| ■ 2001/07/13 野球は推理のスポーツ? |
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今年もいつのまにかこんな季節になってしまったんですね。え? 何の季節? それは高校野球の季節です。 既に地区予選が開幕しているところもありますが、私の地元では今日からプレイボールです。参加する高校の数は【174】。全国有数のマンモス大会です。また、ただ単に参加校が多いということだけでなく、出場チームの顔ぶれも実に多彩で層がブ厚く、その点でも全国有数の大会といえそうです。 最近野球といえば、イチローをはじめとする日本人選手の活躍もあり、どうしてもアメリカのメジャーリーグばかりに焦点が当てられています。ま、それも致し方ありません。何しろ日本人選手が想像以上の活躍ぶりなのですから。 しかし、私自身はメジャーリーグにも日本のプロ野球にもほとんどといっていいほど関心がありません。ですから、テレビで試合を観ることも皆無です。それでも、イチローの活躍は嫌でも目から耳から入ってきます。なぜなら、彼らの一投一打は逐一ニュースで流されるからです。 でも、どうなんでしょう? ああしたニュースでの取り上げ方は本当の野球好きに対しては適切といえるのでしょうか。 これは詩人の清水哲男氏でしたか、ある日の全国紙にその旨の指摘を寄稿されていました。 それによりますと、「野球とは本来頭をフルに働かせ、その推理を楽しむスポーツである」と説かれています。しかし、テレビの出現により、解説者がご丁寧にも全て解説してくれるようになり、その結果、観る人の“推理能力”は著しく退行してしまった、と嘆かれています。 さらには昨今のイチロー・ブームにより、試合そのものさえ観ることを全くせず、打った瞬間や空振りした瞬間だけがテレビ画面から流され、結果だけをデジタル・データのごとく受け取るだけの人も増えています。 つまりは、本来、野球というスポーツはその結果に至るまでの過程を楽しむべきものなのに、ニュースではその一番おもしろい部分は完全にカットされてしまっているというわけです。それを清水氏にいわせたら、「それはもう野球本来の楽しみ方ではない」ということになるのかもしれません。 高校野球のことを書くつもりが、はじめから話は脱線し、それがメインとなってしまっています。でも、これもまた良し? 冒頭にも書きましたが、私はメジャーリーグやプロ野球には関心がない代わりに、高校野球にだけはなぜか毎年血が騒ぎます。それも、甲子園での全国大会よりも地区大会が好きです。 幸い、私の地元の大会は地元のUHFテレビ局によって連日放送されます。そんなわけで、優勝校が決まるまで地区大会の放送からは目が離せなくなりそうです |