■ 2002/07/30 ネット文化|談志「大相撲」

ネット上の著作権に関して、興味深い記事が載っています。

「Japan.internet.com>小規模 Web ラジオ局への楽曲使用料免除を求める改正案提出へ」

内容については上のリンク先の記事をお読みいただければわかっていただけると思いますが、なおも内容を簡単にまとめておけば、以下のようになります。

アメリカ連邦議会下院のRick Boucher議員(民主党、バージニア州選出)は、Jay Inslee 議員 (民主党、ワシントン州選出) および George Nethercutt議員 (共和党、ワシントン州選出) と連名で、小規模(総売上600万ドル以下)のWebラジオ局に対する現行の著作権法を見直すことを求める法案を米下院議会の司法および小規模企業委員会に提出する、と発表したとのことです。

今回の記事によれば、アメリカでは著作権保護の観点から、ネット上のいわゆるWebラジオなどが楽曲を扱う場合、楽曲使用料を、1曲当たり0.07セントを1998年10月まで遡って支払うよう既定されているようです。この金額が高いのか安いのか私自身はもう一つピンとこないのですが、その規制により、アメリカではネット上のWebラジオ局が少なからぬ影響を受けているようです。

それに対し、今回法案提出を発表したRick Boucher議員らは「ネット文化」を守るために立ち上がったようです。彼は次のような声明を発表しています。

米国議会は、新しい技術の創造的かつ革新的な活用を支援すべきで、莫大な楽曲使用料を課し小規模Webラジオ局が撤退する前に、直ちに現行法をデジタル技術に合うように改正しなければいけない。

パチパチパチ、、、。彼らの意見に私は諸手を挙げて賛成したいと思います。

ネット時代における著作権については私も考えるところがあり、先日も本コーナーで少し触れたばかりです(→ 本サイト内関連ページ)。

そこで書いた私の主張を一言でいえば、「これまであった著作権に対する考え方をネットなどのデジタル時代にそのまま当てはめるのは無理がある。少なくとも、何らかの表現をする個人が、営利を伴わない範囲内で使用する場合は大目に見て欲しい」ということです。この考え方は、今も変わっていません。

上のアメリカ議会の話も、小規模なラジオ局に絞っている点に注目すべきです。彼らとて著作権をないがしろにしようというわけではないのです。ごく小規模、あるいはほとんどボランティア感覚でやっている人たちにまで、いってみれば“大規模の論理”を押しつけるのはおかしい、といっているわけです。

そもそもが、日本にも大きな影響を与えるアメリカの著作権は、この間私が書いた中にも盛り込みましたが、一部の大著作権保有者の“傲慢さ”によって本来の意味をねじ曲げられている、というのが実態です。

具体的にはミッキーマウスのキャラクターを有するディズニーは、ミッキーマウスの著作権が切れそうになるとその権利を延長する法案を米議会に求め、そのたびに法案は通り、利益確保を続けてきました。結局は、一企業が利益を上げるための法案をその都度“更新”しているようなもので、実におかしな話です。

そして返す刀で、その論理を儲けなど考えていない個人レベルにまで押しつけ、そこから、いい方は悪いかもしれませんが、「お金を巻き上げ」ようとしています。

私自身は、先頃日経新聞に載っていた著作権に関する日経側の主張にも大いに不満を抱き、その点についても触れました(→ 本サイト内関連ページ)。

その日経の記事には、ハッキリと「読者(=個人)」と書かれており、個人レベルにも「著作権侵害」の責任を負わせる旨の主張が展開されています。

何度でも書きますが、個人がネットを使って何らかの発信をする場合、そこに営利の目的がない場合は、多少の「著作権侵害」は多めに見て欲しいと思います。

一方では大企業の論理で、権利の精神をねじ曲げてまで自己の利益を確保して置きながら、他方で弱者からも微々たる営利を上げようとするなんて、大組織のすることではありません。私はそんな姿勢に断固反発します。

先日(7月7日)放送された「NHK特集 〜変革の世紀(3)知は誰のものか〜」の中では、アメリカで初めて著作権という考え方を既定する際の基本的な考え方も伝えています。それを正確に覚えているわけではありませんが、ざっと以下のような内容です。

本来、著作権というものは万人が共有するのが理想である。今ある創造物も、過去の遺産なくしてはあり得ない。それらは全て過去の遺産の上に成り立っていると言い換えてもいい。過去の偉大な著作からインスピレーションを受けて新たな著作が生まれることにより人類は絶え間ない進歩を遂げてきた。しかし、どうしても権利を有する期間を設けるのであれば、それは出来るだけ短くあるべきだ。

最近はブロードバンドの普及に伴い、それに見合ったコンテンツを発信する例が増えつつあります。しかし、それらは大概有料コンテンツの形を採っており、私はそれに対して少なからぬ不満を持っています。

ネットというものは本来誰もが自由にアクセスできるのが一大特徴であるはずです。であるべきなのに、それら有料コンテンツは、一部の利用者以外を排除しています。これはネットの理念からはかけ離れてはいないでしょうか。

私の理想をいわせてもらえれば、ネットはいい意味でのアマチュアの世界であって欲しいと思います。それは、どこにでもいる個人が、個人のレベルでああでもない、こうでもないという“意見”を開陳(かいちん:意見などを申しのべること=広辞苑)でき、いい合える自由な世界です。

少なくとも、大企業による金儲けの論理はノー・サンキューです。そんなもの、個人にまで勝手に押しつけないでもらいたいものです。

第一、金儲けと結びついた文化なんて、ロクなものでもないでしょう。


7月も今日と明日の二日ですね。今、子供たちは夏休みの真っ最中ですが、私の子供の頃でいえば確か7月25日頃から休みに入ったもので(※現在、関東南部では7月20日頃から夏休み?)、7月下旬といえば休みに入ってちょうど1週間ぐらいの時期に当たります。「うん、まだまだ」とこの辺りはまだ余裕があるものです。これが8月も中旬辺りになってくると余裕がなくなってくるんですよね。急にやり残している宿題のことが気になり始めたりして、、、(^_^; そんな7月最後の火曜日は、私のサイトからもリンクを張らせてもらっています「立川談志の世相講談」が更新されています(火曜日に定期更新)。

今週のお題は_「大相撲」です。

「(家元、黒地に何やら模様の入ったシャツで登場)コレ(シャツ)わかる? アタシの顔が描かれているんですよ。え? よくわからない。うん。銭湯のタイルに描かれている絵と一緒で、近くで見たら何が描いてあるのかわからないけど、離れて見るとやっとわかるというヤツです。ところで、相撲ですか? 昔、法務大臣も務められた稲葉修先生に『キミはどうして相撲を観ないのかね?』といわれたことがありますが、そりゃ観る気にもなりませんやね。特に最近の相撲といえば、ブクブクと太った連中が、土俵上でぶつかり合ってはケガをして、今場所は16人も関取が休んだっていうじゃないですか。あれでよく国技だなんていえたもんです。あれだったら野球の方がよっぽどいいです。それでも昔は国技といわれたぐらいで、学校や職場には土俵が造ってあって、好きな連中は暇を見つけては相撲を取ったものです。今はそんな光景見かけないでしょ? いっそのこと、引退した舞の海とかモンゴルから来ている朝青龍あさしょうりゅうみたいな軽量級の力士ばかりを集めてやってくれないかね。そうすりゃ観る気になりますよ。ま、今のままいったら大相撲は、アタシらの落語と一緒で、見捨てられるね。アタシが予言しておきますよ。相撲? ダメ! 黒星続き!」