| ■ 2006/02/26 『ウォーク・ザ・ライン』 |
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昨日は予定を 私に変更を迫ったのは天気です。自転車愛好者の私にとり、今日日曜日に出されていた雨の予報は困ります。そこで、朝からいい天気となった昨日出かけてしまったというわけです。 また、観に行くことを急がせたのは、観たい映画が限定2週間という“短期ロードショー”で、土日に観るとしたら今週末しかなかったからです。 そんなこんなで私は昨日、私は東京・銀座の銀座テアトルシネマ(→ 本サイト内関連ページ)へ足を運びました。観たのは、エルヴィス・プレスリーらとともにロカビリー(rockabilly:初期のロックンロールの―。カントリー・ミュージックの要素が強く、1950年代後半に流行=広辞苑)の黄金時代を築き上げた伝説のシンガー、ジョニー・キャッシュの生き様を描いた『ウォーク・ザ・ライン / 君につづく道』です(「YouTube>Walk The Line Trailer [Official International Version ]」)。 私は実に不勉強なことに、そのシンガーの名前は聞いたことがあるような気がしないでもない、といった程度の認識しか持ち合わせていませんでしたf(^_^;) で、昨日映画を観てきたあとにネットで調べてみると、まさに伝説のシンガー、伝説のミュージシャンなんですね(「YouTube>Johnny Cash "I Walk the Line" live 1959」)。 ざっと彼の経歴や人となりをまとめてみますと、ニックネームは「Man in Black(黒服の男)」。これについてのエピソードは映画の中でも描かれ、デビュー当時、衣装も何も持たないバンド仲間は、唯一全員が合わせられる衣装として黒いシャツを着てオーディションに臨みます。 出掛け前、黒シャツを着始めたジョニー(=ホアキン・フェニックス)に向かって妻のヴィヴィアン(=ジニファー・グッドウィン)は、「あなた、それじゃまるで葬式にでも行くみたいじゃない?」と声を掛けます。それに対して、その時、ジョニーが何と返したかは忘れましたが、その後も一貫して黒服を通してしまう辺り、行き当たりばったりを逆手にとって自分のスタイルに変えてしまう彼の生き方そのもの(?)がステージ衣装にも表れているような気がしないでもありません。 彼は2003年9月、4カ月前にこの世を去った妻のあとを追うように亡くなりますが、生涯にレコーディングしたアルバム数は、アメリカとヨーロッパだけで470。そのうち、1955年から1972年の間に26枚のアルバムをポップ・チャートに登場させ、これは一世を風靡(ふうび:風が草木をなびかすように、その時代の大勢の人々をなびき従わせること。また、なびき従うこと=広辞苑)したビートルズと同数で並ぶということです。さらには、1969年にはそのビートルズを抜いて存命アーティストでは最大のレコード・セールスを記録したそうです。いや、いや、いや、まったくの不勉強でした。 その彼を描いた作品。通して観ることで気づきます。オープニングのフォルサム刑務所内での熱狂的な慰問コンサート・シーンは、実は終盤の演奏シーンにつながっていたのだということを。 そこは、ステージも何もなく、青い囚人服を着た“聴衆”と同じ目線でジョニーは力を込めて歌い、そのドスの利いた歌声に囚人たちはやんやの喝采を浴びせ、どのコンサート会場をも圧倒するような興奮の 場面はジョニーの幼い頃の場面へと切り替わります。1940年代のアメリカの田舎町。ジョニー一家はその地にある失業救済局作業場で綿花(めんか:〔cotton〕ワタの種子を包む白色または淡黒褐色の繊維。絹糸・人造絹糸・火薬・セルロイドなどの原料として、衣服・家具に入れて保温の料とする。現在日本ではアメリカ・インド・エジプトなどから輸入=広辞苑)栽培をして細々と暮らしていました。一家はいっぱいいっぱいの生活のため、遊びたい盛りの兄(12歳)のジャック(=ルーカス・ティル)共々ジョニーも、両親の手伝いで作業場へ借り出される毎日です。 そんな兄弟の唯一の楽しみが、ラジオから流れてくる流行歌を聴くことでした。しかし、夜遅くなっても枕元のラジオを聴く兄弟に、父の「うるさい! すぐ消せ!」と叱る声が飛んできます。それでも消さないでいると、「今から消しに行くぞ!」と脅され、兄弟は渋々ラジオのスイッチを切り、一日を終えます。 そんな幼きジョニーの大のお気に入りは、カントリー音楽一家としてよく知られ、ラジオでもたびたびその歌声が流れてくるカーター・ファミリーの次女ジューン・カーターなのでした。その同世代の彼女に淡い想いを募らせながら、苦しい毎日を過ごしていたジョニーだったのです。 時は過ぎ、成人になったジョニーには家族ができ、セールスマンとして一家を支えています。が、満ち足りた気分にはなれません。そんなある日のこと、町の片隅に小さなレコーディング・スタジオがあるのを見つけ、幼い頃に兄と聴いた音楽への想いが膨らみ始めます。 といっても、彼は誰からも音楽を教えてもらったことはありません。基礎はゼロです。それでも、音楽に対する想いだけは誰にも負けないものがあり、車の修理工をする仲間二人を誘い、ゴスペル(gospel song:アメリカの黒人教会から生まれた福音歌。黒人霊歌・ジャズ・ブルースなどの影響を受けている=広辞苑)・グループを結成します。 しかし、そんな彼に妻は冷たい反応です。妻は安定した生活を求めているのであり、将来どうなるかわからないことに夢中になっている夫のことが心配で仕方がないのです。結果的には、彼のグループは町のレコーディング・スタジオに認められ、プロ・デビューを果たします。 こんな風に書くと、プロ・ミュージシャンとしては何だかあっけないくらい恵まれたスタートを切り、その後もサクセス・ストーリーが描かれているのか、と勘違いされてしまうかもしれません。私自身、映画を観ている途中までは「ありがちな成功物語だけは勘弁して欲しい」と思ったくらいです。 そしてもう一つ、観ながら感じていたことは、これは時代も、そしてアメリカも日本も変わらないのでしょうが、ショービジネスの世界の薄汚さ(?)です。 一介(いっかい:〔「介」は「 ジョニーも、ツアー活動で家を空けることがめっきり増え、そして酒に溺れる毎日へと堕落していきます(「YouTube>Walk the Line」)。 しかし、その彼には、「ウォーク・ザ・ライン(=真っ直ぐ歩く)」へと導く存在がありました。 幼い頃、夜毎ベッドの中で、尊敬する兄と聴いたラジオ番組で歌っていたジューン・カーター(=リース・ウィザースプーン)。その彼女が、今、彼と同じツアーに参加し、同じステージに立っているのです。彼にとり、これほどの幸福はなかったでしょう。 ジョニーには妻子がいましたが、それでもジューンへの「真っ直ぐな想い」を捨て去ることはできませんでした。しかし、その想いは彼女に何度も何度も跳ね返され、そのたびごとに彼はどうしようもないほどの衝撃を受け、自暴自棄になり、そして、麻薬へと突っ走っていってしまうのでした。もう、ボロボロです。 作品中、ミュージシャンとして成功した彼が、両親と食事を共にするシーンがあります。そこでちょっとした言葉の行き違いから、口論となります。父親は、荒れた生活ぶりの息子にいいます。 俺には、お前のような才能はないだろう。それでも精一杯仕事をして、家族を養ってきた。 台詞を細部まで記憶しているわけではありません。ですが、ニュアンスとしてはこんな感じだったと思います。父と息子の間には埋めようのない溝があります。そしてこの溝は、「普遍的な溝」でもある、ように私には感じられたのです。 私がこの6年間、ほぼ欠かさず観てきた「真剣10代しゃべり場」(※番組は3月10日の「卒業生スペシャル」をもって終了となります)(→ 本サイト内関連ページ)の24日放送分でも、その「普遍的な溝」に通低(つうてい:二つ以上の事柄や思想・意見が、規定の部分において共通性をもっていること=広辞苑)する問題が話し合われました。 議題の提案者となった道場破りの青年は、自由に生きることの意味を問いかけました。が、参加しているメンバーはそれへの反応が鈍く、討論終了後、ゲストの森達也さん(→ 本サイト内関連ページ)もその辺りへの不満を漏らし、私も大いに頷きました。 提案者のいう「自由」というのは、いい返れば「規制の枠を外れて生きる」ということであると私は受け取りました。確かに、枠内に収まって生きていく方が楽でしょう。 まずはいい学校に入りましょう。学校を出たら、いい会社に入りましょう。適齢期になったら結婚しましょう。結婚したら子供をもうけましょう。子供ができたら“公園デビュー”を果たしましょう。いつも笑顔を絶やさず、日本や世界の平和を願って生きてまいりましょう! そして、こうして育てられた子供はまた、その“枠”を正しいものと信じ込まされて一生を送るのです。 私はといえば、このどの枠からもはみ出しまくりです(^_^; “いい学校”には行きませんでした。“いい会社”にも入りませんでした(※NHKが“いい会社”だとしたら、そこには長期臨時で採用されましたが、半年ほどで辞めました)。結婚はしていませんし、この先もどうなるか? です。以下は省略せざるを得ません(→ 本サイト内関連ページ)。 ですから、もしも私がジョニーの出来の悪い弟だったなら、父親からは同じように「クズ」扱いされたことでしょう。ジョニーの父は、ラジオを聴く兄弟に、「そんなクズどもの音楽なんて聴いても何の役にも立たない! クズだクズ!」といいました。その“クズども”の一人に自分の息子がなってしまったことが、不満の理由だったのでしょう。 話を映画に戻します。といいますか、映画に一旦戻して、また別のことを書きます(^_^; ジョニーは、ジューンへの想いを募らせ、幾度も「結婚しよう」とプロポーズしますが、その度断られ続けるという、出口の見えない堂々巡り状態に陥ってしまいます。 この堂々巡りについては、昨日の朝日新聞の読者相談室に載っていた創作家・ 相談者の32歳の主婦は、子供の頃から人付き合いが下手で、「どうしたら出口のない自己嫌悪から抜け出せるでしょうか?」と相談しています。 その相談に対し、明川さんが何と答えたかといいますと、「何ごとも回った方がいいですよ」です。つまりは、それが苦悩のぐるぐる回りでも、回り続けることに意味がある、というのです。 そして、こうも付け加えます。「ゆめゆめ悩みから開放されようとか、明日から友だち百人作ろうなんて思わないで下さいね。(中略)うどん屋さんもお医者さんもIT企業の社長も、痛みを知っている大将の方がいい仕事をするものです」。 それを半世紀前に“実践”していたのがジョニー・キャッシュです(?)。彼は同じところで苦しみもがき、その苦しさから麻薬に走り、警察にしょっ引かれ(しょびく:ひっぱる。無理につれて来る、また、つれて行く。しょっぴく=広辞苑)、心身ともにボロボロになり、廃人同然となり、ステージで倒れ、物に当り散らし、親からも見捨てられ、ステージを離れ、、、それでも、ジューン・カーターへの想いだけは捨てきれなかったのです。 しかし、だからこそ、音楽に対して純粋であり続けられた、といえるのです。 逆にいえば、彼が要領のいい生き方が出来る男であったなら、伝説として語り継がれるミュージシャンにはなれなかったでしょう。第一、当たり前にステージに立てていたら、誰が好き好んで刑務所内でライヴ録音なんてするもんですか。そんなことしなくたって、マネーはたんまり入ってくるんでしょうから(←皮肉ですよ〜)。 映画のストーリーはシンプルです。それだけに、余計なことは考えずに鑑賞できます。作品世界にどっぷりはまることができます。その力を強めているのがジョニーを演じたホアキン・フェニックスとジョニー・カーター役のリース・ウィザースプーンの名演にあることは疑いようもありません。素晴らしいの一言です。作品中の歌も彼ら自らが見事に歌い切っているのですから。圧巻です。 そんなこんなで、映画のラスト、私は熱い思いになってしまい、ついつい涙が、、、(;´Д⊂)。ホントは泣くシーンではなかったのかもしれませんが、ね。 というわけで、できるならもう一度あのスクリーンで観たいところです。で、それが叶わない場合も、DVDが出たら間違いなく手に入れます(←きっぱり)。 そうそう。DVDということでついでに書いておきますと、映画を堪能したあと、銀座の街をブラブラとJR有楽町駅まで歩く道すがら、「名作映画がどれも500円」というのに目が止まり、ついつい3枚ほど買い求めてしまいました(※細かいことをいいますと、1枚476円で、それに外税が71円が加算されるので合計1499円で、1円のおつりをもらいました(^.^;)。 買い求めた先は銀座・ てことで、本日は昨日観てきた『ウォーク・ザ・ライン』について書いたわけですが、この作品の評価は、今発売中の「週刊文春」「シネマチャート」でも、評者の 自己を肯定できない主人公の辛くて 「ウォーク・ザ・ライン(≒自分に正直に生きる?)」ことを強く、強く望むがゆえに、苦悶し続ける主人公に魂を揺さぶられます。もしよかったら、あなたも魂を揺さぶられてはみませんか(「YouTube>Reese and Joaquin:They walk the line」)。 |