■ 2001/11/12 1人1日1個

本日が新聞休刊日だからというわけでもありませんが(少しはあるかも、、、)、昨日の朝日新聞に載っていた記事について少し書いてみることにします。

作家の角田光代かくたみつよさんが新聞の書評欄に書かれた「本と一緒にあるくのだ」というコラムがソレで、副題(?)には「1人1日1個でいきたい」とあります。

私はこの副題に目がいき、気になり、読んでしまったのでした。

どんなことが書かれているのかは、その冒頭部分を読んでいただければわかると思いますので、その部分を以下に引用させていただきます。

「元来、1日1人ひとつだと思う。1人が買っていいティッシュの話じゃない、人が、きちんと何かをするのに必要な時間の話だ(角田光代)」

現代は便利になって、その分自分ですべきことが減ったかといえば、現実はその逆です。便利になればなるほどやらなければならないこと、言い換えれば、やらなければと思わせられることはむしろ増えていきます。

コレ、どこかで大きく矛盾しています、よね?

今思い返してみると、自分が子供をしていた頃は、自分の身の回りには時間が溢れていた(?)ような気がしますが、コレ、多分にノスタルジーが入っているでしょうか?

私は学習塾といったたぐいには縁がなく、通った塾も習字や算盤そろばんぐらいのもので、それさえも途中でやめてしまっています。朝起きたら学校へ行き、学校が終わったらあとは自分の時間。大雑把にいえばそんな感じでした。

そんな私の子供時代に比べると、現代は大人も子供もやるべきことが日常に溢れています。毎日、「アレもしなきゃ、コレもしなきゃ」と追いまくられるように生活しているような気がしないでもありません。

で、その分生活の密度が濃くなっているかといえば、そうでもありません。全てが中途半端な感じで、充実感は反比例するように薄まっています。

たとえば、好きで聴いているハズの音楽について考えてみてもそうです。

現代は、一昔前までとは比べようもないほど、次から次に新譜が発売になります。その販売の“回転速度”は、昔のレコード盤と現代のCDとの違い、あるいはそれ以上(?)です。

私はかつて、NHK−FMのリクエスト番組「サンセット・パーク」(※現在の番組名以前は長年FM「夕べの広場」で通っていました)に毎週のようにリクエスト・カードを出していました(→ 本サイト内関連ページ)。

番組にはいわゆる常連リクエスターと呼ばれる一群のリスナーがいて、中でも剛の者(?)は月曜日から金曜日のほぼ全ての曜日にカードを送ってきます。私はとても彼らのような真似は出来ず、1週間の内の一つの曜日(主に外国の曲をかけてもらえる曜日。2001年度現在は金曜日)だけに的を絞ってカードを1枚出すのがせいぜいでした。

それでも、1週間が経つのは早く、せかされるようにカードを出していた憶えがあります。

現在、リクエストの方は不定期になりました。毎週リクエストすることに自分で疑問を感じたからです。

第一不自然です。

はじめにリクエストするという行為があって、それにリクエスト曲を合わせていたわけですから。本来あるべき姿は、その逆であるハズです。はじめにリクエストする動機がこなければおかしいです(リクエストの“目的”が他にあるのなら話は別ですが??)。

それはともかく、現在は半年に1回とか、思い出したときにリクエストするようにしているわけですが、この方が1曲のリクエストに対するある種の思い入れは断然違います。

何だか話はあらぬ方向へずれてしまっている気がしないでもありません。ちょっと元へ戻しましょう。

結局は、角田さんがお書きになりたいことも、多分同じようなことなのではないかと思います。たとえば「1日1つのこと」をすることが実は豊かな生き方ではないのか、ということです。

角田さんのいい方を借りれば「いそがず、あわてず、てんぱらず、比較せず、否定せず、今という刹那(せつな:〔梵語ぼんご kusana の音写〕極めて短い時間=広辞苑)を、いつくしみ肯定し、未来も過去もあとまわしでそこにとどまる」といった身の処し方ということになりそうです。

言うは易く、ではありますけれどね。ふぅ〜、、、。