■ 2004/09/23 一時退院で更新再開

本サイトの更新をするのは本当に久しぶりです。

前回に更新をしたのが8月25日早朝ですから、ほぼ1カ月ぶりといえるでしょうか。この間なぜ更新をしなかったのかといえば、単なる“さぼり気分”からでは決してありません。これには確たる理由があります。

実はこの1カ月間海外へ旅行に行っていまして、、、だったらいいのですが、実は自宅から近い病院に入院していました.

入院理由は病気ではありませんで、怪我です。

で、実をいいますと、今もって私はその怪我のハッキリとした理由を知り得ていません。

8月下旬のその日、私は自転車に乗ってどこかへ出かけたらしいのです。今「らしいのです」と書いたのは、他ならぬ私本人にその日の記憶が全くないからです。その証拠に、その日に着ていた洋服も全く憶えていませんし、何のために出かけたのかもわかりません。恐らくは、私が出かけるとすれば、映画を観に行くか、あるいは絵の展覧会へ行ったのだと思います。しかし、その日に観たはずの映画や展覧会の記憶は今もって全くよみがえってきていません。

ともかくもそのようにして都内の某所で時間を過ごし、電車で最寄り駅に着いた私は、自宅まで自転車を走らせていたのでしょう。で、その途中の坂道で私は突発的な事態に遭遇することになります。

私が車と接触をしたのか、あるいはただ単に自分でバランスを崩してひっくり返ったのか、はたまた何者かに襲われたのか(?)、私はその場に倒れて道路に頭を強く打ち付けてしまいます。そのせいでその日の記憶が飛んでしまったのです。

あとで聞いた話を総合しますと、たまたまその場を車で通りかかった女性が救急車を呼んでくれ、そのまま自宅近くの総合病院へ搬送(はんそう:荷物などをはこびおくること=広辞苑)されたそうです。

私の怪我の状態は決して軽いものではなく、瞳孔(どうこう:眼球の虹彩が囲む円状の小孔。光はここを通って眼球内に入る。瞳=広辞苑)は開いたままの状態で、もしもあと1時間処置が遅かったなら「手遅れになっていた」そうです。つまりは、本サイトが更新されることは永久になかったということです。

その通報をしてくれた女性に私はまだ会っていませんが、身体が完全に回復したならぜひお会いし、その時のことを心からお礼したいと思っています。当然のことですね。何しろ掛け値なしの「命の恩人」なのですから。

それにしても私が道路に倒れた状況については未だ解明されておらず、警察も調査をしているようです。その内に私は警察に尋ねられると思いますが、私から答えられることは何一つないでしょう。逆にこちらから状況を尋ねたい気分です。ともかくも、捜査の途中にあるためか、私が乗っていた自転車をはじめ、その日に着ていた服、ズボン、帽子などは未だに警察署内に保管されたままです。

かろうじてその日に提げていたというバッグだけは返してもらいました。で、中身を確認すると電車の中で読んだはずの本が1冊入っていました。ちなみにその日に読んでいた本は『野中広務 差別と権力』(魚住昭/講談社)です。で、ためしにどこまで読んだのか“しおり”の位置を確認したところ、その部分までは読んだ記憶がよみがえってきました。ということは、確かに帰りの電車の中ではその本を読んでいたことを意味します。問題は電車を降りてからです。

病院に担ぎ込まれた私は数日間意識不明の昏睡(こんすい:意識が完全に消失して、めざめさせることができない状態。時には反射も消失する=広辞苑)状態にあったようです。

実をいえば4年前、その病院では私の姉が昏睡状態から目覚めることなく息を引き取っています(→ 本サイト内関連ページ)。

私も、同じオリンピック開催の年、危うく同じ運命を辿りかねないところでしたが、幸いにも私は命を手繰たぐり寄せ、集中治療室から一般の病室へ移ることができました。

しかし私の意識がすぐに晴れることはなく、一般病室に移ってからも自分で食事を取ることはできず、食べさせてもらうことが4日間程度続いたそうです。そして“その日“私の意識が病院で初めて戻りました。私は看護婦さんから自分の名前や年齢や日付や自分が今いる場所を尋ねられ、その全てに答えることができたのでした。

それでも、私は数日間はベッドの上ではベルトに固定された状態で、一人で立って自由にトイレに立つこともままなりませんでした。生まれて初めて経験した不自由な状態といえましょう。尿意を催すたびに看護婦さんを呼ぶナースコールを押し、看護婦さんにトイレへ車椅子で連れて行ってもらったのですから。ついでまでに、看護婦さんには風呂にも入れてもらいました。こうなると恥ずかしいなっていっていられなくなりますねf(^_^;)

入院生活中のことを少し書いておきますと、私は病院にスケッチブックと鉛筆、練り消し(粘土のように自由に形を変えられる消しゴム。先を尖らせれば瞳のハイライトも入れられて便利です → 私の練り消し)などを用意し、空いた時間には気ままに絵を描いていました(→ ある日のスケッチのひとコマ ※持参したデジタル・カメラで記録しました)。

ちなみに上のスケッチの題材にしているのは今年も東京ビッグサイトで開催される「WPC EXPO」(10月20日〜23日 → 本サイト内関連ページ)の「展示会無料招待」の案内状のチラシですが、通常入場料を2,000円取られるところを事前登録をしておけば無料で入場できるとしても、今年の場合は果たしてそれまでに体力が回復しているかが気になるところです。何たって人ごみの中へ出かけていくわけですしね。毎年行っていますが来年に持ち越しになる公算大ですね。

それはそうと、病室には看護婦さんが何やかやで頻繁にやってくるのですが、看護婦さんたちにはそのたびに描きかけ中のスケッチを見られ、そのたびに「上手ですね」とか「○○さんにこんな才能があったなんて」なんてお言葉をちょうだいしてしまっています。自分ではそれほど大したことないと思っているんですけれどね。

そんな看護婦さんのお一人に「じゃ、今度あなたを描かせてください」といったところ、「ホントですか? ぜひ描いてください」と返答されました。彼女はとても美しい方で、私はタレントの緒川たまきさんが昔から好きなんですけれど、彼女は髪型といい雰囲気がよく似ているんですよね。そんな彼女をモデルにして絵を描けたら最高ですね。実現するかどうかは別にして_。

これも入院することで得た一つの出会いといえるでしょうか。

以上、久しぶりということもあっていろいろなことをダラダラと書いてきましたが、私の現在の状態は詳しくは書きませんが、現在は一時退院の形で、再びまた病院へ戻ることになります。それは苦痛でありますが、一面、看護婦さんたちに再会できる楽しみもなくはありません。彼女たちは本当に献身的な仕事ぶりで感心させられます。

ということで、再入院の日まで、再び本サイトを更新しようと思っているところです。ただし、朝は以前よりも比較的ゆっくりと過ごすようにしていますので、全体の更新時間は若干じゃっかん遅くなるかもしれないことをお断りして置きます。

いずれにしましても、やはり自分の部屋でPCに向かっていると心が落ち着きます。



【本日の豆嘆き】:約1カ月ほど全く起動させていなかったPCでメールのチェックをしたところ、1,000通以上も届いていました。ほとんど全てがメルマガ(メール・マガジン)ですが、これを全てチェックするのは難行苦行以外の何物でもありませんね。これを律儀に1通ずつチェックしようものなら、それこそ病気になってしまいそうですもん。同じような状況下にある人はこうした“異常事態”にどう対処しているのでしょうね。