■ 2007/12/29 ムードで禁止していた「禁止歌」?

昨日の朝日新聞に興味深い記事が載っていましたので、それを取り上げてみようと思います。

私は朝日新聞の主に政治・外交のスタンスとは相容あいいれないため、そういった面では「アンチ朝日」の立場を採ります。が、個々の記事は別で、時に興味深い記事が載ったりして、朝日の記事全てを完全否定したいわけではありません。

昨日の興味深い記事は、「もっと知りたい!」というコーナーに載った「『放送禁止歌』オンエア 差別表現を『何となく』自粛」と見出しがついた記事です(※執筆・石川智也)。

この記事は、27日夜にTBSラジオで放送になった特番「TABOO SONGS」がきっかけとなって書かれた(?)ようです。

「TOBOO=タブー」の意味を念のため、広辞苑で確認しておきます。

ポリネシア語で「聖なる」の意の「tabu、tapu」から)超自然的な危険な力をもつ事物に対して、社会的に厳しく禁止される特定の行為。触れたり口に出したりしてはならないとされる物・事柄。禁忌きんき

そのような意味(=忌み?)を持つ曲を集めた特番のようです。私は、ラジオといえばNHK−FMの「サンセット・パーク」が専門でしてf(^_^)、AM放送は、これまたNHKの第1のみという至ってシンプルなリスニング習慣のため、TBSの特番も聴いていません。

記事によれば、その日の特番は2回目で、1回目となる7月末の放送が好評で、今回は放送枠を2時間に拡大し、「曲の隅々まで堪能してもらおう」との意図で、はじめから終わりまでフルコーラスで曲をかけているようです。

それで考えましたが、今はフルコーラスで曲をかけるのは少数派なのでしょうか。私がここ20年以上聴いています「サンセット・パーク」(※たしか1983年からその時間枠の放送を聴いていると思いますので、丸24年のリスナーということになります(゚ω゚)ノ)では、特別な場合を除いてフルコーラスでかけますので、それが当たり前の感覚になっていました。

さて、問題のTBSラジオが挑戦した「タブー」は「放送禁止歌」ばかりを集めた特番です。「放送禁止歌」。正式な呼称は「要注意歌謡曲」というそうです(「YouTube>森達也『放送禁止歌』ドキュメンタリー (5/6) 」)。

具体的には、民放連(日本民間放送連盟)の委員数人が、1959年に取り決めた内規「個人・団体の名誉や障害者の感情を傷つけるものなどを使わない」に基づき、目についた新譜や放送局から個別に要請があった曲を審査し、電波に乗せるにふさわしくない曲のリストを作成し、各放送局へ通達してきたようです。

そのリストは以下の【A・B・C】の3ランクに分類されていたといいます。

  • 放送しない
  • 旋律は使用可
  • 不適当な箇所を削除、改訂すればよい

リストは5年ごとに見直し作業を続けたようですが、1983年時点でリストの更新が停止し、87年にはリストそのものの効力が消滅したそうです。83年時点で更新がストップした「放送禁止歌」のリストにはなお、約70曲の曲名が載っているそうです。

ただ、どうなんでしょう。そうした「禁止歌」のリスト・アップ作業自体は表立っては行われていませんが、「禁止歌」となりそうな曲が堂々と電波に乗っているか、となると疑わしいところではあります。

当時のリスト・アップ作業にしても、明確な基準はあってないようなものであったことは、記事で紹介されている当時を知る関係者の以下のような証言から明らかではないでしょうか。

「(「禁止歌」の通達は)放送局への指針に過ぎなかったのに、制度が独り歩きし、その維持が目的化してしまっていた」

要するに、「危なっかしい曲を流したために、あらぬ方面からクレームをつけられもしたら面倒だ。それなら、オンエアするのは控えましょ」ということなのでしょう。ここでいう「あらぬ方面」の一つに挙げられるのは、部落差別を訴える活動をする団体「部落解放同盟」です。

その「あらぬ方面」を歌にし、「伝説の禁止歌」とされたのが岡林信康『手紙』という楽曲だそうです(「YouTube>森達也『放送禁止歌』ドキュメンタリー (6/6) 」)。

歌は部落差別が壁となって結ばれない男と女の心情を歌っています。

手紙

私の好きな みつるさんが
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと
うれしそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの
お店をゆずらないと 言われたの

私は彼の 幸せのため
身を引こうと 思ってます
二人はいっしょに なれないのなら
死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても
くやんではいない 別れても

だけどお父さん お母さん
私は二度と 恋はしない
部落に生まれた そのことの
どこが悪い どこがちがう
暗い手紙に なりました
だけど私は 書きたかった
だけど私は 書きたかった

〔作詞・作曲 岡林信康〕

私はこの「禁止歌」の話を聞き、ある禁止歌ではない歌を思い出しました。本コーナーで以前取り上げたことのある、千昌夫が歌ってヒットした『星影のワルツ』「YouTube>星影のワルツ − 千昌夫」)です(→ 本サイト内関連ページ)。この歌について私がその時に書いたことが背景の真相かどうか自信はありませんが、いずれにしろ、ここで歌われる男女も何らかの障害に邪魔をされ、互いの愛情が残ったまま結ばれぬ悲恋を描いています。

こうした「禁止歌」に対し、圧力をかける側と目される(?)側の言い分は、記事を信じれば、こちらの想像とは違います。

曰く、「差別に抗議する歌である『手紙』がなぜ封印されたのか、逆に聞きたい」(部落解放同盟・中央書記長)、「排除や言い換えなど機械的対応で終わっていないか。『先ほど不適切な表現がありました』といった意味不明な謝罪を聞くと情けなくなる。意志を持って放送したのなら、抗議されても徹底的に議論すればいい」(日本てんかん協会元常務理事)といった具合です。「言い分をそのまま受け取れば」という注釈が付きそうですが_。

たとえば、「TOSATU」とキーボードで入力し、「屠殺」と変換できるか試してみてください。私は単語登録してあるため変換できますが(*´д`)ノ、そうした措置を取っていない場合、おそらくは変換できないはずです(→ 本サイト内関連ページ)。

ここで、「なぜだろう?」と一度考えてみて欲しいと思います。

その原因に、ある方面からの圧力があるためか? それとも、そうした圧力は本当にまったくないのか?

本日分の締めとして、TBSラジオで特番を組んだ三条毅史さんじょうたけしプロデューサーが番組中に述べた(?)という言葉を紹介します。

空気のような自粛がどんどん生まれ、皆「何となく」乗っかっていた。