいろいろと“研究”し、「エクタクローム パンサー」が望む色再現であるという結論に達し、興奮して眠れないこともありましたっけf(^_^)

カメラつながりの話でいえば、「2ちゃんねる」の関連スレッドを見るうち、8ミリ・ムービーの刺激を受けました。こちらも過去の遺産になりつつあります。最近はまったくムービー・カメラを駆動させていないので実情を把握できていないのですが、現在は、フィルムの販売・現像は終了してしまったんでしたか?

その今になって、「また8ミリを撮影してみたい!」と思ってしまうのですから、物欲というヤツは厄介にできています。「2ちゃんねる」のスレッドをチラッと見た範囲では、今この時期になって8ミリ・ムービー・カメラを手に入れ、「初めて撮影しました」なんてレスがついているところをみますと、まだ辛うじて現役に留まっているんでしょうか。

【本日の8ミリ豆現状】「ウィキペディア」の記述によれば、2007年9月9日現在は、8ミリから育った映画監督・大林宣彦さんら、「フィルム文化」を愛する映画関係者や文化人らが先頭に立って「シングル8フィルム」の製造・販売・現像を求めた結果、今後も数年をめどに(※この「数年」が気がかりですが)、これまで通り、製造・販売・現像してもらえることになったそうです。

現代は、素人が「動画」で記録するといえばビデオ・カメラと決まっています。私は、これまた2000年頃に買い求めたDVカメラを不平をいわず未だに使い続けています。ビデオなら、撮ってすぐに再生でき、しかも、現代はPCで編集までできてしまいます。ひと昔前の環境を思い返すと、まるで夢のような現代です。

それに比べ、フィルムに撮影する8ミリ・ムービーは足らないことばかりです。一般利用者用に市販されているフィルム(「富士フイルム>8oフィルム」)は1本で【3分20秒】(※18コマで撮影した場合)しか撮影できません。ビデオ・カメラしか知らない方には、「ナヌ? たったの3分20秒ぉ(*゚Д`;) ?!!」と驚かれてしまうでしょう。その上、フィルムは決して安くはなく、現像代もかかります。全くの「金食い虫」です(→ わが愛機「フジカシングル8・ZC−1000」本サイト内関連ページ)。

しかも、編集となったら、手回しのエディターにかけ、暗いモニターで撮影済みフィルムを確認しつつ、手作業でフィルムをカットしては、専用のテープ(※シングル8はフィルムの材質が溶けないため、スーパー8のように「セメント」でフィルムをつなぐことができず、フィルムをつなぐには接着テープのようなものを使う)でつないでいきます。もしこれに音を付けてトーキーにしようと思えば、現像取扱店経由で、フィルムの端に録音のための「磁気トラック」(※カセット・テープを極細にして貼り付けたようなものとご想像ください)をコーティングしてもらわなければなりません。

のちに同時録音できる8ミリ・ムービー・カメラが発売になり、私も所有していますが、それ以前に同時録音しようと思ったら大がかりでした。私はそれを試したことはありませんでしたが、撮影と一緒にカセット・レコーダーを回し、映写する際には、映写機と磁気テープを同時に回し、同調をはかります。

現代は、画と音が合っていて当たり前ですが、8ミリの時代は、「リップ・シンクロ」などといって、唇の動きと声が合っていたら、神の如きに讃えられたものであります。

それやこれやで、何とも時代がかったメディアですが、スクリーンに映し出される映像には、それがたとえ素人が撮った意味のない映像であったとしても、観る者を感動させる力が宿っています。それが「フィルム・マジック」。何でも便利なデジタル時代には、却って貴重なメディアといえなくもなさそうです。

いつものことで、途中から(あるいは初めから?)あらぬ方向へ話が逸れてしまいましたがf(^_^)、ひとつの物欲が別の物欲を刺激し、また別の物欲を刺激する。そんな「物欲の連鎖」に身を委ねるのも、これまた秋の楽しみのひとつといえましょう(?)。

そだ! この秋は、フィルムに回帰し、フィルム一眼や8ミリ・ムービーで遊んでみると、楽しいひと時を過ごせるかもしれない(・∀・)! なんちて。