■ 2001/04/15 レオナルド誕生|大田垣晴子さん

私のサイトからもリンクを張らせてもらっています「おんがく日めくり」ですが、今日4月15日の項には「天才芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ誕生」(1452〜1519年)と書かれています。

そうなんですか。今日がレオナルドの誕生日なんですね。今更ですが、レオナルドとは、あの『モナ・リザ』「YouTube>Mona Lisa Leonardo da Vinci Louvre」)を描いたことでも知られるイタリアの画家です。

彼の場合、よく「万能の天才」といったいわれ方がされますが、このいい方はどうなんでしょう? これは私個人の感じ方かもしれませんが、レオナルドに天才という冠を載せるのはちょっとばかり違和感があります。

というのも、天才という言葉の響きに、私はある種の「はかなさ」を感じるからです。それは「生のはななさ」にも通じます。つまり、若くしてこの世を去った(遅くとも40歳未満)才能人にこそふさわしい呼称だと思うのです。

ですから、67年の生涯を全うしたレオナルドには「万能の巨匠」という冠がふさわしい、と思うのですが、いかがでしょうか?

あと、レオナルドというと、晩年に描かれた自画像の影響もあって、「禿げた頭のヒゲを蓄えた老人」のイメージばかりが強いのですが、彼の伝記などを読みますと、若いときは大変な美男子であり、なおかつ大変な美声の持ち主でもあったようです。

同じような事は、逆の意味で、ラファエロ(ラファエロ・サンツィオ|Raffaello Sanzio 1483-1520:レオナルドやミケランジェロと共にイタリア・ルネサンスを代表する画家)("CGFA- Raphael")にも当てはまります。

どういうことかといいますと、彼の場合はレオナルドと逆で、ごく若いときの自画像のイメージだけが強く残っています。

しかし、晩年(といってもラファエロは37、8歳で亡くなっています。まさに天才のイメージにピッタリ)には黒々としたヒゲを蓄えた自画像も残されていて、何となくイメージが狂います。

現代でいうと、それは「資料写真」でしょうかね。

新聞や雑誌などに載る著名人のその種の写真で、なぜかいつまでたっても若い頃の写真ばかりが使われている、といった例が少なくないように思います。それは、「写真の中だけでは年を取りたくない」といったせめてもの抵抗の表れ、なのでしょうか?

でもって、亡くなったあと封印を解かれた(?)リアルな写真を見たら、エラくお爺さんやお婆さんにおなりになっていて、思わず腰を抜かしたり、、、f(^_^;)

例によって例のごとく、話が横道に逸れてしまいました。

今、東京の国立西洋美術館では、イタリア年を記念した企画展「イタリア・ルネサンス 宮廷と都市の文化展」(2001年3月20日〜7月8日 ※月曜日は休館)が開かれています。そこには、レオナルドやラファエロ、ミケランジェロの作品も展示されているようです。

いずれにしましても春の陽気の中、上野の杜を散策がてら、イタリア・ルネサンスの絵画に触れてみるのも一興かもしれません。


今日も今日とて暇にまかせて(?)朝日新聞をペラペラとめくっていたところ、な、なんと(←ちと驚き過ぎか?)、大田垣晴子おおたがきせいこさん(「オオタガキ セイコ ホームページ」)が載っているではありませんか。しかも、お写真付きで。

彼女自身が描くイラストでだいたいのお姿はイメージしていましたが、写真を見たのは初めてです。で、その新聞の写真を載せようと思いましたが、やめまして、代わりにその写真を元に私が描いた彼女のイラストを載せることにしました。

大田垣晴子さんのイラストは→こちらです(^-^)

驚いたことにといいますか、当たり前といいますか、彼女は自身が描くイラストのイメージそのままでした。

私は、彼女が書いた『わたくし的読書』メディアファクトリー)という本を持っていたりします。それがとても面白くて、彼女の名前が記憶に残り、以来彼女の隠れファン(?)だったりしているのです。

その本の帯には次のようなキャッチ・コピーが書かれています。

セイコは、ゆるゆる。趣味的 本の採集人生

何となく本の内容が想像、、、できますか? そこには彼女独特の「ちから〜の抜けた〜」文章(すべて手書きの文字印刷)とイラストが満載されています。

でもって、たとえば「女であること」という項目には、「子供のころ立ちションをしたかった。うまくいかなかったけどね。しーっ」という“解説”がつけられた、和式トイレで立ちションを試みる幼き日の大田垣さんの後ろ姿(?)のイラストが載せられていたりします(^_^;

他にも、彼女のこだわりが感じられる文章とイラストがいっぱいです。何度見ても面白くて心楽しくしてくれる一冊です。

その彼女が新しい本を出すということで、今日の新聞の「著者に会いたい」のコーナーで紹介されているのでした。

見出しには「観察するほど日常は楽しい」とあります。そして、肝心の新著のタイトルは『ふつうのファッション』(大田垣晴子 著/メディアファクトリー/定価1000円)というそうです。

インタビューを交えた記事によれば、今回も彼女の「こだわり精神」は健在のようで、「電車で乗り合わせた人のつり革のにぎり方」「人気ラーメン屋に行列する人」など普通の人なら見過ごしてしまいそうな日常のディテールにこだわっているようです。

項目は全部で50。その中には、渋谷のコギャル・ファッション(既に希少種になりつつある?)やフリーマーケット出店者の髪型別分類などなどが、例によって彼女自筆の文章とイラストで綴られているようです。

銭湯で女性の下着を観察したときは、「さーて、パンツを脱ぐか」という状態で脱衣場をうろつき、ロッカーの中のメモ帳にこそっと記録。あやしい客だったかもしれません。

、、、などという彼女の裏話も記事の中で紹介されています。「そこまでやるかぁ?」という感じですが、これこそが大田垣さんならでは、といったところなのでしょう。まさに彼女の独壇場。もしかして、貴女のパンツも観察されていたりして。銭湯を利用している人はこの際、記憶の糸を辿ってみましょう?

そもそもは、彼女が美大で民俗学を学んでいた頃、時代と共に失われていく運命にある職人の仕事や伝統などを記録しておきたい、といった思いから始まった“採集作業”であるようです。それが、その作業自体の面白さに目覚め、今につながっているようです。

で、今現在彼女が密かに注目しているのは_「男の子のおそろいファンション集団」だそうです。これもその内まとまった著書となり、書店に並ぶことになる、かもしれませんね。

以上、新聞文芸欄の「著者に会いたい」というコーナーの話題について書いてみましたが、そのコーナータイトルそのままに、私も今回の本の著者である大田垣晴子さんにはお会いしてみたいです〜(^-^;

【本日の豆思考】:あなたは何に「こだわり」がありますか? 私の場合は何にこだわっているかなぁ? う〜ん、、、あ、そだ。コーヒー・カップの置き場所とかにこだわっているかも。今もキーを打ちながらコーヒーを飲んでいるのですが、いつも決まった位置にカップを置いたりしますね。これも、こだわりといえるのかな?