| ■ 2006/12/24 テクニック教育禁止 |
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今日の朝日新聞に、扱いは小さいものの、気になる記事が載っています。それを目にした瞬間、私の脳ミソはピンピンピーン! と大刺激を受けました。 そこで、「オシ! 今日はこれについて書いちやる!」と思ったまではよかった、、、のですが、何ですか、肝心の頭が思うように働いてくれません、、、( ̄_ ̄|||)どよ〜ん そんな今日、世の中はクリスマス・イヴ(→ 「YouTube>山下達郎 - クリスマス・イブ」)でしたですね。忘れていましたf(^_^) ま、憶えていたところで、私には、今年に限らず、予定があったためしはありません。今日予定があるといえば、またまたまた、親類の2歳になるボクちゃんの相手をすることだけです(←2歳児を相手にクリスマス・イヴかい?)。 ただ、今日の場合は、そのボクちゃんが昨日、一足早くもらったクリスマス・プレゼントのラジコン・カー(※「カーズ」の“メーター”)を持って遊びに来てくれることかな? ボクちゃんそっちのけで、私がラジコンに夢中になってしまうかも(^m^) まあ、そんなこんなで、本日分はボクちゃん相手の合間を見つけて書くことになりそうで、いつも以上にとっちらかった内容になりそうです。が、ま、とりあえず始めてみますので、よろしかったらお付き合いください。 で、“問題”の記事の出どころは何かといいますと、目下、安倍政権下で執り行われています「教育再生会議」(「Yahoo!ニュース>教育」)で飛び出した、 「塾は禁止すべき」 いかがでしょう? かなり思い切った提言であるように思うのですが。 このところの安倍政権の評判はといいますと、「いじめ」(「Yahoo!ニュース>いじめ」)(→ 本サイト内関連ページ)や「履修漏れ問題」「タウンミーティングやらせ問題」と、まるで新政権誕生のタイミングを狙っていたかのように“問題”が顕在化し、マスメディアは待ってましたとばかりに、「内閣支持率急降下」と盛んに この、“悪しき3点セット”が、この時期に偶然に浮上したのかどうかにつきましては、いずれまた取り上げてじっくり書こうと思ってはいます。 とまれ、そうした状況下で、安倍政権が行っていることが 問題の、野依座長の提言は、同会議のサイト「首相官邸>教育再生会議」で公にされており、誰もが自由に閲覧することが出来ます。【トップページ】→【開催状況】→【○分科会 第2分科会 第3回 議事要旨[PDF]】で該当ページを開き、ページをスクロールさせ、「放課後子供プラン」について討議されている部分にご注目ください。 その中で、座長を務める野依さんは、その後の議論につながる次のような発言をされています(※太字強調は私の判断です)。
これは、履修漏れ問題にもつながる話です。 この問題が発覚したとき、公立校の履修漏れの比率は、大都市圏に比べて地方都市の方が高いという話でした。意味するところは、都市圏に比べて地方は塾が多くないから、ということでした。 この指摘は、「塾が進学を後押ししている現実」を浮き彫りにしました。 私は、自慢にも何にもなりはしませんが、学習塾というところへは全く通った経験がありません。私は集団でいることそのことに嫌悪感を抱いているのであり、義務教育の教育課程も、どうにかこうにか我慢して終了したほどです。ですので、その学校の他に塾へ通うなんて、想像するだけで卒倒してしまいそうです(^_^; 野依座長はさらに、「大学は誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の商業政策に乗っているのではないか」とまでいっておられます。こうした野依座長の問題提起に対し、それに反対する意見も出ましたが、途中で事務方が話を穏便に済ませようとするかのように口を挟んでいることで、議論をつまらなくしている印象です。 「公教育が再生されれば、自然と塾は競争力を失っていく」といいますが、これでは問題の先延ばしにしかならないでしょう。 ここは断固として、「塾禁止」出来ることなら「塾廃止」の方向へ大きく舵を切るべきでしょう。でなかったら、何のための「教育再生」なのかわかりません。 本コーナーで「履修漏れ」の問題を扱ったときにも書きましたが(→ 本サイト内関連ページ)、結局のところ、塾で教えるのは、いかにして受験に合格するかの“テクニック”でしかありません。 もっとも、いわゆる“進学校”と呼ばれる学校でも教えていることは塾とそう変わらず、その授業時間を稼ぐため、本来履修すべき科目をすっ飛ばしてまで、“テクニック講座”に終始しています。これで、本当の意味の学問は身につくのでしょうか。 今日の朝日新聞「補助線」というコーナーでは、編集委員の安井孝行氏が「グッド・バイ東京」と見出しのついた考えを示されています。山形県鶴岡市で進められているという最先端のバイオ技術の研究についての話です。 その詳細については書きませんが、研究所所長・冨田勝さんが編集委員に話された(?)内容は示唆に富みます(※太字強調は私の判断です)。
また、終わり近くに登場する加藤紘一さんは当の鶴岡ご出身ですので割り引いて聞く必要がありますが、「東京の高層ビルで育ち、幼いときから塾に通った若者と、自然の中で育った若者と、どちらに日本が託せるだろうか」の問いかけには、耳を傾けさせる力があるように思わないでもありません。 「六本木ヒルズ(→ 本サイト内関連ページ)で新しいビジネスは生まれるが、世界をリードするような英知(深遠な道理をさとりうるすぐれた才知=広辞苑)は生まれまい」はその問いかけの補足となっています。 学校の他に塾へも通い、寝る間を惜しんで“受験テクニック”に磨きをかけるのもその人の自由です。しかし、そのルートを通って“いい学校・いい組織”にたどり着いた人が、果たして、それ相当の任務に当たれるほど有能な人物かどうかは別問題、ということです。 最近、公務員といわず民間企業といわず、不祥事があとを絶ちません。彼らは、受験競争を勝ち抜いたいわゆる“エリート”なのではありませんか? だのに、そのエリートが、そうもやすやすと不祥事を起こすのはなぜでしょう? ここで、私の結論めいたことを書くことも出来ますが、やめておきます。 教育に限った話ではありませんが、これまで連綿(れんめん:長くひきつづいて絶えないさま。連々=広辞苑)と引き継がれてきたシステムに変更を加えるのには多大なエネルギーが必要です。 その効率的なシステムに上手に載っかった人がシステムの頂点にいるわけで、自分たちが定年を迎えるまではそのシステムが壊れることは阻止するでしょう。すなわち抵抗勢力です。で、その抵抗勢力は毎年更新され、途絶えることがありません。 それをリセット出来る人がいるとしたら、システムの外にいる人間です。 教育再生を議論する会議が設けられ、そこで議論をすることも大切です。が、話し合いのための話し合いで終わったら虚しいだけです。 朝日が伝える記事によれば、21日にまとめた第1次報告の原案に「塾の禁止」は盛り込まれていないそうです。 早急に、今ある受験テクニック偏重の教育システムを変えるためにも、知恵を出し合わなければなりません。そして、知恵を出し合うだけでなく、システムを実際に変えなければなりません。 いうほど簡単なことではありませんが。 【本日のお笑い豆打ち間違い】:×「履修俺問題」→ ○「履修漏れ問題」(^O^; |