| ■ 2007/01/11 自作PCに新たな“問題児”/ シマたん最期 |
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自作PCの「続・続・続編」です。それにしてもこのシリーズ(?)続きます。今日で何回目になるでしょうね。 前回は、新マザーボードの仕様に見合う電源ユニットを調達し、「これで、よし!」と明るい展望が開けたところで終わりました。しかし、何やら自作道の谷へまたしても真っ逆さまに、、、と嫌な終わり方(°Д°lll)(→ 本サイト内関連ページ) このシリーズの中でも書きましたが、私がこれまで使ってきたPCケースには、はじめから電源ユニットが装備されていました。もちろん、自作パーツのひとつに電源があることは知っていましたが、そんなこんなで、そのパーツを単体で買い求めたことはありません。 それが今回、新調したマザーボードには対応していない(?)ことを知り、初めて買い求めたのでした。その電源ユニットは私のお気に入りパーツのひとつとなり、ケースに組み込まないのであれば、眺めたり、撫で回したりしたい(?)ほどです(^_^; その可愛いヤツが問題を引き起こしました。というよりも、今度は今度で、そのユニットを収めるPCケースが“問題児”となりました。 電源ユニットを買って帰るなり、私は早速改造作業に入りました。ここまで来れば、完成までのシナリオは描けたも同然です。これまで使ってきたケースに、お気に入りのおニューの電源ユニットを付け替え、配線を済ませればオッケーなのですから。 付属の古い電源はすぐに取り外せました。ところがな、な、なんと、おニューの電源ユニットがケースに入ってくれませんガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン!! なんでこーなるの?! です。 専門店の係の話では、電源ユニットの寸法というのはだいたい規格が決まっていて、一般的なケースであれば、問題なく入るハズ、ということでした。ということは、私が今まで使ってきたケースが規格外(?)ということになるのでしょうか。 入らないものは、いくら頑張ってもしようがありません。その時点で、私はあっさりと諦めました。「おニューの電源ユニットに合うケースを買うしかない」と。これで、4日連続の専門店街行き決定です。 私は、少しでも新PCケース購入“軍資金”の足しになれば、と古い電源ユニットを下取りに出すことにしました。が、現実は厳しいです。想定外の安さです。重い思いをして持参したものの、提示された査定金額は【100円】でした。ものは試しと、ほかの店にも当たってみましたが、結果は同じです。 あとで考えれば、その金額で売るくらいなら、持って帰って旧ケースに付け直し、ケースごと下取りに出した方が下取り品の価値はいくらか上がったかも、と思わないでもありません。ただ、その日は、新調したケースを自分で持って帰る予定だったため、下取りを選択し、100円玉をしっかりと受け取ったのでした。 残るはケースの選択です。 私は、前日電源ユニットを買い求めた店を目指しました。私は今度しくじったらあとがないと考え、間違いなく新電源ユニットが収まるケースを、店員と一緒になって選びました。 正直いって、そのとき私が考えていたのは、電源ユニットをはじめ各種パーツが収納できるケースだったら何でもいいということです。それもできるだけ安い品です。 こうしたとき思うのですが、買い物も一種の縁だと思います。その日、店内には多くのケースが並べられていましたが、私がそれを選んだのに根拠はありません。たまたま目についただけの話です。 私の頭の中にあったのは、一刻も早くPCを完成させ、ネットへの“復帰”を果たすことでした。 最後には念には念で、店員にメジャーで測ってもらい、間違いなく電源ユニットが入ることを確認しました。残された問題は、買い求めたケースを果たして自分で持って帰れるかです。試しに持ってみたら、これが意外に持てるんですね。それで持ち帰り決定です。 しかし、最寄り駅について後悔しました。 その日(12月29日)は強めの風が吹いていたからです。その中を、かさばるケースを積んで自転車で家に戻らなければなりません。億劫です。しかし、 ともかくも、これでケースも新調しました。パーツは全部揃いました。 考えてみれば、CPUにはじまって、マザーボード、メモリ、電源ユニット、PCケースとPCを丸ごと取り替えたのと一緒です。そんな中で変わらないのは、未だに使い続けているブラウン管方式のディスプレイとキーボード(→ 本サイト内関連ページ)ぐらいです。 「ヨシ! あとはササッと接続して、面倒くさいOSの再インストールに移ろうゾ!」と意気込んだまではよかったのですが、なんで、なんで、なんでーーー??? PCがPOST画面さえ表示してくれません。最小構成の、CPU、メモリ、ビデオカード(←現時点の私の環境では、ビデオカードはマザーボードにあらかじめ装備されたものを使っています。もちろん、別にビデオカードを買い求め、それに交換することもできます)だけで試しても結果は同じです、、、(T_T) 万事窮す、か? この続きは、明日以降の本コーナーで書くことにしますが(←まだ引っ張るつもりかい?)、そんな私を慰めてくれたのはAMラジオでした。 私は最近、朝4時過ぎに目が覚めたときには、NHKの「ラジオ深夜便」を聴くのを楽しみにしています。もちろん、寝床の中でですけれどf(^_^) その4時からの1時間は、番組のラストコーナーとなり、「こころの時代」が放送されます。 新年になった今は、昨年、日曜日ごと(土曜日だったかな?)に放送されたという作家・五木寛之さんへのインタビューがシリーズで放送されています。 五木さんが幼少期を過ごされた朝鮮半島の話から始まって、今朝は、早稲田大学で苦学していた当時の話が、その頃街に流れていた流行歌とともに語られました。 今でこそ、美空ひばり(「YouTube>真赤な太陽 美空ひばり」)といえば、押しも押されもしない日本を代表する大歌手ですが、当時はまだ15歳で、インテリからはキワモノ扱いされていたなど、面白い話が聞けました。 また、鶴田浩二の歌で『街のサンドイッチマン』が流れましたが、ほかならぬ、苦学生の五木さんご自身がサンドイッチマンをしたことがあったというのは意外でした。 また、大学入学当時、業界紙の配達で、寝泊まりしていた東京・池袋から月島の辺りまで自転車で往復する毎日だったという話です(※お父さんとの間に、入学金と1学期の学費以降は、自分でまかなって大学へ通う約束があったため。お父さんは本心では、五木さんを家具職人にしたかったようです。ちなみに入学金は、信じられないことに、5、6万円だったそうです。もちろん、当時の貨幣価値でですが)。 そういえば、私の亡き父も大学時代、東京都内の牛乳販売店(?)に居候(いそうろう:他人の家に寄食すること。また、その人。食客=広辞苑)して働きながら学校へ通った、という話を生前よく聞かされたことを思い出しました。 ありぃ〜、PC自作の話がどっかへ行ってしまいましたねf(^_^) 耳からは、テレビにはないラジオの暖かみのある放送を聞きながら、それでも必死の思いで自作PCと格闘する話の続きは、明日以降の本コーナーに譲ることに、させてくださいm(_ _)m そろそろ出口が見えてきたような気がしないでもないです(^_^; 今日、愛猫のシマたんが永眠しました。 何とか生き延びてくれると思っていましたが、ダメでした。 事故に遭ったのは、昨年末の12月22日。命が助かったのが不思議なほど、大変な骨折をしていました。すぐさま動物病院へ入院させました(→ 本サイト内関連ページ)。 人間でいえば、全治するまでに6カ月を要するほどの重傷です。 暮れに家へ連れ戻り、新年を自宅で迎えさせました。が、見ているのが痛々しいほどの状態で、年が明けるとすぐに再入院させました。 あとは、治療に耐え抜いて、退院できると思っていたのですが、、、。 一時退院したときの写真を紹介しようと思いましたが、止めます。その時のことを思い出してしまいそうで。そこで、元気だった頃、の〜んびり昼寝を決め込む写真を最後に紹介します。 また、猫のいない生活に逆戻りです。 |