■ 2001/05/09 真作と贋作

このところ、画家・カラヴァッジオ(→ 本サイト内関連ページ)について書くことが多くなっていますが、今日もまたちょっとばかり書いてみようと思います。

それは、今日の日経新聞最終面の「文化」欄に彼の作品が載っているからです。

『聖マタイと天使』(1602年 油彩・カンヴァス 296.5×189p ローマ=サン・ルイジ・ディ・フランチェージ教会)という作品がそれです。真っ暗な背景の前にいる聖者・マタイのもとに天使が現れ、今まさに啓示を与えようとする場面(?)が描かれています。

大胆な構図と、カラヴァッジオの独壇場ともいえる、ドラマティックな光と闇の表現がいかんなく発揮された作品です。

ところでこのカラヴァッジオですが、私が彼の作品を直に観たことがあるのは過去に数度です。

その内の一度は、上野の国立西洋美術館・大展示室で観た『キリストの埋葬』でした。

画集でその絵のデータを確認してみると、縦が3メートル、幅が2メートルほどとあります。が、それを美術館の壁に掛かった状態で観たとき、とてつもなく巨大な絵に見えたことを思い出しました。そしてそこに描かれた一人ひとりの人物が何とリアルだったことか。

「自分には到底こんな絵は描けないな、、、」と感じたのを今更ながら思い出します。

また、一度は、カラヴァッジオの作品を観た気になった経験(?)をしたもあります。それがどこでの美術展だったかは忘れてしまいましたが、そこに“カラヴァッジオの作品”がかかっていたのです。

その頃からカラヴァッジオは大好きな画家でしたので、「おお、これがカラヴァッジオの作品かぁ!」と食い入るように視ました。『聖女マルタとマグラダのマリア』(97.8×13 2.7p)とタイトルされた作品です。

ところがです。

あとになって、その作品のデータをよくよく調べてみますと、そこに展示されていたのはカラヴァッジオの元の作品を「コピー」したものであったことがわかりました。つまり、直筆の作品ではなかったのです。詳しいことは忘れてしまいましたが、昔にコピーが描かれ、その後真作のほうは失われてしまっているようです。

それにしても、コピー作品を視て感服してしまった自分というのは何なんでしょう。かなりいい加減です。

『裸の王様』というお話に出てくる大人たちと同じで、真実を見抜く力がなく、既成観念からしか物を見極めることができずにいるわけですから、、、。

ただ、聞くところでは、美術作品の中には“贋作”(がんさく:にせものを作ること。また、偽の作品=広辞苑)と呼ばれるいわゆるコピー作品や画家の様式を巧みに採りいれた偽の作品は少なくないようです。さらに、それと知らず、美術館に展示されたそうした贋作を感心しながら鑑賞すいるという例も珍しくないようです。

そういえば、そうした贋作作家を描いた、オーソン・ウェルズの作品に『フェイク』(「YouTube>Orson Welles "F For Fake" Trailer」)というのがありましたっけ。

ただ、逆の考え方もある気がします。

それは_「ならば、本物だけが価値があるのか?」といった考え方です。

有名な画家の手になる作品であれば、たとえそれがどんな駄作であったとしても傑作扱いしてしまうとしたなら、それはそれで“真実”を見る目を持たないことになってしまうでしょう。

いずれにしても、自分だけの価値基準で物を見ることは、簡単にできそうで、とても難しいことなのかもしれませんね。