■ 2004/03/06 早野透さんの「いじましい」コラム

昨日の本コーナーでは朝日の「お説」、、、いや、「社説」について書きましたが(→ 本サイト内関連ページ)、それにしても最近の朝日には疑問を抱かせるような記事やコラムが満載です。元々が“そういう新聞”ですが、その度合いが危機的(?)に高まっているように感じるのは私だけではないでしょう。

先日(2日)の朝日のコラム「ポリティカにっぽん」もそうです。

このコラムを担当されているのは朝日の編集委員(政治担当)で当社コラムニストの早野透さんという方ですが、この方のコラム(→ 本サイト内関連ページ)を読むたびに私の頭の中には「?マーク」が溢れてしまいます。

基本的に、早野さんと私とでは物事の捉え方が180度違うのでしょうね。いい方を替えれば、「こんな見方もあるんだよ」と私が想像もしなかった物事の捉え方を教えてくれる有難いコラム(?)ということができるかもしれません。

その早野さんの有難いコラムの最新作が2日付の朝刊に載った「イラク論争 井の中の蛙」です。

このコラムの中でキー・ワードとなっているのは「いじましい」です。その言葉の意味を正確に把握するため広辞苑で当たってみたところ、以下のように書かれています。

「意地きたなくせせこましい。しみったれている。こせこせして、かわいそうになる」

コラムの趣旨はイラク戦を巡る日本政府の対応についてで、そのことごとくが「いじましい」といっているわけで、随分と馬鹿にした話です。

その一つは朝日が事のほか強いこだわりを見せるイラク戦争における「大義」の問題です(→ 本サイト内関連ページ)。何とかの一つ覚えではありませんが、もういい加減こういう不毛な論議をすることはやめにしませんか?

現実は、イラクの復興をいかにすみやかに進めるかに移っているわけで、これをイラクから遠く離れた日本で蒸し返してもどうしようもないでしょう。それとも、朝日は「大義」の有無の問題が片付けば、イラクの復興は進むとでもいうのですか?

こんなことを今現在実際に困っているイラク人に聞かせたら「ハァ〜(°Д°)?」という顔をされるのがオチです。

その不毛極まりない問題を早野さんはまたまた持ち出し、小泉首相や「戦争なんてもともと大義なんてない」とテレビで発言したという政治評論家に悪態を吐いて(あくたいをはく:悪口をいう=広辞苑)います。

朝日としては、例のデビッド・ケイ前大量破壊兵器調査団長の「イラクに大量破壊兵器はなかった」発言(→ 本サイト内関連ページ)に乗っかって戦争容認派を批判した際、その戦争容認派から「朝日は鬼の首を取ったように騒いでいる」と逆に批判されたことがよほど悔しかったようです。

その証拠に、今回の早野さんのコラムにも「鬼の首を取った」の表現が何度も出てきます。では、その部分を以下に抜粋させていただきましょう。

ある新聞は、イラク戦争反対派はケイ発言の一部を引用して「鬼の首を取ったかのように」騒いでいると書いた。

しかし、考えてもみよ。開戦の結果、米兵は500人以上の死者を出し、イラク人は1万人を超す死者を出したともいわれる。人を殺し傷つけて大きな不幸と混乱をもたらす戦争の大義が何だか怪しかったなということでは困る。ブッシュ氏と小泉さんの歴史的政治責任の問題であって、ケイ発言一つで「鬼の首を取った」とか「取らない」とかの話ではない。


この引用部分には、「鬼の首問題」の他にも、朝日の偽善がにじみ出ています。どういうことかといいますと、早野さんは「米兵は500人以上の死者を出し、イラク人は1万人を超す死者を出したともいわれる」と書いていかにもそれらの人々の死をいたむような振りをしていますが、本心から悼んでいるわけではないからです。

なぜなら、朝日新聞の本質は反米(=反日=親中国・親北朝鮮)なのですから。

彼らは、今現在イラク国内で繰り返されている卑劣極まりないテロの首謀者たちとほとんど変わりない思想信条を共有しています。新聞社全体が“テロリスト支援団体”みたいなものですね。

つまりは、米兵の死を悼むどころか、「どんどん死んで欲しい!!」と強烈に願っているのです。これは決して私が憶測や妄想で書いているのではなく、戦火が激しい時から現在までの新聞記事を読み返していただければ納得していただけると思います。彼らが書く記事の行間には、米兵の死を望む願望が溢れ返っています。

そうして、イラクがさらに混乱状態になり、「ざまあ見ろっ!」と声高らかにいいたくて仕方がないのです。万が一、日本の自衛隊員に被害が出たり、逆に自衛隊員がイラク市民を傷つけるような事態が発生した場合には、朝日は喜び勇んでそれを記事にするはずです。それは同時に、私がここで書いたことを証明することになるわけですが。

このことは同時に何を意味するのかといえば、イラク国民が死ぬことも“容認”しているということです。もっといえば、朝日はイラクの国がどうなろうと知ったことではないのです。とにかく、アメリカ憎しの感情が先にあり、そのアメリカが困る状況をただただ望んでいるのです。

何とも恐ろしい話ではありませんか。

ですから、その本心を隠して、表面上はさも米兵やイラク国民の死を悼む風な書き方をしている早野さんのコラムを読むと反吐へどが出る思いがしてしまうのです。

また、早野さんは戦争の「大義」についても次のように書いています。

テレビを見ていたら「戦争なんてもともと大義なんてないんですよ」と解説する政治評論家もいる。だから大量破壊兵器は見つからなくてもいいとでもいうのかしら。ちょっとすみません。「戦争に大義はない」と言っていたのはこちらなんですよ。あなたたちが大義だ大義だというから、それなら大義を証明して下さいと言っているのであって、開き直るのもほどほどにしてほしい。


早野さんのプロフィールを拝見しますと、この方は東大を卒業されていらっしゃるようですが、読解能力はさほどでもなさそうです。東大出なんて所詮こんなもんですか。大したことないですね。

この政治評論家の方がいう「戦争に大義はない」というのと、朝日が盛んにいう「大義となるべき体表破壊兵器は見つからないではないか」というのは、全くかみ合わない論議だということに気付かないのでしょうか。

平たくいえば、この評論家の方がおっしゃりたいのは、「そもそも戦争の大義などというものは関係国それぞれにあり、また、時代背景でいかようにも変わる性格を持つものなのだから、『これがこの戦争の大義だ』などというような“絶対的な大義”などというものは存在しない」という意味です。それに対し、平野さんは戦争の「大義」なるものがあることを前提にして、それが今回の場合は大量破壊兵器の有無でそれが見つからない以上「大義」はないというわけです。

この双方の考え方のどこに議論の接点があるというのでしょうか。もう少し考えをまとめられた上で文章にされることを望みます。一応は東大というところを出ていられるんでしょ? もしかして例の古賀“潤ちゃん”議員のように学歴詐称(本サイト内関連ページ → )、、、いやいや、これは悪い冗談です。聞き流してください。

ともかくも、従って早野さんがお書きになっている「大義を証明して下さい」というのもおかしな話です。何かこういう文章を読むと、逆に早野さんが「いじましく」思えてきてしまいます。

今回のコラムの後半では、国連のアナン事務総長が来日した際の国会演説や談話を取り上げ、日本政府が、イラクへの自衛隊派遣のお墨付きをもらったかの反応は「つくづくいじましい」と書いています。

この「いじましい」という言葉を好んで使う早野さんの心の内を私が勝手に推し量るに、自分たち(=朝日新聞)の思う通りに現実が動いていってくれないことへの強いいらだちが推察されます。要するに、わざわざ「いじましい」という言葉を持ち出して相手を小馬鹿にしているわけですが、それが却って朝日が現在置かれた立場を明確にしてしまっているように思います。

こういう書き方をしている朝日の方が数段「いじましい」存在になりつつあることを自覚されていないのでしょうか。今の朝日はもう昔の朝日ではないのです。間もなく、“圧力団体”である北朝鮮の協力も期待できなくなりますよ。

このアナン発言を巡っての朝日の報道はおかしなことだらけで、民主党党首のさんも含めて盛んに「アナンさんの真意は別のところにある」と“手前勝手な解釈”をしていましたが、いくらなんでもそれは要旨のすり替えが過ぎるというものでしょう。

たとえていえば、アナンさんは日本の富士山を見て素直に「美しい!」といっているわけです。それを朝日や菅さんは「アナンさん逆立ちをして富士山をご覧なさい。思っているほど美しい山ではないでしょ?」といっているようなものです。

どうして彼らは、正しいということを素直に正しいと受け止めることができないのでしょう。いや、そのことは十分承知していながら、これまでのいきさつ上、それを認めることができないのでしょうね。

これでは一体、どちらが「いじましい」いうことになるんでしょうね、早野さん。

で、混乱した(?)早野さんが何と書いているかといえば、「誰かのお墨付きでいいとか悪いとか、お互いをそしるのは井の中のかわずである」です。上の戦争の「大義」を論じる中でも結論的には「『鬼の首を取った』とか『取らない』とかの話でない」と書き、両方の結論が「そんなことはどうでもいい」となっています。

これでは「何が何やら、、、」という気分になってしまいます。子供の喧嘩レベルですね(^.^;

ともかくも、今の朝日の主張は一事が万事このレベルで、混乱状態にあることが読者の目にも明らかです。一応言論機関である朝日にとって、これは由々しき状態であるといえるのではないでしょうか。そうなってしまっている最大の要因は、朝日が「ヘンなこだわり」を持っているからです。イラクの問題でいえば、これまでのいきさつは別にして、イラクの復興を支持する態度を明確にすることで紙面は随分とすっきりとするはずです。もちろん、朝日もイラクの復興は願っているんですよね?

ときにはプライドを捨てることも必要です。

そうでもしないと、朝日はますます「いじましい」存在に成り下がっていくだけですから_。