| ■ 2003/08/23 あとがきで熱く語れ? |
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何でも最近は、本の「あとがき」が「熱い」(カギ括弧内は今回話題にしている2003年8月20日付け朝日新聞記事よりの抜粋。以下、同)らしいです。 あとがきとは、いうまでもなく、著者が著書の最後に、その本を書くに当たっての苦労話や協力者、編集者への感謝などの文章が並ぶパートです。そのこれまではともすれば形式的なものに終始しがちだったあとがきに今「スリリングなもの」が目立ってきているというのです。 それを伝えるのが20日付けの朝日新聞・文化面に載った記事で、その記事の見出しには「恨みつらみも・・・『あとがき』熱く」「『もう一つの作品』力注ぐ」とあります。 私自身はといえば、最近は恥ずかしながらほとんど本を読まず、書店で立ち読みするのも雑誌が中心ですので、本のあとがき事情には全く通じていなかったりするのですが、今回のような記事を目にしますと、俄然あとがき目当てで(?)本を手に取りたい誘惑に駆られますね。 でもって、どんな風に「熱い」のかのテキストとして、評論家の福田和也さんと“なんちゃって”(?)精神科医の香山リカさんの対談を収めた『「愛国」問答―これは「ぷちナショナリズム」なのか』(中公新書ラクレ)が記事の冒頭で取り上げられています。 で、この対談集の一方の当事者である福田さんが不満をあとがきでぶちまけることになったわけですが、彼にとって何が不満だったといって、そのあまりに安直(あんちょく:安易なさま。手軽なさま=広辞苑)な本作りの姿勢がどうにも我慢ならなかったようです。 まず、対談場所として指定されたのが「暴力団組長が射殺されて話題になったホテル」の一室だったそうで、ほとんど初対面の二人は「コーヒー一杯」だけで口を潤しながら3時間“対談”させられ、制限時間となるや、対談の盛り上がり その辺りの事情を、編集側のラクレ編集部にいわせれば、対談時はイラク戦争の 結局のところ、どちらのいい分が正しいのかは私にはわかりませんが(というより、どちらのいい分が正しいのかには関心がない)、福田さんは憤りを隠すことができず、その対談集のあとがきに「本作りが雑すぎる。読者に報告すべきだ」との思いから以下のような恨み言を並べ、かくして「前代未聞のあとがき」と囁かれるところとなりました。
これでも編集部からの削除依頼を受けて修正されており、当初は編集者の意欲不足などより厳しい文言が並んでいたそうです。 このような「熱い」あとがきは他にも生まれ、たとえば文芸評論家の その小谷野さんは「ホームページを持たない書き手としては、あとがきを活用しない手はない」とも述べておられます。 意外なところでネット上での“発言”の有効性が出てきて驚きますが、今更考えてみるまでもなく、ネットの急速な発達により、全くの個人レベルでも自由に発言ができるようになった事実は、実は非常に大きな意味を持ち始めているのかもしれません。 敢えて話を脱線させてしまえば、自由に物がいえるということでいえば、ネット上の方が遙かに自由度が効き(あるいは無責任?)、そのほとんどの“書き手”である無名の人々の方がお金をもらって雇われている職業人としての書き手よりもより本音を書ける立場にいることになります。 いってみれば、ネット上の発言は、今頃になってようやく出てきたあとがきの「熱い」部分をより以前から実践している「熱さ」といえ、荒削りな部分は否めないものの、既存のメディアには乗らなかった本音の部分が語られていることになりそうです。もちろん、全部が全部意味を持つとはいえませんが。 そうした傾向を薄々(あるいは重々?)感じているのが、今回テキストにされている対談集「『愛国』問答」のもうお一人の対談者である香山リカさんで、その裏打ちとして、本日分の「本日のピックアップ」でも取り上げた「週刊現代」でのいらだちを隠せない発言に現れているといえます。 そうした視点で改めて新聞やテレビ、雑誌など既存のメディアを見渡すと、お金を得て発言している“職業文化人”は、およそ本心とは別の発言をしていることが透けて見えてきてしまいます。 たとえば、「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日)というバラエティ番組がありますが、以前は私も割と面白がって観たりもしていましたが、今はほとんど観る気にもなりません。そこでは本気の議論は全くないことに気づいてしまったからです(というほど大げさなものではありませんが)。 「男のパンツなんか洗ってらんないよぉ!」といった一連のフェミニスト発言(?)で俄然注目を浴び、あれよあれよという間に参議院議員になり、何もしないまま辞めてしまった田嶋陽子さんも同番組の出身で、彼女が番組に登場したての頃はメインのビートたけしさんも彼女にたてついて、それなりに本気の議論も見られましたが、彼一流の世渡り上手の感覚で「こんなことをしていても何の得にもならない」と悟るや、以後は議論の「ぎ」の字も放棄し、ただただその場しのぎに時間を潰すことに専念しています。 正直な話、そうでもしない限りテレビ・メディアで生きていくことはできないのでしょうが、それを観せられる視聴者はただの時間の無駄でしかありません。そこで展開されているのは、世渡り上手な者たちによる内容が全くないただの時間稼ぎ(出演者にとってはギャラ稼ぎ)以外の何物でもないのですから。 【本日の豆事実】:「たけしのTVタックル」でアシスタントを務める阿川佐和子はホントにお調子者の典型! あぁ、バカらしい! そんなお気楽なテレビ・メディアに比べればまだしも本の業界の方がマシかもしれません。が、こと対談集などに限っていえば、実体は限りなくテレビ・メディアのソレと大差なさそうな気がしないでもありません。結局のところ、出版社か編集者に気に入られそうなことを適当に話しておけばお金になるわけなのですから。 そういった意味で多少皮肉混じりにいえば、香山リカさんとお金を頭にちらつかせながら行った“対談”よりも本音が聞ける今回の福田さんのあとがきは、“本編”以上に意味があったりするのかもしれません。 ともかくも、現代顕著になりつつある「熱い」あとがきとは別に本のあとがきが本来持っている面白さにいち早く気づいたのが作家の夢枕獏さんで、「あとがきは(作家の)もう一つの作品」といい、そんなあとがきばかりを集めた『あとがき大全 あるいは物語による旅の記録』(文春文庫 / 「文春ウェブ文庫」)を今年発表したそうです。その夢枕さんは、あとがきについて次のように述べています。 「20余年、一冊も欠かしていません。はじめの頃は『この小説は絶対に面白い!』とずいぶんアピールしました。著者としての責任も生じるし、本文とは別に思いついた面白い話を捨てるのももったいない。ころっと顔を出す情報って、小説にはない味があると思うんですけどね」 そんな夢枕さんの本著にはどんなあとがきが書かれているのでしょう。私の想像では、結構まともな内容で、旧来通りの編集者などへの謝意が述べられているような気がするんですけれどね。実際のところは、この本を実際に探し、自分で確認するより他になさそうですね。 ともかくも、たかがあとがき、されどあとがき、といったところでしょうか。
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