| ■ 2001/06/09 国立大付属小児童殺傷事件 |
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昨日(8日)の白昼、大阪池田市の小学校で起こった児童殺傷事件(「ウィキペディア>附属池田小事件」)は今朝の新聞各紙でも大きく扱われています。 各紙の一面コラムや社説は、この事件を断罪する論調で貫かれています。もちろんそれは当然で、許されるはずもない事件であることには疑う余地もありません。 ただ、それを改めて私が繰り返しても意味がありません(?)ので、そうしたことは重々承知した上で、敢えて私は別の側面に光を当ててみたいと思います。 私が今回の事件を知ったのは早くなく、確か夕方のニュースによってであったと思います。もちろん、最初はどこの小学校かもわからないわけで、「地方にある“普通”の小学校で起こった惨劇だろう」ぐらいの感覚でいました。 しかしほどなくして、それが大阪・池田市にある国立大阪教育大学付属小学校(「ウィキペディア>大阪教育大学附属池田小学校」)であることを知りました。 変な話ですが、私の意識はそれを知った時点で少しズレ始めました。惨劇自体をちょっと脇へ置く形で、「国立大学の付属小学校か、、、」と意識はそっちへ流れて行ったのです。鼻を垂らしながら校へ通っていた私(注意:ホントに鼻を垂らしていたわけではないですよ(^.^; 一つの比喩ですので念のため)などからすれば、国立大の付属小学校なんて雲の上のそのまた上といった存在に思えます。 新聞記事にあった、亡くなった小学生の将来の夢にしても、小学1、2年生にして既に「スペースシャトルを造りたい」とか「眼科の医師になりたい」など具体的でハイ・レベルです。まさにエリート街道まっしぐらで、将来は市民の血税を 一方、エリート・コースへ我が息子・娘をのせたと安心していた親の心境はいかばかりでしょう。 今回、幸いにも被害に遭わなかった同校の保護者は、一様にホッと胸をなで下ろすと共に加害者である犯人への でもしかし、哀しいかな、犯人である彼と“善良な市民”と思っている私たちの間にはほとんど差がないように、私には思えるのです。 私たちは、常に危なっかしいところ立っていて、日常的にはどうにかこうにか間違いを起こさずにやり過ごしていますが、だからといって地にしっかりと足をつけているわけではないのです。 その絶妙なバランスはいとも簡単に崩れやすく、気が付けば自分自身が凶悪犯と呼ばれるような凶行に及んでしまうかもしれない、といった危険性を いささかトンチンカンな話に終始してしまったかもしれません。 いずれにしましても、今回の事件を契機に、学校の安全対策の不備を指摘するような安易な“学校批判キャンペーン”がマスメディアを中心に展開されないことを祈りたいと思います。 【本日の豆エピソード】:小学校の頃、どんな夢を持っていましたか? 私は何のきっかけか、大人になったら化学者になって“死なない薬”を造りたいと思っていたのでした。それは自分が死にたくないということよりも、両親にずっと生き続けてもらって、自分を養っていって欲しい、という願望からだったかもしれません。その両親も既にこの世になく、夢は叶えられずに終わりました、とさ。 |