■ 2007/11/17 朝日は「いじめ」の元凶?

昨日の朝日新聞「社説」には呆れました。エラそうに「いじめ」について論じているからです。ハッキリいいましょう。

朝日一味(=朝日グループ)には「いじめ」を語る資格がありません。

では、のちのちの資料としても、昨日の「社説」を以下に転載させてもらおうと思います。

いじめ調査―いかに痛みを教えるか

調査の仕方ひとつで、これほど変わるものなのか。

文部科学省がいじめの実態調査の結果を公表した。昨年度の件数は、全国の小中高校などを合わせて12万件にのぼり、前年度の約6倍にはねあがった。全体として、ほぼ2校に1校の割合でいじめがあったことになる。

調査の方法を変えたのは、ここ数年いじめによる自殺が相次いでいたのに、文科省の調査へは報告があがっていなかったのがきっかけだ。

今回は教師がつかんでいる事例だけでなく、子どもたちに直接会ったり、アンケートをしたりするよう教育委員会に求めた。いじめの定義も、「一方的に」「継続的に」「相当な苦痛を与えた」というような従来の限定的な表現をなくして、幅広く認めるようにした。

調査方法を変えたことで、従来より実態に近いデータが得られたと思われる。いじめの広がりと根深さを改めて実感させられる数字だ。

問題は、この先である。

教育委員会からの報告では、気づいたいじめの大半は解消されたか、解消に向けて取り組み中だという。

いったん解消したと思っても、見えにくい陰湿な形で復活する恐れもある。今後も細心の目配りが大切だ。

しかし、いじめが起きてからの対策にとどまっていては十分とはいえない。まず、いじめが起きないようにする。それには、他人をいじめたり差別したりしてはいけないことを、小さいころからきちんと教えることだろう。

いまでも学校では、様々な方法で取り組んでいる。子どもたち同士で話し合わせたり、いじめられた時の気持ちを劇仕立てで演じさせたりしている。

効果の上がっているところもあるだろうが、コンピューターゲームなどの仮想空間で殺人や暴力に慣れている子どもたちの胸には、届きにくいかもしれない。

どうしたら、いじめの残酷さを実感させることができるのか。一つのヒントになるかもしれない取り組みが、カナダの小学校でおこなわれていた。

その試みを記録したドキュメンタリーが、教育番組の国際コンクール「日本賞」でグランプリを受賞した。

ある日、3年生の教室で、教師がこう告げる。「身長が134センチ以下の方が優れていることがわかりました」

身長で2組に分けられ、背が高いグループは様々な差別を受ける。先生に抗議するが、取り合ってくれない……。それを1日体験することで、差別の理不尽さと残酷さが心に刻み込まれる。

この授業自体には賛否があるだろう。子どもたちの心がいったんは傷つく。ただ、若い命が失われるという悲劇がやまない現実の中で、一つの問題提起と受け止めることはできるのかもしれない。

他人の痛みを知る。そのための教育に知恵を絞っていきたい。


ここで論じられていることを素直に信じれば、朝日一味も「いじめ」はいけないことだと認識しているようです。それだけは少し救われた気持ちになります。しかし、それが頭の中だけの理解に留まり、実行を伴わないのが朝日という組織の欠陥であり、卑怯なところです。

同じ朝日の読者投稿欄「声」にもこの問題に通じるような投稿がありました。10月27日のその欄に載った一大学生からの投稿です。そこでは、朝日発の「いじめ(=差別)言葉」といっても差し支えない「KY」に見る「いじめの風潮」を指摘しています。

朝日は、ネットの発達によって過去に自社が犯した罪がネット上のクチコミによって広まることに恐れを抱き、本来あった意味を別の意味に置き換えるため、「KY」を「空気(K)が読めない(Y)」意味だと勝手に主張し、主に、前首相の安倍晋三議員を徹底的にいじめるため、この「KY」を大々的にPRしました。

要するに、「KY=空気の読めない」野郎をみんなで除け者にしようではないか! とグループを挙げていじめ言葉・差別言葉の普及に努めたのです。

朝日が自社の汚名につながるため、そのクチコミの伝播に恐れた事件は、朝日社史に燦然さんぜんと輝き続ける「朝日珊瑚事件」です。

時は日本がバブル経済で浮かれていた1989年4月20日。その日の夕刊に、一つの記事が載りました。その記事で、沖縄県の西表島いりおもてじまの貴重な珊瑚さんごにイニシアルを刻み込んだ不届き者がいる、と報じました。

刻まれたイニシアルは「K・Y」でした。これが正真正銘のスクープ記事となれば、その証拠写真を撮影した朝日新聞カメラマンは表彰ものだったかもしれません。しかし、そのカメラマンはその後、懲戒解雇処分となりました。

なぜか? 表彰もののカメラマン自身が珊瑚にイニシアルを刻んでいたいわゆる「アサヒった(=捏造ねつぞうした)」ことがその後の調査で白日の下にさらされたからです。これが世にいう「朝日珊瑚事件」です。

この事件では、珊瑚に傷を付けるという許されざる行為があるばかりでなく、その真実を最後まで認めようとしなかった朝日新聞の卑劣さが際立っています。結果的にそれが騒動を大きくし、最後には当時の一柳東一郎いちやなぎとういちろう社長が騒動の責任を取って辞任する事態にまで発展しています。

もしも、今この事件が発覚したなら、「2ちゃんねる掲示板」などでは間違いなく壮大な「祭り」(→ 本サイト内関連ページ)となっていたことでしょう(^m^)

ここまでお読みになられて、あることで気づかれたと思います。そうです。朝日新聞が社運を賭けて(?)「空気が読めない」の意味にすり替えて普及に努めたいじめ言葉の「KY」と、朝日新聞カメラマンが貴重な珊瑚に刻み込んだイニシアル「K・Y」とが一致する点です。

これは偶然の産物ではありません。そして、そこから朝日の目論見が読み取れると思います。できることなら、この悪知恵を思いついた社員を割り出して懲戒解雇に追い込み、この責任を取る形で秋山耿太郎こうたろう社長を辞任に追い込んでみたいものです。

読者投稿の話に戻しますと、投稿者の大学生は、「空気が読めない=大多数からもれた人=変わった人間=少数派」と受け止め、「異質」なものを排除する風潮を問題視しています。

私もこの大学生と同じ考えです。ほかでもありません。σ(^_^)私もその少数派におそらく含まれるため、「空気を読め」と強要されても、私は期待に応えられそうもないですm(_ _)m

大学生は続けて、次のようにつづっています(※太字強調は私の判断です)。

ニュースではいじめの問題が取り上げられ、弱いものいじめはいけないと叫ばれている。にもかかわらず、世間には空気を読めない人をバカにするという風潮がある。そこには弱者切り捨て格差社会といった問題が浮き彫りになっているのではないだろうか。

自社の汚点を覆い隠す目的で「空気の読めない」人を排除する風潮を作り上げた朝日新聞が、いじめの問題を論じた「社説」の結びに「他人の痛みを知る。そのための教育に知恵を絞っていきたい」と書いてみたところで、さもとってつけたようで、全くリアリティが感じられません。

そもそもが、昨秋にマスメディアで大騒ぎされた「いじめ騒動」(本サイト内関連ページ→ )はなぜ起こったのでしょうか。

それは、当時の政権を担っていた安倍前首相が教育改革に本腰を入れたことで、危機感を抱いた日教組の“お仲間”の朝日など反日勢力が組んで、「いじめ」問題をことさらクローズアップさせ、「改革以前に、今目の前にあるいじめに対策を講じることが先決ではないのか?」というキャンペーンを組んだだけの話です。その証拠に、政権が変わった今、「いじめ」の問題がマスメディアの話題として登ることは急減したでしょう。いじめは今も昔も一定数あると思うのですが。

政権を担う安倍前首相をこの世の誰よりも憎んだ朝日は、安倍前首相に対して「前代未聞のいじめ」を加え(本サイト内関連ページ→ )、ついには病気になって職に担うことができない状態にまで追い込みました。

だのに、朝日は「他人の痛みを知る」こともなく、今度は「政権を放り投げた」とつぶてを投じ続け、それでも足りないと感じたのか、「アベしちゃおうかな」という全く誰も使わない“えせ流行語”まで捏造し、「そんな大人げない流行語を首相が作ってしまったのがカナシイ」と朝日が一番いいたいことをコラムニストの石原壮一郎さんの口から語らせ、社会面の“ニュース”にまでしてしまう執拗(しつよう:うるさくまつわること。しつこいこと=広辞苑)さです(本サイト内関連ページ→ )。この朝日の目に余る「いじめ」と捏造に、「2ちゃんねる掲示板」からは「アサヒる」という造語が誕生し、このほど、新語辞典に載ることが決まった(→ 本サイト内関連ページ)ようです(^ω^)

朝日一味による安倍前首相への「前代未聞のいじめ」も「朝日安倍首相いじめ事件」として末永く語り続けていって欲しいものです。

朝日がいじめ体質を持っていることはよくわかりました。ただ、その体質でもって、誰をもいじめるのならまだ筋が通っています(?)が、民主党の小沢一郎党首がその座を「放り出した」ことには実に物わかりよい態度で接し、昨日の朝日は小沢さんのためにわざわざ紙面をき、そこで弁解させる助け船を出しています。こういう行為を、世間では「えこひいき」といいます。

安倍前首相に「一方的に」「継続的に」「相当な苦痛を与えた」「前代未聞のいじめ」を首相に加えた朝日一味は、安倍さんをついには辞任に追い込み、安倍さんは一定期間の加療と休養を余儀なくされました。

この「いじめ」の張本人である朝日から、「いじめはいけない」と諭されてもまったく聞く耳を持てません。本日分の締めは、その朝日が「社説」の結びに使った言葉をお返しに使わせてもらおうと思います。

朝日は、「他人の痛みを知る」ことを覚え、それを行動で示しなさい。命令です。

そのための手始めとして、「KY」を「空気を読めない」“少数派”をさげすむ意味で流行はやらせようとしたことを心の底から反省し、「反流行語キャンペーン」を展開してみてください。

「KY」といえば「朝日珊瑚事件」です。それ以外の意味はあり得ません。押し隠そうとしてもダメです。