■ 2004/10/21 ヘンドリッキェの乳房にガンの疑い?

人にはそれぞれ持ち分というべきものがあり、その立場からの異なる“フィルター”を通して見ることで、同じ絵画作品も全く別の見え方があることを教えられることがあります。

今日の地方新聞に載っていたコラムでもそうしたことがいえます。「医師の目 人の目 やさしくブレストケア」という連載コラムがそうでして、今日は、東京逓信病院・放射線科で医長を務めておられる島田菜穂子さんがコラムをお書きになっています。

もちろん、医師としての立場から病気について書かれているわけですが、その“話の素材”がユニーク(?)でして、ある一枚の絵画に着目して話を進めているのです。

で、その気になる絵画は、私が最も敬愛するレンブラント"WebMuseum: Rembrandt")(→ 本サイト内関連ページ)のよく知られた一枚なのですから、注目しないわけにはいきません。

それで、島田医師が取り上げた一枚は、『ダビデの手紙を持つバテシバ』(1954年)です。

これは旧約聖書にある一場面を絵画表現したもので、イスラエルの王・ダヴィデからの求愛と夫への忠節(ちゅうせつ:忠義を尽くすこと。君につくす節義=広辞苑)とのはざまに揺れ動く女性が描かれている、とされています。

ただ、この作品に限らず、私がある作品を鑑賞する場合は、そこに描かれている“物語”にはそれほど心は奪われません。それよりも、物質としての作品に関心が集中し、絵具がどのように扱われ、その作品が成立しているのかの一点に私の興味・関心は向かってしまうのです。

それにしても、ここで描かれている裸婦の実在感といったらどうでしょう。ちなみにモデルは、レンブラントと後半生を共にした内縁の妻のヘンドリッキェという女性です。

そういえばこれを書きながら思い出しましたが、もう随分前、東京の吉祥寺きちじょうじウィキペディア>吉祥寺駅)にあった(※確か、商店街のアーケードの一番奥まったところにあったような記憶がありますが、何せかなり前ですので、今もあるのでしょうか?)小さな小さな映画館でこのレンブラントの生涯を描いたオランダ映画を観ました。映画館というよりも、試写室といった雰囲気で、50人も入れば一杯になる部屋で、備え付けではない椅子に座って観た記憶があります。で、その時のことは、当時聴いていたNHK−FMのリクエスト番組「夕べの広場」(=現在の「サンセット・パーク」)宛てのリクエスト・カードに書いて出し、放送でも紹介されました。

その時の放送は今でもカセット・テープにエアチェックしたものが保存されていますが、機会があったらそれを音声データに変換してご紹介してみましょう(→ 本サイト内関連ページ)。なお、その日はいつものパーソナリティに代わり、ピンチヒッターとして葛西聖司アナウンサーが担当され、自分のカードが丁寧に紹介されたことに感激した覚えがあります。それにしても、葛西アナウンサーは、アナウンサーになるために生まれてきた方のように思えます。

話がさらに脱線してしまいますが、そのレンブラントを描いた作品は丁寧に丁寧に作られたような作品で、レンブラントの作品同様に「光と陰」を見事に表現していました。

実は、その作品のLD(レーザー・ディスク)を持っていまして(→ LDジャケットの表紙画像 ※ジャケットの帯には「光と影の巨匠レンブラント、孤高の精神世界と苦悩の生涯」と記されています。まさにこの通りの生涯をレンブラントは送ったのでした)、今それを持ち出してきまして、監督や制作年代をチェックしてみました。

製作・監督はヨス・ステリングという人で、製作されたのは1977年といいますから、昨日の本コーナーで書いたケイト・ブッシュ(→ 本サイト内関連ページ)のデビュー・アルバムがちょうど発売された頃になりますね。なお、日本で実際に公開されたのはそれよりも遅く、1989年の「オランダ映画祭」が最初だったようです。

私がこの作品を観て印象に残ったのは、内縁の妻・ヘンドリッキェを演じた女優さん(=アヤ・ゲル)のつつましくも美しい姿です。ああ、こんなことを書いているうちに、またLDでこの作品を観返したくなりました。これを書き上げたら、観ることにしましょうか。

いい加減、今日の新聞のコラムに話を引き戻しましょう。

話が脱線してしまったため、冒頭の方で書いたレンブラントの一枚の絵については忘れてしまったかもしれませんが、もう一度その作品を観ながら読んでいただきたいのですが、島田医師がこの絵に描かれているヘンドリッキェを“診察”したところ、ある病気におかされていることに気づかれたそうです。

私はこれまでこの作品を画集で繰り返し観ていても(※本物の作品は観たことがありません(^_^;)、そんなことには全く気が向きませんでしたが、医師がおっしゃることには、「左の乳房のやや外側の部分に注ぐ光によって浮き立つ不自然なくぼみが影をつくっている」ことが気になるそうです。

なぜなら、それは「紛れもなく乳がんによる”えくぼ症状”」だからそうなのです。

つまりは、レンブラントの申し出に応じてこの作品のモデルとなっていた時、彼女の身体は既にガンという病魔に侵されていたことになります。そうとは知らず、レンブラント自身も彼女を前にして、夢中になって絵筆を走らせていたのでしょう。

事実、彼女はレンブラントよりも早くこの世を去ります。ただ、彼女の死因が乳がんであったという認識は私の中にはありませんでした。

私は、以前に何かで聞くか読んだかで、当時流行していたペスト(pest:ペスト菌の感染によって発生する急性伝染病。〔中略〕古来欧州で、たびたび大流行をくりかえした。黒死病=広辞苑)によって彼女と息子のティトゥスを相次いで奪われたものとばかり思っていました。

それにしても、ヘンドリッキェの左の乳房を改めて観ても、島田医師のおっしゃる「えくぼ症状」のいうものは鮮やかに眼には入ってきませんね。やはり、専門家ならではの眼力というべきなのかもしれません。

なお、念のために付け加えておけば、この“症状”に気づいたのは彼女が最初ではありませんで、1967年に、同作品を常設展示しているルーヴル美術館「ルーヴル美術館公式サイト」)を訪れ、この作品を鑑賞したイタリア人医師が乳房の“異変”に気づき、その後、彼女の生涯をひもとくことで証明されたのだそうです。

ただ、こうした知識を得たといっても、今後も私のレンブラント作品の見方は変わらないと思います。これまで通り、物質としての作品に着目し、その神業かみわざとしかいいようのない画材の扱いに驚嘆するだけなのですから。

あ、そうでした。半月後ぐらいに再入院(→ 本サイト内関連ページ)する際、今度はレンブラントの画集を1冊持参することにしましょう。何しろ、この1冊さえあれば、いくら観ていても飽きることはなく、観れば観るほど学ぶことが無限にありそうなのですから。

ということで、持っていくのを忘れないように、「持参品リスト」に今書き加えました。看護婦さんと一緒に眺めるのも楽しそうですしね(^O^;



【本日の腑(ふ)に落ちない豆疑問】:松井秀喜のニューヨーク・ヤンキースがア・リーグ・チャンピオンシップ・シリーズ最終戦に負け、ワールドシリーズ出場を逃したそうです(「Yahoo!スポーツ>【MLB】松井秀、2年連続のワールドシリーズ逃し『不完全燃焼』」)。やれやれ、ホッとしました。私は大リーグにも全く関心がありませんで、それだけに、松井目当てでヒートアップしている状況が鬱陶しくて仕方がありませんでした。ともかくもこれでピリオドが打たれたわけで、明日からは静かになるでしょう。しかし不思議なことは、日本のプロ野球のジャイアンツは、やれ「お金を使って“4番バッター”ばかりを集めている」だのといった批判が聞かれますが、どうして同じような立場にあるヤンキースを日本のマスメディアは批判しないのでしょう。あと、何か一つのことに国民の多くの注意が向くという傾向はちょっと“危険”な状況ではありませんか?