■ 2004/01/25 ジェラール・フィリップ主演『モンパルナスの灯』

先日の本コーナーでは、日本の、特に中年世代の、男性が日頃文化的なものから遠ざかっていることについて書きましたが(→ 本サイト内関連ページ)、それを実証するような記事を目にしました。

それによると、1年間で1度でも「劇場、映画館や美術・博物館などに足を運び、映画や公演、美術作品などを鑑賞した人は50.9%」いたということです。しかし、逆にいえば、「およそ半数近い人々が、1年間で1度もそれらの文化的なものに一切触れなかった」ということで、これは驚くべき数字ではないでしょうか。

これは、内閣府から24日付で発表になった「文化に関する世論調査」の結果で、昨年の11月、「20歳以上の3000人を対象に行い2094人(69.8%)から回答を得た」とのことです。

回答者から得られた数字の内訳(※回答者が鑑賞したもの。カッコ内はパーセンテージ。複数回答)は、以下のようになっているそうです。

  1. 映画(24.7%)
  2. 音楽(23.4%)
  3. 美術(18.4%)
  4. 演劇・演芸(12.9%)

また、1年間で1度もそれらの鑑賞をしなかった人に、その理由を尋ねたところ、「時間がなかなかとれないから」や「あまり関心がないから」が大半を占めるようです。

ま、関心がないのであれば仕方がありませんが、鑑賞する時間がないというのは結局はいい訳ではないでしょうか。いくら忙しいといっても、映画を1本観たり、美術展を一つ鑑賞したりするぐらいの時間は取れそうなものですもの。そのくせ、そういう人に限って(?)ほぼ1日潰れるゴルフには年に何回も行っていたりするんですよね、多分(^.^;

結局のところ、日本の社会全体の教養(〔cultureイギリス・フランス/Bildungドイツ〕単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる=広辞苑)に対する欲求が減退している、と見ることができるかもしれません。

現代日本を見渡せば、未だに学歴社会はそれなりの力を持ち、その結果、どうしても知育ばかりが尊重される風潮があり、教養を育てる情操教育は軽視されがちです。

たとえに出していいのかどうかわかりませんが、宮沢元首相がいらっしゃいますが、宮沢さんは明晰な頭脳はお持ちなのかもしれませんが、事教養に関しては、あまり豊かであるようにはお見受けできません。いや、これは私個人の勝手な思いこみ、でしょう。必ずやきっと。

それに対し、欧米の政治家が押しなべて教養に富んでいる、とは一概にはいえまえせんが、言葉の端々から豊かな教養を覗かせる方々が少なくないように私は感じています。そしてそうしたものは、何も政治家だけに求められるものではなく、広く一般の国民も豊かな教養を身につける必要があるのではないか、と冒頭の調査結果を見て感じたところです。

かくいう私はといえば、とても他人様ひとさまを批判できるだけの教養は当然のことながら持ち合わせていません
f(^_^;) それで、少しでも不足がちな教養を養うため、というわけではありませんが、昨日はまた映画を2本観てきました(←大いにこじつけ)。

本コーナーではお馴染みになってしまっていますが、東京・池袋にあります新文芸坐で昨日から「魅惑のシネマクラシック Vol.4」(→ 劇場ちらし)という企画が始まり、早速その初日の上映に出かけてきた、というわけです。

企画に「クラシック」とある通り、ラインナップされている作品はよく知られた作品でありながら、ある年代以降の人にとっては、ビデオやDVDによってしか観ることのない作品ばかりです。

しかし、だからといって、それを小さなブラウン管で観ていたのでは、作品が本来持つ良さは十分には味わえないのではないか、というのが私の考えです。

そういうわけで、そうした作品をこのように大きなスクリーンで上映してくれる新文芸坐というのは、今では私にとってかけがえのない劇場となりつつあります。

で、昨日観た作品は、いずれも「銀幕の貴公子」といわれたジェラール・フィリップが主演した作品です。私の知識は乏しいもので、この名前は聞いたことがあったものの、その作品を実際に劇場で観るのは今回が初めてです。

上映されたのは、『肉体の悪魔』(1947年)と『モンパルナスの灯』(1958年)の2本です。いうまでもなく、いずれもフランス映画で、モノクロームの作品です。

それでは、『モンパルナスの灯』の方の簡単な内容を書いておきましょうか。

これは、不遇のまま36歳の若さでこの世を去ったモディリアーニ(Amedeo Modigliani/1884-1920:イタリアの画家。エコール・ド・パリ(Ecole de Paris〔フランス語〕:パリ派。第一次大戦後、繁栄と安定を回復したパリに来住した外国の美術家群を指す。特定の流派に属さずにそれぞれ個性的な作風を形成した。シャガール、モディリアーニ、スーチン、藤田嗣治など=広辞苑)の一人。セザンヌおよびフォービスム、キュビスムの影響を受けた。一種の哀愁を帯びた人物画が多い=広辞苑)("WebMuseum:Modigliani, Amedeo")という画家を描いた作品で、当然のことながら、主人公のモディリアーニをジェラール・フィリップが演じています。

この画家の作品は、絵に興味のない方でもおそらく一度は目にしているはずです。彼は大概正面を向いた人物像を描き、その白目のない瞳といい、かしげた長い首といい、モディリアーニならではの特徴を持ち、一度でも観たら目に焼きついてしまうほどの個性的な作風です。

私は、いわゆる“天才”というものを定義するのだとしたら、真っ先に年齢的な要素を必要不可欠なものとして挙げたいと思います。つまりは、「天才は夭折(ようせつ:年が若くて死ぬこと。わかじに。夭逝。夭死=広辞苑)でなければならない」ということです。ですから、どんなに飛びぬけた才能を持っていたとしても、のちの世でも“天才”と呼ばれたかったら40歳を過ぎて生きてはいけません(?)。

カラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio/1573-1610:イタリアの画家。宗教画に写実とコントラストの強い明暗法を導入、バロック美術に大きな影響を与えた。作「聖マタイの召命」「キリストの埋葬」など=広辞苑)然り、ラファエロ(Raffaello Santi/1483-1520:イタリア・ルネサンス期の画家。ウルビーノ生まれ。ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどから影響を受けた。ヴァチカン宮殿の壁画およびタピストリーの下絵、多くの肖像画、優美・温雅な多数の聖母画を描いた。また、サン・ピエトロ大聖堂の建築監督となる=広辞苑)然り、有元利夫(→ 本サイト内関連ページ)然り、です。

そしてもしも、役者という職業においても“天才”というべき人がいるのだとしたら、ジェラール・フィリップという役者もその資格を有していることになりそうです。なぜなら、彼がこの作品で演じたモディリアーニと同じように、彼もまた36歳でこの世を去っているのですから。作品完成の翌年のことです。

モディリアーニは、当時の多くの画家もそうであったように、いくら作品を描いても、世の中にすぐに認められることはなく、苦悩の中で制作を続けていくことになります。彼は、その現実から逃れるかのように、昼日中ひるひなかから浴びるようにアルコールを飲み続けます。

ジェラール・フィリップ演じるモディリアーニは、画面に映る間は常に酩酊(めいてい:ひどく酒に酔うこと=広辞苑)状態です。そんな彼の前に、一人の女性が現れます。のちに彼の妻となるジャンヌ(=アヌーク・エーメ)です。

彼女は、現代女性(と一口にくくることは異論を生みそうですが)では考えにくいほどに、彼に尽くします。彼は才能がありながら、自分の作品を金に換えることは好まず、従ってその日の生活費にも事欠く生活です。そんな貧困の中にありながら、彼女は彼の才能を信じて疑わず、時に振るわれる暴力にもめげず、常に彼とともにあり続けます。

モディリアーニが描くデッサンは、いわゆるぱっと見に上手な絵ではなく、従って、酒場で客をモデルに描いても、モデルとなった客はそのデッサンを受け取らず、代わりに金だけを置いて彼の前から去ります。そんなモディリアーニを群衆の中から観察する男がいます。画商を生業なりわいとする男(=リノ・ヴァンチュラ)です。

モディリアーニが個展を開いた初日、画廊にその画商が現れます。喜んで出迎えた画廊の女主人に対し、画商は冷たくいい放ちます。「私は彼の才能は認めている。だが、今は作品を買い上げるつもりはない。彼がこの世を去ったその時が、私にとっての買い時だ」。

作品の後半に象徴的なシーンがあります。モディリアーニ夫妻が暮らすアパートの廊下を挟んだ向かいに住む友人はモディリアーニの才能を信じている一人で、いつも親身になってなってくれているのですが、ある日、モディリアーニの絵を買いたい人がいる、という話を持ち込んできます。

アメリカからフランスへ観光にやってきた大金持ちがモディリアーニの絵に関心を示しているというのです。モディリアーニは気乗りがしないものの、友人のせっかくの申し出でもあり、仕方なさそうにそのアメリカ人が宿泊しているホテルを妻ともども3人で訪ねます。

フランスという国は、今も昔も文化的にアメリカを見下しているところがあり、このシーンでもそこに登場するアメリカ人からはいわゆる教養といったものが一切感じられません。大金持ちにはいつもキーキー騒ぐ妻がおり、彼女は盛んに、パリを去る列車の発車時刻が迫っていると夫をせかします。

大金持ちは大金持ちで、世間が認めたセザンヌの風景画を一枚手に入れたといって、トランクから作品を取り出して、自慢して見せます。要するに、彼自身には作品を見抜くだけの鑑識眼がなく、世間が認めた作家の作品だから手に入れたのだ、ということを逆説的に語っています。

その大金持ちが、モディリアーニに「セザンヌの風景画は素晴らしい! 君も彼のような風景画は描くのかね?」と尋ねると、モディリアーニは「いえ、私は肖像画しか興味がありません」と答え、その理由を次のように述べます。

「私は人間の瞳を描くのが好きなのです。それこそが、どんな風景にも増して、私を惹きつけてやまない描写対象なのです」

これは正確な台詞ではないと思いますが、いいたいことは多分そのようなことであった、と私は勝手に解釈しています。

事実、現実のモディリアーニも、作品のほとんど全てが肖像画です。しかも、たった一人を真正面から捉えた単一肖像画です。

以前美術雑誌で読んだ記憶によれば、彼は、「アラ・プリマ」という技法によって、一気呵成(いっきかせい:一息に文章などを作りあげること。また、物事を一気になしとげること=広辞苑)に作品を仕上げたといわれています。

これは、フィンセント・ファン・ゴッホに代表される技法で、油絵具の乾燥を待たず、「ウェット・イン・ウェット」でどんどん絵具を乗せていく現代的に通じる技法です。この場合、この技法の特徴で、それ以前の伝統的な細部まで綿密に仕上げる描き方に代わり、大雑把にいえば、筆の荒々しいタッチこそが身上になります。

モディリアーニの作品にはいわゆる大作はありません。それは今も書いた技法上からくる理由で、自分のアトリエでモデルを数時間務めてもらい、その数時間のうちに1枚の作品を仕上げてしまうのです。ですから、とても一日では描ききることができない大作は描きようがないわけです。同じ理由で、ゴッホにもいわゆる大作はありません。

そのように、モディリアーニの作品は、ヨーロッパ絵画の伝統からは遠く離れているように思われながら、彼の中に流れていた血は争えず、イタリア生まれであった彼は、その伝統に脈々と生き続ける肖像画に終生執着していたのでした。

もう50年ほども前の作品ですから、ラスト・シーンについて書いてしまっても許されるでしょうか(※もしも「許せない」という方は、以下の部分はお読みにならないで下さい)。

彼はいよいよ生活に困り、描きなぐったデッサンの束を抱えて、夜の酒場へと向かいます。それを客に買ってもらうことで少しでも生活費を得ようとしたのです。しかし、客は彼に冷淡で、誰一人として彼のデッサン画を買おうという人は現れません。唯一お金を恵んでくれた優しい女性も、彼のデッサンを評価してのものではありませんでした。

彼はほとんど意識を失いかけ、よろよろと店を出ます。彼は失意のまま、ついに人生の終わりを迎えようとしています。暗い夜道を歩くモディリアーニのあとを、一人の紳士がつけてきます。それは、例の画商です。途中まで来たとき、モディリアーニは道端に倒れ、病院へ運ばれるものの、この世を去ります。愛する妻に見取られることもなく_。

彼の死を確認した画商は、すぐさまモディリアーニのアパートを深夜であるのもお構いなしに押し掛け、対応に出てきた妻のジャンヌに彼の作品を見せてもらいます。ジャンヌはまだ夫が死んだことを知りません。そして、まさにこのときを待っていたかのように、誰に認められることもなく(彼の才能を認めていた数少ない人間の一人がこの画商という皮肉)この世を去ったモディリアーニの作品を次々に買いあさるのでした。

作品では描かれていませんが、作品のモデルとなった現実の妻は、モディリアーニがこの世を去った翌日、アパートの窓から身を投げて後追い自殺しています。モディリアーニの妻になったがゆえに痛ましい一生だったという見方もできるでしょう。しかし、彼女はモディリアーニと過ごせたということで、世界中の誰よりも幸せだったと感じていたのかもかもしれません。

ともかくも、この世を去ったあと、モディリアーニの作品は評価され、今では世界中のどの美術館へ行っても彼の作品を目にすることができます。

本日は、冒頭で日本人のおよそ半数の人たちは、「年に一度も文化的なものに触れない生活を送っていると」いう調査結果をご紹介しましたが、これは別に義務ではありません。ですので、強制することはできません。

ただ、そうしたものに少しでも触れることで、一人一人の胸に、ある種の情感が育つのだとしたら、決して無駄な時間にはならないに違いありません。

私は、情操教育云々は別にして、ただ単に自分を楽しませる意味で、今年も美術展や映画館へできるだけ足繁く通いたいと思っています。