| ■ 2001/02/27 どんより|談志「21世紀」 |
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時折寒の戻りがあるとはいえ、ひと頃の厳しい寒さに比べれば、大分楽になってきましたね。 「早起きは三文の得」ではありませんが、私は、毎朝早く起きることだけは最低限自分自身に守らせています。もっともそうする理由の一つには、朝のテレホーダイ・タイムを有効に利用する、という現実的な事情があるからですけれどぉf(^_^;) 実は他にも、最低1週間に一度は部屋の掃除をする、というのも自分に課していた、、、ハズですが、こちらの方は最近滞りがち、、、というよりも、新世紀になってからまだ1度も掃除機をかけていない状態です。こりゃ、いかん。 ま、それはともかく、早起きを旨とする私にとって、少しずつ気温が上がってきているのは何よりです。 ただ、そうして早く起きたからといって三文分の得をしているのかといえば、そうでもなさそうです。それに、いざ起きるときにしても、最近は自分で自分に気合いを入れないと、布団からも出られません。どうやら“やる気指数”が限りなく低下しているようです。 どんなに天気が良くて、綺麗に晴れ上がった空の朝でも、私の心模様はどうにも芳しくありません。どんよりとしたままです。 それで、どんよりしたままに、どんよりと布団から起き出します。そして、どんよりとパンでも だから、私から生み出される文章はどれも、どんよりしてしまうわけです。 で、これを書き終えたら、今度はどんよりとカンヴァスに向かおうかなぁ、、、などと、どんより思いを巡らせています。 ここで話は突然変わりますが、絵を描くための部屋であるアトリエには、北面の窓が適しているそうです。 何故かといいますと、東・西・南に比べて、最も光の質の変化が少ないといわれているからです。東向きの窓から差し込む光というのは、午前中は光も豊富でいいのですが、午後になるとその光量は減ってしまいます。それが西向きの部屋の窓では、性格が逆になります。 「北向きがいいというのなら、南向きでも大差ないのではないのか?」という疑問も沸いてくるかとは思いますが、昔から何故か「北がいい」ということになっています。そこには、光の要素以外の条件も含まれているのかもしれません。 ちなみに私の部屋は、北東に向いた小さな窓があるだけです。そもそもが窓は閉めきりの生活で、もっぱら人工の光を頼りに描いています。 しかし、こんなことではいけない、と思い始めています。 北に開いた窓の大きな磨りガラス越しに光が差し込む広いアトリエで、大きなカンヴァスを前に絵を描いてみたい、、、というのが私が思い描く“夢”です。 第一、狭い部屋では、自分自身の全身像を鏡に映すこともままなりません。しかも、天井の蛍光灯が唯一の照明では、汚い陰が顔のそこここに生じてしまいます。 そんなこんなで、今の状況をガラリと換えて、今のどんよりとした感情からもオサラバしたいところ、、、なんですけれど、ね。 【本日の豆知識】:股掻いて、、、? イヤ、また書いてしまいますが、かのレンブラント(私の敬愛するオランダの画家)は晩年、名声と同時に全ての財産も失った、といわれています。それで、それまでの豪邸から、屋根裏部屋のようなところへの移住を余儀なくされました。それでも彼の制作意欲は衰えませんでした。というよりも、そうした困窮の中にあってこそ、彼の作品は輝きを増していきました。「部屋がどうの、、、」と部屋のせいにしていちゃいけませんね。 今週もやって参りました。火曜日です。ということで、私のサイトからもリンクを張らせてもらっています「立川談志の世相講談」が更新されています(火曜日に定期更新)。 今週のお題は_「21世紀」です。 「21世紀ぃ? そんなもん、ズバッといわせてもらえば、どうにもならんですよ。個性の尊重だか何だか知らないけど、所詮は人間のエゴ。昔は『無理が通れば道理が引っ込む』ではないですけど、無理が通りましたよ(※本来は「無理な事が行われれば、道理にかなった事は行わなくなる(=広辞苑)」の意味でしょうけど、アタシにいわせりゃ、道理なんてどうでもいいですよ。今こそ無理が必要なんです)。それじゃ、何でそれが通らなくなったか? 教義、ルールが重要視されなくなったからですよ。それもこれも全部、みんながありがたがっている文明の余波。21世紀、間違いなく滅びます!」 |