| ■ 2003/11/29 筋弛緩剤点滴事件の公判 |
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今日の新聞各紙は、昨日、宮城県の仙台地方裁判所で開かれたある事件の公判(畑中英明裁判長)について報じています。その事件とは、そのあまりの特異さで、当時の社会に大きなショックを与えたいわゆる「筋弛緩剤点滴事件」です。 その事件の背景については、おそらく多くの方もよく知っておられると思いますので、まずはじめに、昨日の判決を報じる記事を見ての私個人の感想から書いてしまいますと、何故にこうもマスメディアというものは“犯罪者”に寛大なのか、というのが真っ先の感想で、ある種の非常に強い憤りを感じています。 その根底には、「疑わしきは罰せず」の崇高な精神があってのことだと思いますが、それが行き過ぎた場合、本来罰すべき“極悪人”をも助けることになってしまうことにもっと注意を向けるべきです。 昨日の公判を報じる今日の地方紙には、おそらくは
いかがでしょうか。私は涙なくしては読めませんでした。あまりにも理不尽な話ではありませんか。 私自身は、守被告が真犯人であるか、そうでないのかわかる立場にはありませんが、残された事実は、被害者である綾子さんの容体が急変した時、その場にいたのは守被告であったという動かしようのない事実です。 弁護側は、「だからといって、守被告が患者に筋弛緩剤を混入したと決め付けることはできない」と主張します。確かに、“事件”が起こったのは密室で、他に目撃者はいるはずもなく、守被告本人が否認をする限り、それを 私はこういう事件の話に直面するたび、タイムマシンのような時間を自由に行き来できるマシンがあって、その事件の現場に戻って真相を確認することができたらどんなにいいだろうと思います。しかし、そんなことは夢物語で、どんなに困難であっても、守被告が確かに事件の真犯人であることを証明しなければなりません。 それにしても、植物状態のわが娘を毎日看病する両親の気持ちはいかばかりでしょうか。11歳から14歳といえば、ちょうど成長の真っ盛りにあります。上でご紹介した記事ではその辺りは深く触れてはいませんが、私がそれを膨らませると、「物言わぬ少女のわずかな体の成長」の内には、恐らくは女としての成長も含まれ、初潮(しょちょう:最初の月経。その時期は日本人では平均12〜12.5歳。15歳までに大部分が初潮を見る。初経=広辞苑)を迎え、毎月の月経(げっけい:成熟した女性の子宮から周期的〔約28日ごと〕に数日間持続して出血する現象。つきのもの。めぐり。つきやく。生理。メンス=広辞苑)も含まれると思います。 その手当てを行う同性の母親の心中を想像すると実に切ない気持ちになります。大変な思いをしてわが子を産み、早く大きくなれと願いながら育ててきたわが子の月経の始末をしているのですから。 そして何より、そんなことは何一つ望んでいなかった少女自身の人生はどうなってしまうのでしょうか。人権なんてあったものではありません。 このように、綾子さん家族を悲劇のどん底に突き落とした張本人が守被告であったとしたら、彼をかばう理由は微塵もありはしません。であるのに、なぜか朝日新聞など左に偏ったマスメディアほど守被告をかばう姿勢を鮮明にしています。 その中でも飛びぬけてその姿勢が明らかなのは朝日新聞グループのテレビ朝日です。 そのテレビ朝日で毎週放送されていたニュース・バラエティ番組に「ザ・スクープ」というのがありました。司会は鳥越俊太郎さんでしたが、この番組でこの筋弛緩剤混入事件をしつこく取り上げ、何が何でも(守被告が真犯人でも?)守被告は無罪である旨の特集を3、4回(あるいはもっと? ※正確にはこれまで6回!)放送しています(「ザ・スクープ>バックナンバー>検証!仙台点滴事件第6弾〜証拠隠滅疑惑とある看護婦の「奇妙な行動」〔2002年2月16日放送分〕」)。 “事件”が起こったのは病室という密室なわけで、事件性を証明するのが難しいということは、無実を証明することも同じように難しいはずです。つまりは、マスメディアといえども第三者に変わりはなく、事件の真相を知り であるにも拘わらず、なぜにああも自信満々に守被告の無実を訴えることができるのでしょうか。私にはそれが実に不思議で、逆に強い不信感を抱く結果になってしまいました。 昨日の公判の模様を伝える今日の朝日新聞・第3社会面には、次のような記述があります。 「論告が情状に及ぶと、守被告は手元をじっと眺めた。求刑が読み上げられると視線を上げ、検察官を見つめた。閉廷の瞬間、傍聴席の支援者から『守君、ガンバレ』との声が飛び、表情が一瞬ゆるんだ」 何が「守君、ガンバレ」ですか。それとも「守君、今後とも頑張って患者をバンバン殺してね!」との意味でしょうか。であるなら、納得できます。つまりは、守被告に声援を送った人は「守被告殺人支援者」というわけですね。やれやれ、、、(-_-;) 真面目な話、こういった類の“支援者”こそがいわゆるプロ市民という社会害悪の正体で、「裁判員制度」(→ 本サイト内関連ページ)ができた暁には、大活躍(←皮肉)してくれそうな“善良な市民”の方々なのでしょう。 彼らは反米・反日(=親中国・親北朝鮮)の思想の持ち主で、支持政党は社民党・日本共産党・民主党左派で、購読新聞は朝日新聞と相場が決まっています。年代構成の中心を成すのは、全共闘(ぜんきょうとう:全学共闘会議の略称。1968〜69年の大学紛争に際し、諸大学に結成された新左翼系ないし無党派の学生組織=広辞苑 ※およそ35年ほど前の時点で大学生だったということは、現在55歳前後の方々になりますかね)世代でしょうか。 ともかくも、彼ら“善良なプロ市民”の方々が裁判に参加するようになったら、凶悪事件を起こした被疑者にとってこれほど心強いことはありません。何しろ、黙っていても自分を弁護してくれ、筋弛緩剤で人を殺そうが、大手を振って社会を歩けるようにして下さるのですから。 神さま、仏さま、稲尾さま、、、プロ市民さま、といったところでしょう。 プロ市民のプロともいえる守被告の弁護団は、昨日の公判の閉廷後記者会見し、例によって検察側を「(検察側の求刑が死刑ではなく、無期懲役だったことからも、そもそも事件そのものの)でっち上げの思いを強くした」と非難しています。ということは、綾子さんは勝手に容体を悪くして植物状態になった、といいたいわけですね。しかも、守被告はその場に立ち会わされてしまった“被害者”なのだ、と。 本来、被告を弁護する弁護士という役職は真実を歪めるためにあるのではないと思います。被告が犯した罪は素直に認め、その上で、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう:刑事裁判において、裁判官が被告人に有利な情状を酌みとること=広辞苑)の余地があることを主張すべきです。であるのに、事件そのものを「幻」と決め付け、被告を全くの無罪としてしまうのは、あまりにも事実を歪めた弁護ぶりとはいえないでしょうか。 何度も書きますが、“事件”は第三者の介在しない全くの密室で起こったのです。であるなら、弁護士といえども、守被告が全くの無罪であるとは証明できないでしょう。それは、本人がそう主張しているだけか、あるいは、弁護団側の作戦で彼にそういわせているだけです。 そうしたことを考えるに、私は事件の被害者の無念さを強く感じないわけにはいきません。 少なくとも、社会の公器であるべきマスメディアは、もう少し被害者側の立場に立つべきではないでしょうか。翻って、もし万が一、自分の家族が同じような被害を受けた場合、どのような感情を抱くでしょうか。それでも能天気に「守君、ガンバレ」などと極悪人(?)に声援を送れるでしょうか。 今回の最後に、被害者である大島綾子さんの母親・恵理子さんが公判後の記者会見で述べた言葉をご紹介しておきます。 「(無期懲役の求刑には)納得できない。私たちが求めるのは極刑(=死刑)です。守大介被告は自分の身をもって罪を償うのが、残された人間として最後の道だ。(守被告について)少しでも(反省の)表情の変化が見て取れたなら違ったかもしれないが、最初から最後まで悪魔のようにしか見えなかった」 この事件の裁判は、来年の1月に弁護側が最終弁論を行い、来春にも判決が出る見込みだそうです。綾子さん家族に、少しでも暖かな春が訪れることを願わずにはいられません。 綾子さん、ガンバレ。
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