■ 2007/05/05 「野田弘志展」やがて有元利夫の絵画世界

「みどりの日」の祝日(←祝日の中で、唯一謎な祝日? 「国民は緑を祝え」てことですか(°Д°)?)だった昨日、私は絵画を鑑賞のため、ある場所へ行きました。

私が向かった先は、東京・日本橋にあるデパートです。

デパートの中で展覧会が開かれるのは、日本では不思議にも思われませんが、欧米では奇異(きい:普通と異なっていて、あやしく不思議なこと。奇妙。奇怪=広辞苑)に受け取られかねません。

それはともかく、私がデパートへ行くことなどめったにありません。第一が、買い物自体が億劫なたちであり、こっちは時間つぶしに入ったつもりが、店員がすぐさま飛んできて、「お客さま、どれにいたしましょう」なんてやられたひには、居ても立ってもいられなくなりそう、、、? だからです。

しかし今回ばかりは、そのデパート上階の催し物スペースで目的の展覧会が開かれているのですから、行かないわけにはいきません。

目指すは、日本橋にある高島屋です。

私は昨日、地下鉄で行きましたが、方向音痴な私でも無事に目的地へたどり着けるでしょうか? 昨日は地下道を歩いて歩いて、何とかたどり着くことができました。途中で1回、自分が向かっている先が間違いでないことを確認しましたけれどね(^_^;

着いたなら、地下2階から展覧会が開かれている8階までエレベーターで直行です。デパートのエレベーターに乗るのは久しぶりで、「上へ参ります(*´д`)∩」なんつーエレベーターガールとの同乗も久しぶりです。

私は乗り込むや、自分で【8階】をプチッと押してしまいましたが、マナーとしては、「8階をお願いします」というべきでしたかね? もしかして、エレベーターガールさんの仕事を奪ってしまったかもしれません。私が同じ仕事を任されたら、さぞや無愛想なエレベーターボーイになりそうです。

そうこうするうちに、8階ホールに到着です。目指すは、同ホールで、この2日から14日まで開かれている「野田弘志ひろし展 写実の彼方に」です。

野田弘志。知る人ぞ知る、「現代日本具象画壇を代表する」(※同展チラシを参照 → 同展チラシ画像)画家です。

私が野田さんを知ったのは20年ほど前になるでしょうか。当時、美術雑誌やテレビの美術番組で野田さんの制作の実際を知りました。そこで、その美術雑誌を引っ張り出して来ようと思いましたが、見つかりません。困りました。

ビデオはすぐに見つかりました。1989年にNHK総合で放送されていた「一点中継・つくる」という番組です。ここでは、NHKが注目した現代の作家たちを20分間の番組でひとりずつ紹介しています。以前、本コーナーで取り上げた彫刻家の舟越桂ふなこしかつらさん(→ 本サイト内関連ページ)もこの番組で私は知りました。

その番組で、1989年2月12日に取り上げたのが、画家・野田弘志さんなのでした(→ 同番組を収めたビデオテープ)。

これを書くということで、そのビデオを観返しました。この回のナレーションを担当するのは、加賀美幸子アナウンサー(当時)です。その加賀美さんのナレーションによれば、アトリエで、制作に励む当時の野田さんが向かう支持体は、木枠に張った市販のカンヴァスそのまま、ではありません。

このことは、確か、野田さんの制作を伝える美術雑誌の記述にもありましたが、板の上にカンヴァスを貼り付けたものを使用しています。そのカンヴァス地(※膠塗りされたものだったかどうか、記憶が不確かです。市販のカンヴァスのように、白い地塗りはされていません)の上へ、ボローニャ地方の石膏を薄い層で何層も重ね塗りし、表面をすべすべになるまで研磨します。描くのがもったいなくなるほどにまで。

番組で制作現場が紹介される作品は、その平滑な支持体の上へ、金箔が一面に貼られています。サイズは、目検討、4号F(33.4×24.2p)ほどでしょうか。その支持体を、イーゼル(easel:絵を描くときカンヴァスや画板を立てかける台。画架=広辞苑)には載せず、あれは特注の大きな作業台でしょうか、やや斜めになった水平に近い台の上に固定して描きます。手を椀枕(わんちん ※あるいは「椀鎮」)に載せ。

極めて平滑な金箔貼り支持体に、野田さんは下書きもせずに描き始めます。そのときのモチーフは一輪のアネモネの花です。真剣な眼差まなざしが向かう先は、モチーフのアネモネを収蔵する一面ガラス張りの特注ケースです。アトリエの一画にしつらえられたその前面がガラス張りの収蔵室(?)には、脇にドアがついており、野田さんがその中に入っては、描く花を前の方に移動し、花弁の向きを調節します。

その収蔵室の室温は、生の花が少しでも長持ちするよう、「摂氏5℃前後に保たれている」と加賀美さんのナレーションは伝えます。

そのアネモネの花びらを、いきなり油絵具で野田さんは描き出します。手にする筆は、習字の時間に使いそうな面相筆めんそうふでです。油絵というと、豚毛の堅く太い筆を誰もが連想しますが、これは印象派が広めた功罪の「罪」で(?)、それ以前、古典的な絵画の制作に用いられた筆は、面相筆ではないものの、堅い豚毛だけではなかったハズです。

ともあれ、そのように綿密に描かれた作品の数々に、今回、私は初めて対面できました。作品の第一印象は、思っていた以上に「まるで写真みたい」です。

写真といえば、私は一時期、まるで写真のように表現されたハイパー・リアリズムにのめり込み、見よう見真似で、エアブラシを使ったイラストを描いたことがありました。ちょうど、今から20年ほど前でしょうか。その当時、私が入れ込んだハイパー・イラストのイラストレーターに斎藤雅緒まさおという人がいまして、彼のテクニックを紹介する書籍を何冊も買い込んだりしたものです。

どんなものであれ、印刷された図版で見るのと、実物を自分の眼で直に視るのとでは、雲泥の差です。「個展」の趣がある展覧会であるため、作品に顔を近づけて、好きなだけ視ることができます。私が実物で確認したかったのは、支持体のマチエール(=絵肌)と絵具の塗り跡です。

野田さんは、写真の如く繊細に表現する関係上、描くモチーフは、必然的に「動かないもの」になります。それは動物の骨であり、花や木の実、石などです。ただ、花は生き物であり、一輪の花を数カ月もかけて描くわけにはいきません。それで、20年ほど前の番組で紹介されたように、特注の冷蔵ケースを利用していますが、それでも充分ではありません。そこで、写真を利用するという裏話が、展示された作品の脇に紹介されていたりします。

画家の写真活用といえば、野田さんを紹介した美術雑誌は残念ながら見つからなかったものの、相笠昌義あいがさまさよしという、東京・日本橋生まれの画家を紹介した号が目に止まりました(→ 同号の表紙)。駅のプラットホームや動物園のオリの前でじっと佇む群衆などを描いた作品などで知られる画家です。

その相笠さんを特集した号の中で、「写真の利用について」という項目があります。そこに、次のようなことが、相笠さんの言葉で語られています。

ドガドラクロワも、その頃出はじめたばかりの写真を使って作品を描いていたことがある、と聞きました。(中略)私も時々写真を使います。私の場合は、つくりあげていく絵画であって、私の中にイメージがあり、対象はヒントでしかありません。あくまでも、肉眼で見たフォルムの覚えがきとしての写真です。だからボケていても小さくても構いません。

70歳になった野田さんが今、取り組んでいるのは人物と風景です。どちらも、これまで、野田さんが静物画で採ってきた手法を適用し難いモチーフです。それがため、これまで、本格的には取り組んでこなかったのかもしれません。

たとえば、気に入って、モデルにしたい人物がいたとします。その対象をまるで写真のように描こうとした場合、どれだけ“現実”は許してくれるでしょう。毎回、決まった時間に自分のアトリエに招き、気の済むまで対象物であるモデルを凝視し、それをカンヴァスに移せればいいのですが、それが数カ月、数年となると話はややこしくなります。

そのたびに、同じ着衣であることはもちろん、その着衣にできるシワのひとつひとつまで、おなじように再現することができるでしょうか。ましてや、それを身につける“生きた人間”に、そのたび前回と同じ状態を求めるのは困難です。

そんなこともあってか、野田さんがモチーフに選んだ人物は、裸婦です。それでも、実際に作品を視ると、レンブラントが描いたような人物画とは明らかに異なります。

ひと言でその違いをいえば、鏡に自分の姿を映して描いたレンブラントの『自画像』は、写真のようなリアルさを欠くものの、「絵画的リアル」さが充ち満ちているのです。そのリアルさが、野田さんの人物画から残念ながら感じ取れません。

同じことは野田さんの風景画にもいえます。中川一政という画家は、現地をアトリエにし、そこへ来る日も来る日も通い詰め、そこにカンヴァスを立て、絵具を置きました。

そのようにして描かれた作品は、写真のような正確さは欠きます。が、写真を超えた力強さを宿します。

それでは、写真という“手がかり”を一切必要としないタイプの画家は、どのようにひとつの作品を生み出しているのでしょう。その手がかりとなりそうな本を手に入れました。昨日、展覧会会場を出たところにあった特設の書籍売り場で偶然見つけた一冊です。

それは、画家・有元利夫(本サイト内関連ページ→ )の生前の制作周辺を自身が書き残したものを(※有元さんは大変な筆まめです)一冊の本にまとめた『有元利夫 絵を描く楽しさ』(「新潮社>とんぼの本・編集者のことば:有元利夫 絵を描く楽しさ」)です(→ 同書表紙)。

その「絵の描きはじめと描きおわり」という項目に注目してみます。

有元さんが使用した絵具については、そこで「僕が使っているのは岩絵の具で、これは乾きが早いから、一連の作業は一気に仕上げてしまわないといろいろと面倒なのです」と有元さんご自身が書き残しています。

実際には、この岩絵具のほかにアクリル絵具も常用されていたようです。いずれもが、乾きが遅い油絵具と異なり、すぐに乾いてくれる性質を持ちます。

有元さんの場合は、いきなり本作に入る野田さんとは対照的に、完成作を目指して一直線に描き進めることはありません。野田さんのように、描くべきモチーフが決まっていないため、いきなり完成作が頭に浮かぶことはないからです。

それで、初めは使い残った絵具を、カンヴァスに気の向くままに「捨てる」ことから始まります。その過程を、有元さんは次のように記します。

気が向いた時は、木とか人とかをマンガや落書き風に描くこともありますが、描く気がない時は、ただベチャと塗っておくだけ。落書き風なものにしても、それをどうしようという意識は全くないし、キャンバスの縦横さえも考えてはいません。ただし、その色が塗ってあるキャンバスは、いつも見えるところに置いたり、壁に掛けておく。

昔、「日曜美術館」(現在の「新日曜美術館」の前身)で有元さんを取り上げたとき、主がいなくなった有元さんのアトリエが映し出されました。その壁には描きかけのカンヴァスが床から天上近くまでびっしり、無数に掛かっていました。で、それを毎日眺めるでもなく眺め、そのうちの1枚から“お呼び”がかかると、「ハイハーイ」と応じ、加筆するというわけです。

天地さえも決まっていなかった作品の“原型”は、そのようにして、意味を見出していきます。

そのようにして描かれた作品のひとつに『音楽』という作品があります。描かれているのは、ひとりの女の人で、不自然に両手、両足を天に向けて落下してくるところが画面いっぱいに描かれています。彼女の周りにはトランプが一緒に舞い、画面の下には地上があります。

ただ、これは“最終形”で、途中までは天地が逆だったとご本人が打ち明けています。

この人物は(※制作の途中まで)柔軟運動やヨガでよくやる「ブリッジ」のポーズをとっていた。ある時キャンバスをひょいと逆さにしてみたら、飛んでいるように見えて面白かったので、そのまま行くことにしたわけです。下の方の風景もトランプもそのあとから現れてきたのは言うまでもありません。

このような制作過程を経るため、作品のサイズが途中で変わることも珍しくなく、時には、30号ぐらいの絵がハガキぐらいに“縮小”したり、逆に、イメージが膨らんで“膨張”したりしたようです。この場合、どちらが楽かといえば、それは断然“縮小”で、“膨張”させた時には、その作業(※ミシンでカンヴァス地を縫いつける)に容子夫人の手を借りるなど、大変な手間がかかったようです。そりゃそうでしょう。

同書には、「配達される才能について」という項目があり、そこには、有元さんの日常の過ごし方の一面が記されています。曰く、朝は10時前後に起き、夜中の1時か2時頃床に就く日常を過ごされていたようです。では、起きている間中制作に没頭していたかといえば、どうやらそうではなさそうです。

仮に「有元利夫の一日」とかいって起きているあいだの15、6時間を、ドキュメンタリー・フィルムにでも撮られたら、それは実にサマにならない恰好悪いものが出来上がるに違いありません。一日のうちでも実際に絵を描いているのは正味1時間あるかないか。それも、ラジオを聞きながら描いたり、アトリエでごろごろしたり、心ここにあらずといったていだからです。

これは、“天からの啓示”を待つ日常と置き換えてもいいでしょう。有元さんはほとんど毎日、1時間ほどの散歩もされたようですから、その最中に“啓示”があっても困らないよう、おそらくは散歩には、スケッチ・ブックやメモ帳類をお供にされた(?)ことでしょう。

何だか、途中から有元さんの絵画世界を語ってしまってします。でも、ま、これが私のいつもの“制作態度”ということでお許しください(^m^) 私の場合は、初めに骨格を決めてから文章を書き出すことはまずなく、いつも行き当たりばったり。有元さん風にいえば、「お呼び」がかかった思考に「ハイハ〜イ(´Д`)ノ!」と素直に従って、そこでひとしきり書く、という“手法”(と呼べるものか?)です。

昨日手に入れた有元さんの本は、示唆に富むところが多いので、このあと読み進んで、また紹介したい項目に出くわしたなら、その時はまた、本コーナーで取り上げることになるかもしれません。

本日の結びとして、私が望む制作態度としては、有元さんのような伸びやかなものが理想です。が、創造性に欠ける私には無理です。といって、野田さんのように、写真の如く正確に描くことも億劫です。

それで、どっちつかずのフラフラした態度で描きたい、と思ったところです。

私が好むモチーフは自分自身=『自画像』。今現在も、描きかけの『自画像』ばかり、7、8枚あります。これなら、写真を手がかりにする必要もなく、飽きるまで鏡の中の自分を視つめ続けても、誰からも文句は出ません。第一、手間も費用もかかりませんからね。

そうそう。気兼ねも要りません。コレ、(・∀・)イイ!、、、ただし、買い手はつきそうもありません(´ω`。)