| ■ 2001/03/22 闘牙 VS 闘牙? |
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一昔前まで「特殊効果的な画像の加工」は大変な作業だったようですが、近年ではデジタル技術の登場により、画像の加工処理技術は飛躍的に向上しているようです。ま、私自身はその技術を応用することはありませんが、個人レベルでも簡単に行えるものなのでしょうか? そういえば一昔前、私が8ミリ・ムービー(※8ミリ・ビデオではない点に注意)で遊んでいた頃のアマチュアによる“特撮”は実にアナログチックなものでした。 たとえば→「一つの画面に同じ人物を双子のように写す方法」。 これは2重撮りをします。具体的には、まずカメラ・レンズの前半分だけに黒い紙を貼り付け最初の撮影をします。このあと撮影した分だけフィルムを巻き戻します。続いて今度は、さっきレンズを覆っていた紙を反対側に貼り付けて撮影します。こうすると、別々に撮影した画面があたかも一つの画面のように見える、という理屈です。 なんとも「アナログ〜♪」でしょ? (^_^; デヘデヘ 同じことは、8ミリ・ムービーだけでなく、普通のスチール写真でも応用できます。こういうのを専門的には(?)多重露光といい、夏の風物詩の花火の撮影などでも応用されています(→ 本サイト内関連ページ)。 とここまではアナログ・テイスト漂うテクニックについて書いてきたわけですが、現在はデジタルの技術の急速な進歩により、そうしたことが実に手軽に行えてしまっているようなのです。 そんな諸々のことが頭の片隅にあったせいか、今日の朝日新聞・スポーツ欄のある写真を見て、思わず「コレ、合成写真?」と思ってしまいました。 どんな写真かといいますと_いよいよ後半戦に入り優勝争いが楽しみな「大相撲・春場所」の写真で、「ハーフタイム」という紙面の隅に設けられたコーナーに“問題”の写真は載せられていたのでした。 そこには、“もみあげ”がトレード・マークの その闘牙関が必死の喉輪をかましているのですが、、、アレレ? 喉輪をかまされている相手の力士の方もこれまた“もみあげ”の闘牙関???、、、とわけがわからなくなってしまいました。もしかして、春先の陽気のせいで、私のアタマは完全にやられてしまったのか? で、その写真に添えられた記事を読んで納得し、安心しました(^_^; 実は、そこに写っている“闘牙関そっくりの力士”は隆の鶴関といい、彼も約5カ月ほど前から“もみあげ”を伸ばし始めたのだそうです。 それにしても、似ているのは“もみあげ”だけではなく、身長も闘牙関が1センチ高いだけで、横顔もそっくりだそうです。そうしたこともあってか、二人の対戦に館内は沸き、隆の鶴に「闘牙〜!」と声がかかる、といった一幕まであったようです。 行事もどっちがどっちかわからなくなって、逆の力士に軍配を挙げてしまったりしてね。さらに、土俵下の勝負審判がすかさず物言いをつけたものの、どっちがどっちかわからなくなって、結局「取り直し」になったり、、、てことはさすがにないか? いずれにしても、何かこういうのって面白いですよね(←思わず同意を求めたり)。個人的には、ついこういう些末な部分(?)にばかり目が行ってしまいます。 目を今場所の優勝争いに転じれば、目下のところ(場所12日目終了時点)は、ここまで全勝の大関・ というわけで、優勝の行方も気になりますが、個人的には俄然、闘牙関と共に鶴の鶴関の存在も気になり始めました。今度、十両の取り組みも観てみよっかな。 【「日々の独り言」の中の独り言】:よく、自分に似た人が世の中に○人はいる、とかっていいますよね。私も高校時代、「○○に似ているのが下級生にいるぞ」といわれて、その下級生を“確認”しに行ったことがあったっけ。私としては、そんなに似ているとは思わなかったけど。ちなみに私は、『青葉城恋歌』を歌ったさとう宗幸さんに似ているといわれています。いえ、顔ではなく声が(「YouTube>SATO MUNEYUKI - AOBAJO KOIUTA 〔青葉城恋唄〕」)。顔はあの画家・カラヴァッジオ(本サイト内関連ページ→ 1・2)に似ています。ただし、ヒゲだけ〜♪ |