| ■ 2001/03/03 串田老人|リクエスト更新 |
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私は、高校生の頃に抱いていた、自分にとってのある「理想的なイメージ」があります。 「明日の朝目が覚めたとき、自分が老人になっていたらどんなにいいだろう」 というものです(私は浦島太郎か?)。 世間一般に、高校生という思春期真っ盛りの時期の若者は将来の夢に溢れ、といった若者像を描きがちです。事実、昔といわず今といわず、夢に溢れた若者は多いと思います。というよりも、それが大多数かもしれません。 しかし、私は何故か、その頃から将来に対する夢は持てずにいました。 第一、長い年月を積み重ねて老人といわれる年代まで一日一日を過ごしていかなければならい事が、どうしようもなく苦痛に思えたのです。今現在も、私自身がその老人になるまで生き続けなければならないという現実は、苦痛でしかありません。 そうした考えがあるせいか、最近になって、世の中の老人が妙に“偉大”に思えてきました。 苦しくつらい時と同じくらい、何にもない平凡な毎日を積み重ねてやっと老年にたどり着いているわけですから。果たして私でさえも、世間一般から見て、違和感のない老人(?)になれるのでしょうか? 今日の産経新聞の生活欄に、串田孫一(くしだ・まごいち 随筆家、詩人、哲学者。大正4年11月東京生まれ。東大文卒。昭和40年まで、などで哲学を講じ、退職後は30年間東京FMで音楽番組を引き受ける。趣味は音楽、絵画。紫綬褒章を受章)さんについて書かれた記事が載っています。 現在のお年は85歳。この方も立派に年を重ねた老人です。 その記事に添えられたポートレイト写真は、書斎で目を細めて煙草の煙を ここで話が脱線してしまうかもしれませんが、手元に朝日新聞の切り抜きがあります。『吉本隆明TVを読む』と題された連載コラムです。その回の見出しは「人は暗いうちは亡びない」で、次のような一説が綴られています。 NEWS23が幸福論シリーズというのをやっていた。ボランティアで引きこもり気味の若者を引き出し、デート役を世話する「生きたホスピスグループ」があることを知り、薄気味悪く啓蒙された。わたしだったら逆に、大いに引きこもれ、と言いたい。この世に引きこもらないで専門的になり得るような職業は何一つ存在しないからだ。 個人的には「この世に引きこもらないで専門的になり得るような職業は何一つ存在しない」の部分が気に入って切り抜きをしたのだと思います。もちろん自己弁護に過ぎなかったりするわけですが、他方、その言葉がひとときの勇気になったりすると感じたからです。 話を“串田老人”に戻しましょう。 串田さんは今でこそ書斎に落ち着いていますが(?)、若い時分には山岳から何から、盛んに活動をしたようです。しかし、年を重ねるにつれて家の中で過ごす時間が長くなり、今現在は家中の板の間と風呂の掃除が日課になった、と書かれています。 毎日午後4時から2時間かけて掃除するのだそうです。その串田さん曰く、 板の間をはいずって掃除するのは面白いですよ。家にいても小さい発見があるんです。だから、退屈なんていうものとはおよそ無縁ですね。 年の若い私よりもはるかに若々しい、、、串田老人です(^_^; そうやって板の間を磨きながらも思索を重ね、これまでに著した著書は400冊だそうです。 【「日々の独り言」の中の独り言】:自分の手相をみると、そこそこ平均寿命までは生き延びそうだ。どうやって残りの生をやり過ごそうか、、、(-_-;) 土曜日ということで、今日はまず、私がいつもリクエストしていますFM『サンセット・パーク』宛のリクエスト・カードを紹介するページを更新しました。 今週はリクエストはしていません。コメントのみです。ですから、正確にはリクエスト・カードではなく“コメント・カード”とでもいうべきかもしれません。ちなみに番組では読まれませんでした。 →→ 《今週のリクエスト・カード》ところで、放送を聴いて、私がある勘違いしていたことに初めて気がつきました。ま、私にとっては、日常茶飯事で、珍しいことではありませんが。ともあれ、どこをどう勘違いしているかは、該当ページにてご確認ください。 |