■ 2001/04/16 北川悦吏子の『ラブストーリー』

4月は番組改編の時期に当たります。テレビもこの4月から続々と新しい番組がスタートしています。

私は、新聞のテレビ番組表を見て面白そうな番組を見つけては、その番組を観たりしています。ただ、このところの傾向として、テレビ・ドラマというのはほとんど観ていませんね(※海外ドラマは別)。

テレビのドラマというのはだいたいが連続もので、1回でも見逃すと話の筋がわからなくなったりします。また、ストーリーそのものを追うのが面倒なせいもあり苦手なのです。

しかし、そんなドラマ苦手人間(?)の私が、昨夜、珍しく新番組のドラマを観ました。そのドラマとは_『ラブストーリー』(TBS/日曜21:00〜21:54※第1回目だけは〜22:24まで放送)です。

新聞テレビ欄の番組紹介記事を見て興味を持ったからです。

ドラマの主人公は、スランプに陥って2年間作品を書けずにいる流行作家・永瀬康(=豊川悦司)と、その彼の担当に抜擢された出版社の契約編集者・須藤美咲(=中山美穂)の二人です。

私がそのドラマのどこに関心を持ったかといいますと、作品が書けずにいる主人公である作家に対してです。

紹介記事によれば、書けないばかりでなく、かなり人間的にも問題がありそうだったのです。私は変わった人、いわゆる変人が好きなため(^.^; そのドラマも観てみる気になったのでした。

で、その第1回を観た感想ですが、、、正直いって予想外れでした。面白くないです。

まず何といっても、私が期待していた作家の変人ぶりが期待ほどではないことにガッカリしました(←そんなことを期待してドラマを観る私の方が変人?)。

また、ストーリーの展開も、「いかにも」といった感じで、新鮮味が全く感じられません。脚本を担当されているのは、北川悦吏子きたがわえりこさんという売れっ子の脚本家、駄そう、、、? イヤ、だそうです。もしかして、彼女自身が“スランプ”状態だったりして。

民放のドラマは視聴率の目標数字がまず先にあり、それを逆算する形でストーリーを作り、キャスティングしなければならない宿命上、どうしてもああいう出演者やストーリーに落ち着かざるを得ないのかもしれません。

あるいは、そういうもの、つまり視聴率を当て込んだ制約を全て度外視して「あなたが本当に書きたいものを書いてください」という要求をしたなら、もっと違った作品が書けるのでしょうか?

私個人の希望を今回のドラマに当てはめてするとすれば、書けずに悶々とする一人の作家の生き様を描いたような作品を観てみたいです。それもありきたりな描き方ではなく、半ばドキュメンタリーのように描いて欲しいです。

これはかなり以前の作品になりますが、『アマデウス』という映画がありました。かの天才作曲家モーツァルトを扱った作品です。確か、その年のアカデミー賞の各賞(※作品賞、監督賞:ミロス・フォアマン、主演男優賞:F・マーリー・エイブラハムを受賞、らしいです)を受賞しているはずです。

私はその作品のLD(=レーザー・ディスク)も持っていたりするのですが、その中で私が好んで観たいシーンというのは、モーツァルトが心の均衡を失い狂気じみてくる箇所です(「YouTube>Amadeus Amazing Scene!」)。

テレビ放送の場合は番組の編成上難しいとは思いますが、1クールとか2クールといった連続ドラマ回数枠のようなものを取り払って、その都度ストーリーに見合った放送回数にしてみたらどうなんでしょうね。

今回のドラマでいえば、全部で11回の放送が予定されているそうです。11回×約54分−CM時間でも収まりきれずに削りに削ってやっと収まるほどの濃〜い内容でしたらいいですけれど、2、3回で済んでしまう内容を薄めに薄めて11回分に引き延ばすのだとしたら、観ている方は白けてしまいます。

旬のタレントさんを主な配役にポンポンポンと当てはめて、あとは売れっ子の脚本家さんに任せて一丁上がり〜、、、なんてことはないでしょうね?

今後はネットのブロードバンド化が進んで、それぞれが自由に番組を選んで観ることができるように変わっていくのかもしれません。その場合、地上波につきものだった“視聴率”といった制約がなくなり、より自由で個性的な番組が観られたら、いいですけれどね。

【本日の豆夢想】:才能のある個人が数分程度の動画コンテンツを作り、それを楽しみ合う環境が生まれたらいいなぁ、、、。