■ 2007/10/20 トワ・エ・モアとクニ河内

えー、やや乱発気味では有馬温泉、、、? いや、ありますが(^m^)、「芸術の秋」でございます。

そんなわけなのか何なのか自分でもよくわからなかったりしますが、本日は、本サイト内で手前勝手なポートレイト“作品”を紹介させてもらっています「ポートレイトの小箱」コーナーの更新なぞをしてみました(→ 本日更新したポートレイト)。

ただ、本日ここで書いておきたいのは、そのコーナーについて、ではありません。

このコーナーのポートレイトを描くのは、自分にとっては腕慣らしの性格を持つため、気持ちは至って気楽なものです。そこで、PC録画しておきながら、未だにまだ観ていない番組を再生させ、時々そちらにチラチラと目をやりながらの描画ということになります。

本日は、今年の6月2日に放送になった「フォークの達人」(→ 本サイト内関連ページ)を再生してみました。放送時間は1時間30分弱。ちょうどいい長さです。

この日のゲスト・アーティストは、1972年に開かれた札幌冬季オリンピックのテーマ曲として大ヒットした『虹と雪のバラード』などの歌で知られるトワ・エ・モアのお二人でした(NHKオンライン「フォークの達人」>トワ・エ・モア)。

耳に馴染んだポピュラーな曲が並び、それらの曲を聴きながら絵筆を走らせていると、気持ちが優しくなっていくように感じました。

東京・原宿はらじゅくクロコダイルで行われたライヴを収録したものですが、そこで披露された曲は全部で16曲。曲の合間には、赤坂泰彦さんが聞き手となり、デビューのいきさつや解散、再結成などの話が伺える趣向となっています。

番組を観る事で知ったデュオ結成のいきさつを簡単に書いておきましょうか。

芥川澄夫あくたがわすみおさんは愛媛県の出身で、物心がつく頃から三橋美智也春日八郎、長じてからは布施明に憧れる音楽好きの少年だったようです。

高校ではコーラス部に所属し、歌手への夢を膨らませていた芥川さんは、音楽の先生に思い切って「歌手になりたい」と自分の思いをぶつけたそうです。その思いを聞いた恩師は、『千の風になって』「YouTube>千の風になって」)(→ 本サイト内関連ページ)で一躍その名を知られるようになった秋川雅史まさふみさんの父・暢宏のぶひろさんとのことです。

その秋川先生は先生で、「君(=芥川さん)なら(プロ歌手に)なれる」といって、紹介状を書いてくれたそうです。10通の紹介状を、芥川さんは自分で調べた作曲家の先生へ送り、真っ先に返事をくれた作曲家を頼り、上京することになります。

一方の白鳥英美子(※旧姓「山室」)さんは神奈川県に生まれていますが、目指す音楽の方向性は芥川さんとはかなり違い、憧れるアメリカのフォーク・シンガー、ジョーン・バエス「YouTube>Joan Baez - Farewell Angelina .Live 1966」)を真似て髪を長く伸ばし、ギターの練習に余念がなかったようです。

山室さんが行動を起こしたのも高校生の時で、2年になった時、オーディションを受けてそれに受かり、それが縁で、渡辺プロダクションの音楽学院に通うようになったようです。

ふたりが出会う舞台となったのは、当時、東京・銀座にあった(←今もあるのかな?)ライヴ・ハウス「メイツ」だそうです。ふたりはそれぞれ、いわゆる“修行”の意味で、その店で歌ったりしていたのでしょうか。

ふたりは互いにソロ・デビューを目指していましたが、話はふたりのあずかり知らないところで勝手に進んでいたようで、「あの髪の長い女(=山室=白鳥)と背のひょろっと高い男(=芥川)を組ませて曲を出せないか?」ということになりました。

その企画を聞かされた当人にとってはまさに青天の霹靂せきれきで、全くその気にならなかったそうです。それでも、「1カ月の猶予ゆうよを与えるから、ふたりで3曲レパートリーを揃えてみろ」と“指令”が下されます。

その気のない芥川さんと山室さんは、相手を諦めさせるため、『サマータイム』『ユー・アー・マイ・サンシャイン』『シャレード』の3曲を選曲し、小難しく歌った(?)そうです。ところが、現実は上手くいかないもので、それがえらく評判になり、「すぐさまプロ・デビューしろ」という話になったそうです。

それが『或る日突然』(「YouTube>或る日突然」)という楽曲で、2月に目をつけられたふたりが、気の進まないまま、5月10日にはデビューを果たしてしまいます。しかも、デビュー曲が大ヒットしてしまうというオマケまでついてしまうのでした。

この裏話のあとも歌の披露は続きますが、それをチラチラ観ながら筆を進めていた私が、ある場面に来て、筆がピタリと止まりました。

プロのアーティストとして、そして、所属するプロダクションでも先輩格に当たるゲストが登場する場面です。その場面を、サービス精神の旺盛おうせいなσ(^_^)私は、よせばいいのに、またまた動画にしてしまいました。これをNHKの著作権にうるさい関係者に見つかったら、またまたどやされてしまいそうですが(本サイト内関連ページ→ )、ファイルがあるうちに、よかったら観てやってください。なお、いつものことで、再生するにはWindows Media Playerが必要ですm(_ _)m

「フォークの達人 トワ・エ・モア」クニ河内登場シーン クリックで動画が再生です  → ナローバンド版

いかがでしたか? クロコダイルでのライヴにゲストとして招かれたのは、クニ河内かわちさんです。それにしても、いい味出していますよねぇ。

芥川さんから「ひと言ご挨拶を」と促されたクニさんは、「エェ…おはようございます、こんにちは、今晩は…です」と挨拶をされました。う〜ん、素晴らしい! 手を止めた私は、このシーンを何度も繰り返して観てしまいました(^m^) ご尊敬申し上げますです、クニさん。

私もいつの日にか、クニ河内さんの境地に達したいと思いますが、並大抵なことではなさそうです。

このクニ河内さんは、芥川さんと山室さんがまだアマチュアとしてメイツで“修行”していたとき、ゲスト・ミュージシャンとして来店し、演奏していったそうです。以来の付き合いで、トワ・エ・モアのために曲を書き、番組でもその曲が歌われました。

この番組を観て印象的だったのは、「好きなことをやり続けるのは易しくない。でも、それをやり続けることで、自分にとって一番ベストな形を掴むことができる」というような意味合いのことでしょうか。

このことは、音楽の世界に限らず、どんな道にもいえるのではないでしょうか。そのひとつの典型が、再結成して活動を続けるトワ・エ・モアであり、また、クニ河内さんであるように思います。

クニさんという方は、九州の福岡のご出身のようですが、11、2年前から北海道の十勝に住んでいらっしゃるそうなんですね。で、そこから全国の幼稚園や保育園を回り、そこに住む人たちになごやかな気持ちになってもらいたいなぁ、と活動を続けていらっしゃるようです。

素晴らしいではないですか。音楽を商売にしていませんよね。これらをひっくるめて、芥川さんはクニ河内さんを、「フォーク・シンガーのあるべき姿」と評しています。

と、まあ、今日は絵を描きながら、眼と耳でも芸術を味わいました。「芸術」なんて書くのは大げさで、「芸術っぽいもの」といった方がいいでしょうかね。いい方は別に何でもいいわけで、要は、心の持ち様だと思います。それを、トワ・エ・モアとクニ河内さんに教えられました。

ともあれ、これを更新し終えたなら、早速この番組を自作DVDにして永久保存したいと思います。

【本日の豆報告】:本日分で書いたトワ・エ・モアが出演した「フォークの達人」の自作DVDが完成しました→ 完成した自作DVD画像