| ■ 2005/01/29 朝日、NHKへの攻撃再開 |
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ある問題で、このところすっかり鳴りを潜めていた(なりをひそめる:沈黙を保つ。表立った動きをやめる=広辞苑)“天下の朝日新聞”(←もちろん皮肉〜)が久方ぶりに それにしても、この新聞屋、いや、新聞社はわかりやすくていいですね(←これも皮肉〜)。 何のことかといいますと、今朝の紙面です。そのトップ記事として、「海老沢氏ら顧問辞退」の大見出しの 朝日にとってはこのところ溜め込んでいた不満のマグマを一気に晴らす機会を得たわけですから、一面で報じるだけでは全然足りないわけで、そのエネルギーは「社説」や社会面でも大々的に発散されています。 あ゛、そだ。今日の「社説」はのちのち恰好の材料になりそうですので、記録しておく意味で転載させてもらいましょうか。以下が本日の朝日の「社説」です。
今日私が書きたいのはNHKの不祥事から派生(はせい:根源からわかれ生ずること。分派して発生すること=広辞苑)した会長人事や海老沢元会長の顧問就任後の辞退ではありません。ですが、朝日の「社説」を読み進める中で気になる点がいくつかありますので、それについても少し書いてみることにします。 朝日の「社説」では「組織の刷新」とか「改革」というような要求をしていますが、本当にそれを望むのであれば、NHKの労働組織「日放労(日本放送労働組合)」の扱いが甘すぎやしませんか? 基本的に、組織における労働組合というものは、体制に対する反体制として存在し、反自民・野党の立場にあります。 NHKの労働組合でいえば、全職員のうちの8200人ほどが組合員だといいます。その日放労が今回の騒動でどのような立場を採ったかといえば、「海老沢元会長の早期退陣要求」であり、その後に朝日によって 何のことはありません。朝日と考え方をほとんど共有しているではありませんか。 このことから推察できることは、朝日と日放労の上層部が結託(けったく:互いに心を通じ合って事に当たること。ぐるになること=広辞苑)して現体制を壊し、NHKという組織全体を朝日にとって都合のいいものに“改革”(これこそ改悪!)しようとした、ということになりそうです。そのことに、日放労に所属する一般職員がどの程度感づいているのかはわかりませんが。 ま、それは別にして、「NHKの改革を国民の多くが望んでいる」というようなことを書いても、その「改革」の中身は漠然としてしまいます。国民といっても考え方は人それぞれで、「各人が望む改革」の姿はあるはずです。 ちなみに私が望む改革は、本コーナーで昨年の大晦日に書いていますが(→ 本サイト内関連ページ)、いくつもある要望の中から思いつくだけでも、以下の2点があります。
特に2番目の“改革”の場合はどうですか? これなどはそれこそ組合員が「自分たちにも休む権利を」とかエラそうなことをいって要求しそうではありませんか。日教組に所属する“組合教師”のように。 マスメディアは高みに立つようにして、与党の改革に対して注文をつけますが、いざ自分たちの改革に着手しようとした場合、それが口でいうほど簡単ではないことがわかるはずです。少なくとも、私が要求する2番目の改革を本気で行おうとした場合、日放労を甘やかしてはおけません。 とここまで本来書くつもりのなかったことを長々と書いてしまいましたが、本日、本当に書きたかったことに移ります。それは、上でもちょっと触れましたが、朝日が焚きつけておきながら自らに火の粉が降りかかってくると、今度は一転して知らんぷりを決め込んでいる「NHK番組改変問題」(→ 本サイト内関連ページ)の報道姿勢です。 この問題が朝日によって初めて報じられたのは、確か今月の12日だったと記憶していますが、その朝日の報道に飛びつくように、ほかの新聞社や民放テレビ局、雑誌社が一斉に「NHKブッ叩きキャンペーン」に参加しました。4年前にあった出来事(事の詳細についてはまだ決着がついていません)で、その前に報道する気があったら、その機会はいくらでもあったと思うんですけれどね(表沙汰にするタイミングを狙っていたんでしょう)。 朝日はNHKの責任とともに自民党の安倍、中川両議員の実名を挙げ、高らかに報道し続けるに違いない、と思いきや、NHKや議員から完全否定されると一転立場は逆転し、朝日の圧倒的状況不利となりました。 それでも朝日は一応報道機関(←なんちゃって報道機関?)、のはずです。ですので、自らにかけられた であるのに、朝日は知らぬ存ぜぬの態度を貫きました。「そんな問題あったの?」とでもいうように、載せたとしても、社会面の隅っこにこれ以上ないほど小さなスペースでの記事です。 さらに情けないのは、朝日寄りの他のマスメディアの追随で、もしもNHK不利の展開であれば、行け行けドンドンとばかりに連日「スーパー・モーニング」(テレビ朝日)を先頭にして取り上げたはずです。「ど〜する!? NHK!!」とばかりに。それが全くの梨の礫(なしのつぶて:「梨」を「無し」にかけて、便りを出しても、先方からさっぱり音沙汰のないこと=広辞苑)です、不気味なほど。 そんな経緯があるため、今朝の朝日の異常とも思えるハシャギぶりが逆に目についてしまうのです。 今日の朝日「社説」に話を戻しますと、中ほどに次のような記述があります(※青マーカーは私の判断で引いています)。 海老沢氏は会長辞任を決めた日、職員にメッセージを送っている。「NHKの躍進をねたむ一部マスコミなどのいわれなき誹謗(ひぼう)中傷に屈することはない」などの言葉からは、心からの反省がうかがえない。 どうでしょう。この海老沢元会長の言葉にこそ今回の問題の本質が盛り込まれているように思うのですが。同じ嫌疑は、20日付の産経新聞一面でも報じています。 自民党有志でつくる「歴史教科書を考える議員の会」(古屋圭司会長)が報道された前日の19日にまとめた同問題に関する見解が以下のように掲載されています。
全く、上の見解通りであろうと思います。 これらに関してもうやむやにすることなく、朝日は報道機関である以上、紙面で、あるいは国会という場に出てきてNHKや安倍、中川両議員と討論する、あるいは証人喚問の要求を受けるなどして、真実を明らかにする義務・責任があります。であるのに、朝日は問題を裁判という国民の目の届かないところへ持ち込もうとしています。 そんな朝日に、今日の「社説」でも書かれている「NHKへの批判が一気に高まったのは、会長が呼ばれた国会のやりとりを中継しなかったことなどが、国民の目にはおごりと映ったからだ」などとエラそうに書く資格があるでしょうか。全く持って噴飯(ふんぱん:おかしくてたまらず、口の中の飯をふき出すこと。ふきだして笑うこと=広辞苑)物の今日の「社説」であり、NHK追求姿勢です。 この調子でいきますと、朝日はそう遠くない将来に購読者数が大減少し、経営が立ち行かなくなるのではないかと思います。NHKの受信料支払い拒否を心配しているどころではありません。 ま、そうなってくれた方が日本のためにはいい、という意見もあり、私もその意見には大賛成なのですがね(^O^; 【本日の朝日に対しての豆忠告】:他人(ひと)のふり見て我がふり直せ。いや、朝日にはNHKのように改革を求めないで、自然消滅の道を選んでもらった方がいいのかな。
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