| ■ 2004/05/30 マスメディアに見るアンビバレント |
|
本日は、小泉再訪朝後に沸き起こった問題について、自分なりに考えをまとめてみたいと思います。 ちょうど一週間前の22日、小泉首相は2度目の訪朝を果たし、当面の解放要求対象であった拉致被害者家族8人のうち、5人の来日を実現しました(→ 本サイト内関連ページ)。 この成果については、賛否両論あり、どちらとも決めかねる微妙な結果であったことは確かです。それでも、彼らが拉致被害に遭って20数年近い年月、日本という国は解決できなかったばかりか、事件の所在さえ明らかにできない状況に置かれました(それだけ北朝鮮シンパの力が強かったことを意味します)。 それを考えたとき、拉致被害者の家族会からは極めて辛い点しかもらえませんでしたが、小泉首相周辺の決断があったからこそ、2家族の完全帰国(=来日)および曽我さん本人の帰国が実現したわけで、その成果だけは評価する必要があります。 ましてや、歴代首相の中曽根さんや宮沢さんが、自分たちの責任を棚に上げて、小泉首相の批判をされるというのは、おかしなことだと思わないわけにはいきません。 ともかくも、このようにして離れ離れになっていた2家族の再会を果たせたわけですが、今も書きましたように、拉致被害者の家族会からは厳しい「批判」が飛び出し、それを報道で見聞きした一般国民から、彼ら家族会へ、「批判」のメールが殺到したそうです。 その辺りを、27日付の朝日新聞の記事から拾ってみますと、「26日までに電話は数百件、電子メールは1200件」ほどが「救う会」(「『救う会』全国協議会」)の事務所に届いたということです。 こうした事態は、救う会はもちろんのこと、マスメディアにとっても想定外の出来事だったのではないでしょうか。 思い返してみますと、小泉首相の訪朝が行われた22日当日、反小泉色の極めて強い朝日新聞を中心に、拉致被害者家族を後押しする(正確に書けば、家族会をダシにした)キャンペーンを大々的に展開していました。 具体的には、蓮池さん、地村さん、曽我さんの3家族全員の解放は最低限の条件で、今現在明らかになっている10人の行方不明者の情報取得や本人の確保があって初めて成果を認める式の圧力が加えられました。 しかし、現実的には2家族のみの来日しか実現できなかったわけで、その結果がもたらされるやいなや、反小泉勢力は「待ってました」とばかりに大バッシング活動を開始しました。 そうしたマスメディアの動きを最も端的に表したのが朝日グループのテレビ朝日で、その日の夜は報道特別番組枠を設けるほどの入れ込みようで、鳥越俊太郎・渡辺 彼らはよほど、その時点での「小泉再訪朝失敗認定」が嬉しかったのでしょう。鳥越さんなどは終始ご満悦(まんえつ:満足し悦ぶこと=広辞苑)で、顔は緩みっ放しでした。彼らは、小泉批判を大々的に広め、あわよくば批判風を首相退陣にまで利用する腹づもりだったに相違ありません。 ところが、です。 自信満々で放送した彼らを驚かさずには置かないような世論調査が大手新聞各社から次々に発表されました。頼りとする朝日をはじめ、新聞各社が独自に行った緊急調査で、「6割を超える国民が小泉再訪朝を評価する」という思ってもみなかった結果が飛び出したのです。 【本日の豆データ】:各紙の調査結果(=2004年5月27日付産経新聞記事参照)。いずれも、「小泉首相評価の数字」。産経72% 朝日67% 毎日62% 読売63% これで、一挙に梯子を外されてしまったのがマスメディアと家族会です。 てっきり国民を反小泉勢力の味方につけられると自信満々に考えていたテレビ朝日は落胆したはずです。そこで、週明けの「スパモニ」では、専門家の重村 しかし、これは結果的に、重村さんとテレビ朝日の恥を晒すことになりました。毎日新聞からの正式な反論には、「調査が行われたのは家族会の批判があったあとで、国民がその事実を知らないわけはない」とあったからです。 これだからいわゆる知識人というのは信用できません。重村さんについていえば、それまでに「国民からの支持は得られない」と盛んに主張してきた手前、自分と異なる世論は受け入れ難く、誤った世論誘導をしてしまったのでしょう。 とここまでは、マスメディアの計算違いですが、もっと深刻なのは家族会ではないでしょうか。 国民からの批判に晒された彼らは一様に驚きを隠せず、たとえば「救う会」代表の横田滋さん(71歳)は「『首相が行ったのに、これくらいしかできなかったのか』と、もう少し評価は低いと思っていた」と戸惑いを素直に口にされ、家族会事務局長の益元照明さん(48歳)も「我々の怒りが共有されていないのか」と衝撃を受けられたようです(※いずれも、2004年5月27日付の朝日新聞記事より)。 この辺りの事態について、精神科医の斉藤
私のこの問題に対する受け止め方は少々異なります。 まず、注目すべきは朝日など一部マスメディアの反応です。斉藤さんが引き合いに出されているイラクでの邦人“人質事件”の際に沸き起こったバッシング問題の際、たとえば朝日グループなどは、どのような報道姿勢を見せたでしょうか? 記事紙面から「社説」からあらゆる手段を講じ、「こんなにもひどい ところが今回の場合はどうでしょう。家族会の元に届いたのは「誹謗中傷」ではなく「批判」なのだそうです。朝日新聞の記事にも「首相を糾弾(きゅうだん:罪状を問いただして非難すること=広辞苑)する場面が放送されると、批判が殺到した」と書かれています。 それでは、「誹謗中傷」と「批判」との間にはどれほどの相違があり、その根拠がどこにあるのかを含めた明確な説明をマスメディアはすべきです。 では、なぜこのような言葉遣いになるのかといえば、そこには朝日新聞など一部マスメディアの思惑が絡んでいるからです。 これこそがねじれた構図で、心底では北朝鮮寄りの一部マスメディアおよび社民党、朝鮮総連といった「北朝鮮シンパ」にとり、家族会という組織は、目障りな存在でしかないのです。ですから、小泉首相の1回目の訪朝以後、急激に彼らが表舞台に出てきたことはおもしろく思っていなかったはずです。彼らとしては、拉致事件そのものを世の中から永久に抹殺し、北朝鮮利益を自分たちで独占し続けていたかったのですから。 そのような目の上のタンコブ的な家族会が「批判」されることは、彼らにとってはむしろ好ましいことなのであり、この場合は「誹謗中傷」には当たらず、「批判」されて当然という受け止め方をしたわけです。 しかしそこから先の「舵取り」が難しいところで、一応社会の公器を自負する新聞社ですから、「家族会への批判はけしからん」と、表向きだけでも、たしなめる姿勢を世間に示さなければなりません。かといって、世論が家族への同情にだけ傾いてしまうことも望まれるところではありません。なぜなら、北朝鮮への批判が強まってしまうからです。 つまりは、適度に家族会に政府批判をさせ、小泉政権のイメージ・ダウンを狙うものの、かといって、家族会擁護も控える、という相反するような対応を迫られたということです。 その微妙さは「当初は家族会への批判が中心だったが、それが報じられると、こんどは支援の声が巻き返した。それでも3分の2が批判だったという」(=2004年5月27日付朝日新聞記事)との記述で自らのアンビバレント(ambivalent:相反する感情=研究社中辞典)な立場をいみじくも証明しています。 これを意地悪く取れば、「表向き、批判はいけないといっているけど、彼らに寄せられる3分の2は批判なんだから、心配せずに批判してもいいんだよ」ということにもなります。 ともかくも、今回のことで私が最も興味深く感じさせられたのは、国民の意識の成熟で、ネット以前であれば朝日などの一部マスメディアの思うがままに世論が誘導されがちだったものが、その構図が明らかに変わっているという事実です。その辺りについて、
おっしゃる通りだと私も考えます。今回の反応は成熟しつつある社会の反映なのであり、その成熟を促しているのがネットであるといえましょう。 だとするなら、この傾向は今後強まることはあっても、後戻りするようなことは決してないと思います。 実はそのことに一番過敏になっているのが、朝日など、これまで甘い汁を吸い続けてきた一部マスメディアなのです。だからこそ、自分たちの思うがままに動いてくれない世論への苛立ちが、紙面作りや番組作りに歪みとなって表れてしまっている、というわけなのです。 私はといえば、筆頭の朝日グループのジタバタぶりを楽しみにしているわけで、考えてみれば相当に意地の悪い読者、視聴者といえそうですね。その朝日さんは、明日の紙面や番組で、どんなジタバタぶりを観せてくれるのでしょうかぁ? 【本日の豆資料】:戦場・紛争地帯で被害に遭った主な日本人ジャーナリスト一覧(=2004年5月29日付け朝日新聞より)。〔1968年〕峯弘道(UPI通信カメラマン)ベトナム戦争取材中死亡 酒井辰夫(日本経済新聞サイゴン特派員)ベトナム戦争取材中死亡 〔1970年〕沢田教一(UPI通信カメラマン)カンボジアで狙撃され死亡 和久吉彦(NBC録音スタッフ)カンボジアで消息不明、後に死亡確認 坂井幸二郎(CBS録音スタッフ)カンボジアで消息不明、後に死亡確認 〔1971年〕嶋元啓三郎(ニューズウィーク誌契約カメラマン)ベトナム戦争取材中死亡 〔1973年〕一ノ瀬泰造(フリーカメラマン)カンボジアで消息不明、後に死亡確認 石山幸基(共同通信プノンペン支局長)カンボジアで消息不明、後に死亡確認 〔1979年〕高野功(赤旗ハノイ特派員)中越戦争取材中に撃たれて死亡 〔1988年〕南条直子(フリーカメラマン)アフガニスタンでソ連軍撤退を取材中に地雷を踏み死亡 |