■ 2002/02/21 札束合戦|センデロールの赤いスケートシューズ

個人的には関心が薄かったりするのですが、今年は日本と韓国との共催によるサッカーのワールドカップが開かれます。

で、その大会の各国のキャンプ地誘致合戦についての記事が今日の朝日新聞に載っているのですが、これが実に情けない話です。

これはもう日本という国、日本人という国民性から来ているのかと悩んでしまうのですが、名乗りを上げた各地方自治体による汚い「札束合戦」が展開された、というのです。ちなみに「札束合戦」というのは私が勝手にネーミングしたのではなく、今回の記事の中で使われている表現です。

記事によりますと、JAWOC(=2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会)が2年前(2000年)、キャンプ地として名乗りを上げた国内84カ所を候補地に指定したのだそうです。

そもそもが、ワールドカップに参加するチーム数は32チームだそうでして、予選に当たる第一次リーグは韓国と半分ずつ試合を行うわけですから、32の半分の16チームが日本国内でキャンプを張ることになります。

ということは、16のキャンプ地に対して84の自治体が名乗りを上げたわけで、スタートの時点で過当競争となっています。そして予想通りといいますか、候補地同士の「札束」による醜い誘致合戦が展開されるところとなりました。

一方、共に大会を開催する韓国ではどうかといえば、そんな「札束合戦」は一切起きていないそうです。

そればかりか、韓国で試合が組まれている南アフリカチームは、既に契約済みの韓国江陵カンヌンで今年の5月16日からキャンプを張ることが決まっていたにも拘わらず、「1次キャンプを日本の三重県上野市で行う」と一方的に通知してきた、そうです。

その理由を尋ねると、上野市側から1300万円の“支援”があったから、といいます。江陵市側としてはこうした事態を面白く思うわけがなく、「国家間の問題になりかねない」としています。

素人の私としては、キャンプ地を誘致することでどれだけの経済効果があるのかはわかりませんが、それにしても日本式のやり方はちょっとエゲつなくはありませんか?

なんでも「カネ、カネ、カネ、、、」のわけでしょ? そんな自治体は、やれ「政治家はカネに汚い」とか「利権が絡んだ公共工事は汚い」なんて批判をする権利はないでしょう。同じ穴のむじなですもん。

同じサッカーのワールドカップで思い出しましたが、前回のフランス大会の時、「幻のチケット騒動」があったことを憶えていらっしゃるでしょうか。フランスの悪徳ブローカーに日本の旅行代理店がまんまとだまされ、日本人観戦者のチケットが手に入りにくくなった事件です。

私はそのニュースを見ながら、騙したブローカーや騙された旅行代理店にも呆れましたが、それと同じぐらい憤慨したことがあります。それは、チケットが入手できていないにも拘わらずフランスへ飛んだ日本人観戦者が採った行動です。

その彼らがフランスへ行ってどうしたかといえば、現地のダフ屋(だふ屋:〔「だふ」は「札」の倒語〕入場券や乗車券を買い込んで、高く売り付ける商売の人=広辞苑)から原価の数倍、数十倍という高額で購入したのでした、、、(-_-;)

まんまと彼らの手にハマってしまったというわけです。

当時のマスメディアは彼らを“被害者”として取り上げましたが、「どれだけのお金をつぎ込んでも観たい試合のチケットを手に入れる」というのは、今回の誘致合戦の「大金をつぎ込んでもキャンプ地を地元に誘致する」というのと根っこの部分では全く一緒なのではないでしょうか。

ま、チケットの方は個人が自分の財布から出したわけで他人がとやかくいうべき問題ではないのかもしれませんが、キャンプ地誘致の方は各地方自治体が公的資金を使って行っている(?)のでしょうから、その点だけでも問題がありそうです。

いずれにしても、「札束合戦」で一番得をしたのは誘致される側の各国サッカー協会で、今頃陰でほくそ笑んでいることでしょう。

鈴木宗男衆議院議員や雪印の行い(「ウィキペディア>雪印牛肉偽装事件」)を批判しているだけでは済まされない根深い問題が、国内のそこここに見え隠れしている、といえそうです。


いよいよ終盤に差しかかった冬季オリンピック・ソルトレイクシティー大会ですが、今日の朝日新聞スポーツ欄に、ちょっとばかりいい話が載っていますので紹介してみたいと思います。

スピードスケート男子選手の話です。といっても日本選手ではありませんで、ノルウェーオドネ・センデロールという選手です。

私は生憎あいにくそのレースは見ていないのですが、大会第12日目に行われたスピードスケート「男子1500メートル」でセンデロール選手は見事銅メダルを獲得したそうです。

昨今はより速く滑ることが求められ、それはウェアやシューズへも技術の改良が求められています。

今回の記事によりますと、スケートシューズにおいても技術革新は進み、長野オリンピックから現在までの間に、カーボン(「ウィキペディア>炭素繊維」)素材を使ったシューズが主流になっているそうです。

そんな中にあり、銅メダルに輝いたセンデロール選手は革製のシューズで臨みました。そして、その赤いシューズには3つの「S」が刻まれているのだとか。それは、長野県岡谷市というところにある「エスク・サンエススケート」という靴製造会社のロゴです。

センデロール選手は、実は扁平足(へんぺいそく:足の裏が平たく、土踏まずのほとんど認められない足。先天性と後天性とがあり、後天性のものは不適当な履き物、固い床の上での長時間の作業、外傷などが原因となる=広辞苑)だそうで、それまで自分の足にピッタリくるシューズに巡り会えずにいたといいます。

そんな試行錯誤の中、サンエスのシューズと出会うことになります。

それは、「スケート靴の職人」と呼ばれる小松清視こまつきよみさん(2002年現在52歳)が手がけたシューズでした。長野オリンピックの2年前に当たる1996年12月のことです。

小松さんは、センデロール選手のどんな細かい要求にも的確に応えてくれたそうです。

「同じ選手でもフォームが変われば、シーズンごとに靴の形は違ってくる」

小松さんは、スケートシューズを知り尽くした職人でした。

センデロール選手は、小松さんが作ったシューズを履き、長野オリンピック「男子1500メートル」で見事金メダルを獲得しています。

小松さんが勤務したサンエスは昨年(2001年)2月、従業員全員が解雇されるという事態に陥りましたが、小松さんは、その後新会社としてスタートを切ったエスク・サンエススケートに移り、現在に至ります。

今オリンピック、長野の金には届かなかったとはいえ銅メダルを獲得したセンデロール選手は、今期を限りに現役を引退するそうです。世界の表舞台から去ることになるセンデロール選手はレース後、「arigatou」と日本語で小松さんに感謝の気持ちを伝えた、と記事にはあります。

小松さんご自身は自宅のテレビの前で彼の滑りを応援していたようですが、彼の「ありがとう」の一言は心にみたに違いありません。

私たちが知らないだけで、選手の数だけそこには多くの“小さなドラマ”があるのかもしれませんね。