■ 2001/08/20 提言・高校野球

各地方大会も含めれば既に1カ月を超える期間を要して展開されてきた夏の風物詩・高校野球もいよいよ大詰めを迎えています。今日が準決勝、明日が決勝です。

目下のところ勝ち残っているのは次の4校です。

  • 近江(滋賀)
  • 松山商業(愛媛)
  • 日大三高(西東京)
  • 横浜(神奈川)

個人的には地元の高校が負けてしまってから興味が半減してしまっていますが、それは脇に置くとして、準決勝の組み合わせを見てみますと、それぞれが東西それぞれの高校同士の対戦となっているのが皮肉といえば皮肉ですね。

組み合わせといえば、その抽選の段階から“勝負”が始まっているといえなくもありません。「勝負は時の運」などといわれますが、抽選こそは「時の運」そのもので、実際に戦う以前に有利不利が生じるように思います。

また、実際の勝負の中には、それこそ“不運”な出来事は散りばめられています。その典型がイレギュラー・バウンドでしょう。

私が実際にテレビで観たプレーでも、何でもないような内野ゴロが捕球寸前でイレギュラー・バウンドしたために捕球できず、失点のきっかけとなってしまった例が少なくありません。

野球の試合を人生に当てはめてみれば、思いもしないつまづきともいえ、それまで順調に進んで来た人ほどその人生の暗転には戸惑うかもしれません。

ところで、今朝の朝日新聞スポーツ欄には、元サッカー選手で現在はサッカー解説者のセルジオ越後さんによる高校野球コラムが載っています。サブ・タイトルは「時代にあった改革必要」です。

興味の対象はサッカーのみとも思える氏と高校野球は結びつきが弱いような感じがしないでもありません。が、どうしてどうして、氏はスポーツ観戦なら何でもお好きだそうで、高校野球も好んで観るそうです。

とはいえ、来日した1972年当時、サッカー練習後に他の仲間がスポーツ根性ものアニメ「巨人の星」「YouTube>巨人の星 主題歌〔昭和43年版〕「ゆけゆけ飛雄馬」」)を観ることに、「日本ではサッカー選手も野球を観るの!?」と心底驚いたようではあります。

当時の高校野球でいえば、“怪物”・江川卓が全盛の時代で(「YouTube>1973年全国高校野球 作新学院 江川卓の甲子園」)、みんなと一緒になってテレビ観戦する内に、気がつけば彼も野球観戦が好きになっていったようです。

そんなセルジオ越後さんが高校野球へいくつか提言を寄せています。主な提言は以下の2点です。

  1. ドーム球場採用
  2. チーム格差の是正

(1)のドーム球場は、選手の健康を考えたら炎天下よりも空調が整ったドーム球場の方がいいのでは、という趣旨の指摘です。でも、これはどうなんでしょう?

多少の思い入れが入っているかもしれませんが、私個人は炎天下の中でやってこそ、という気が強くします。それでなくても日本のプロ野球では、ドーム球場での試合数が増え、それに伴い何かしらの魅力を失っているように感じているところです。これが高校野球でもと思うと、、、。

それに引き換え、本場アメリカのメジャリーグをたまに観たりしますと、あちらの球場の素晴らしさには目を奪われるものがあります。ドーム球場、人工芝はもってのほかといわんばかりに、遊び心たっぷりに造られた球場には天然の芝が見事に整備されています。

その映像を観たあと、日本の甲子園球場の映像を観ると、土の部分が目立つそのグランドはまるでどこかの田舎球場のようにさえ映ってしまいます。

高校野球に限らず、今日本の球場を“改革”するのであれば、ドーム化とは正反対ともいえるメジャリーグ並の天然芝の整備でしょう。

さらに選手の健康管理のことでいえば、大会のスケジュールの過密さこそ真っ先に改善すべきだと思います。

今年の例でいっても、1日4試合の日が数多くあり、夜の7時を回ってもまだ試合が続いている、といったことも珍しくはありませんでした。一昔前まではそんなことはそうそうなかったような印象があるのですが、それもこれも現在の各県1校の代表制度問題があるように思います。

この際、参加校を30校程度に削ってしまったらどうでしょうか。

選挙における1票の格差は大いに問題にされますが、こと高校野球における地域格差は表だって問題にされることはありません。

端的にいえば、地方によって参加校の数に大きな開きがあります。上は神奈川県の200数十校から下は山陰地方の20校台と驚くほどの違いがあります。なのに、それらに対等な1代表を与えるのはどう考えても無理があるといえます。

ですから、参加校の少ない地方は2県から1校の代表にするなどの“改革”をする必要があります。また、東京都と北海道の2代表は1代表に減らすべきでしょう。

いずれにしましても、代表校数を30程度に押さえることで日程的には大分楽になると思います。で、その余裕が出来た分で準決勝前に1日休養日を作るというのはどうでしょう。

事実、私の地元の大会は、1学期末の終業式にあたる7月20日と準決勝前日の2日間は休養日に充てています。こうすることで幾分でも選手への体力的な負担が軽減できるのではないでしょうか。

あと、セルジオさんが(2)でおっしゃっている「チーム格差の是正」はどうなんでしょう?

確かに氏が指摘されるように、高校間でレベルの差が生じることは参加4000余校全てに機会が均等に与えられていない、ともいえるのかもしれませんが、そんなことをいい出したらキリがないような気がします。

それこそ悪しき平等主義がはびこる結果にならないとも限りません。

それに対するひとつの提案をある掲示板で見かけました。それがどこかということはここには書きませんが、そこには「春の選抜大会は1校単位ではなく、各都道府県内の高校から選りすぐった選手による都道府県“選抜”チームを作り、争ったらどうか?」というようなことが書かれていました。

なるほどこうすることで、チーム力に頼らない個人による全国大会参加への“機会”をはかれるかもしれません。個人的には検討の余地がある提案であると思います。

いずれにしましてもここまで83回続いてきた大会が今後80数回もこれまで通り行われる、という保証はどこにもありません。良かれ悪しかれ様々な局面で“改革”を迫られることだろうと思われます。

その場合、個人的に望むことは決して「改悪」だけはして欲しくない、ということです。

「1県に1校の代表枠を与えよう!」という改革はいつの時点で誰が提案したのかは知りませんが、私が考えるに、それは明らかな「改悪」であったと思います。

国会議員の数を削る案は何度も出ますが、一向にそれが実施される気配はありません。ことほど左様に、一度増やしてしまった数を減らすのは並大抵のことではありません。

果たしていつの日にか、スッキリとスリムになった高校野球の姿を見ることが出来るのでしょうか?

【本日の素朴な疑問】:なぜか、交代した選手のところには、替わり端必ずボールが飛んでいくような気がします。あれはどういうことなんでしょうかね。それとも確率的にはそれほどでもないにも関わらず、そう感じてしまうだけでしょうか?