| ■ 2007/05/25 靴下談義 |
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自慢ではありませんが、私は、こと、ファンションに関してはいたって無頓着です。ですから、来る日も来る日も同じ格好、なんてことが珍しくありません。 ファンション以前のレベルかもしれませんね。とにかく、汚れない限り、同じ格好でいても苦になりません。それだけ、洗濯回数も少なく、従って洗濯汚水も排出しないことになり、結果的には地球環境によいことをしている、のかな? あ゛下着だけは毎日換えています。念のため(^m^) そういえば下着で思い出しましたが、コメディアンの三波伸介さんは生前、「毎日新しいパンツ履く」ことを自らに課していた、というような話を以前何かで読みました。 これは、売れっ子コメディアンであったればこそ出来たことで、しがないσ(^_^)私には到底真似の出来ない芸当です。 おそらくは、三波さんなりの「死ぬ覚悟」の表れといえるかもしれません。意味するところは、「いつ自分の命が絶たれても、おろし立てのパンツを身につけていたい」ということなのですから。その精神を少しでも見習い、私の場合は精々、「洗い立てのパンツ」を身につけて毎日を過ごすことにしますか? おっと、ファンションの話を書くつもりが、いつの間にか「パンツの覚悟」に話がズレてしまっていますね。ま、話の脱線は毎度のことです。 基本的に私はシンプルな格好が好みで、暑ければTシャツ一枚。今日のように少し気温が低くなれば、そのシャツの上へ長袖Tシャツを着るだけです。 このようにシンプル極まりない服装センス、加えて、来る日も来る日も同じような格好で支障を来すことがあるとすれば、鏡に映った自分を描く『自画像』です。自分の顔や髪型(※鏡を見て自分でカット 本サイト内関連ページ→1・2)が代わり映えしないのは仕方ないとしても、服まで代わり映えしないとなると、同じような『自画像』を何枚も描くことになってしまいます(;´Д`) 『自画像』をたくさん残したことで知られるレンブラントは、その辺りも手抜かりないんですよね。レンブラントは見かけによらず(?)おしゃれさんです。 牧野邦夫(→ 本サイト内関連ページ)も、日本人画家としては多くの『自画像』を残しました。おそらくは敬愛したレンブラントの影響を受けてのことと思います。 その牧野さんですが、生き方そのものはいたってシンプルだったようです。牧野さんの晩年に寄り添った女性がお書きになった『見る人間・牧野邦夫』(→ 同書表紙)には、彼の暮らしぶりが次のように書かれています。 とにかくスッキリした生活だった。テーブルに椅子、古い型の冷蔵庫、カセット・デッキ、ガスストーブ、それにキャンプ用の重ね食器、煮物用のナベ、フライパンと御飯を炊く文化鍋。これがすべてだった。タンスなど家具類はいっさいなかった。いまどきこんな生き方をしている人が、この世の中にいる。自分と同じ世界に存在していると知ったとき、不思議な感動を覚えた。 その牧野さん。生前は素足で過ごすことを好んでいたようです。持ち物が極限まで少ない牧野さんですから、所有する靴下も一足のみ(?)。靴下を履く必要があるときだけ履き、履き終えたら洗い、“次回”に備えた、という話が伝わっています(→ 本サイト内関連ページ)。 かくいう私めも“素足派”でして、靴下を履かない時間が長いです。改まったところへ出かけるとき以外は、その素足にサンダルのことが多いです(→ 本サイト内関連ページ)。 そんな“ファンション無頓着主義”(?)の私が、意を強くするようなコラムを今日の産経新聞に見つけました。「断」というコーナーでして(※土日を除く毎日だったかな? それとも、月曜もなかったんだっけかな?)、ここでは、各界の著名人が交代で各人の思いの メンバーは新年度になって大幅に入れ替わり、今日の分にも、新しくメンバーとなられた それにつけられた題は「靴下はどこへいった?」です。 私は、自分がファンションへの関心が薄いぐらいですから、今の若い女性の「靴下事情」は全く関知していませんでした。何ですか、辛酸さんの考察によれば、若い女性たちの間では「靴下=イケてないイメージ」が定着しつつある、のですか? 曰く、「女性誌のファンションページを開けば、靴下をはいているモデルなんて皆無」「女友だちと集まってふと気づけば、靴下をはいているのは自分(=辛酸なめ子さん)一人」の状況になりつつあるようなのです。 なるほど、なるほど...ψ(。。)メモメモ... 【本日の豆雑感】:友だちみんなが靴下を履いていない状況で、なめ子さんだけが履いているというのはグッドです。そういうなめ子さんを個人的には憎めず、好感度アップです。 と、ここまで読んだ私は、自分の足下を見て「ハッ!」となったのでした。なぜなら、靴下を履いていないからです。てことはですよ、とここでひとつばかり念を押してみたりしてみたいのですが、私は流行を先取りしていたことになりますまいかf( ;^ω^)? ま、私の場合は、流行云々の文脈とはまったく関係なく、ただ単に履くのも洗うのも面倒くさい、ということで、「ノー靴下路線」を独りトボトボと歩いていただけだった、というオチに落ちつきそうではありますけれど(^m^) 私個人の“事情”は別にして、そんな若い女性(だけに限らないのかな?)の靴下離れ(?)に対応し、最近では「部分化された靴下」なるものが売り出されている、と辛酸さんはお書きになっています。 「足の甲だけ、 女子高生の靴下に限っていえば、一昔前までは合い言葉のように「ルーズソックス」をだったものが、いつの間にやら、「紺ハイ」に様変わりしています。個人的な好みをいわせてもらえれば、「紺ハイ」の方がいいです(*´д`)ノ 「ルーズソックス」というのは、(素足派の私からすれば)見るからに暑苦しそうでしたもので。 で、辛酸さんがおっしゃる流れで行けば、女子高生の靴下事情も近い将来はソックスなしの「ナマ足」(「All About>相性診断>ナマ足派orパンスト派でわかる好みのタイプ」)に移行していくんでしょうかねぇ。で、男も女も誰も彼も「ナマ足」になんてことになったなら、へそ曲がりの私としては、夏でも冬物のブ厚い靴下を履いてみようかな? なんつーことを考えてみたり、、、( ´゚,_」゚)ヒッシダナ 以上本日は、新聞をペラペラとめくっていて「ハッ!」となったコラムを基に、ホット・カルピスでも飲みながら、ダラーリダラダラと靴下談義でもしてみましたが、どんなもんでっしゃろ? しかし何ですね(なんですか?)。ファッション・ブームというのは気まぐれなものです。 すぐに復古調(ふっこちょう:過去の思想や流行などに返る傾向=広辞苑)というヤツで、かつて流行っていたものへ“先祖返り”したりします。ですから靴下の場合も、行き着くところまで行ったなら、今度は肌色のパンティストッキングなんかを世の女性たちは新しがって履くようになったりするのではないか、と“にわか靴下評論家”(?)の私は考えてみたのであります、が_。 |