■ 2001/01/27 救急医療

昨夜のこと。「何か観るものはないかなぁ、、、」とテレビのリモコンで番組を切り替えていたところ、とある番組が目に留まりました。

あとで番組名を確認したところ、『スーパーフライデー 巨大病院救命最前線緊急完全密着スペシャル』(TBS系列) / PM19:00〜20:54)というやたらに長いタイトルがつけられた番組です。

ほぼ番組の後半から観始めたので正確にはわかりませんが、それは東海大学医学部付属病院を舞台としたドキュメント番組であるようでした。で、その病院では、全国の病院に先駆けて、ヘリコプターによる救急患者の搬送が行われているようです。

このところ病院がらみの報道といえば、例の筋弛緩剤を点滴に混入させて云々といった信じられないような事件(「ウィキペディア>筋弛緩剤点滴事件」)をはじめとして、マイナスのイメージを持たされるような内容のニュースばかりが耳に入ってきます。

また、私自身も、去年は家族がらみで何度となく病院へは足を運びましたが、あの何ともいえない独特の雰囲気は、何度行っても慣れることはできませんね。

それはともかく、そんな昨今の医療不信に対して、昨日の番組は懸命に医療に当たる医療スタッフの姿を描いていて、再び医療に対して信頼を取り戻させるような内容ではありました。

ただ、いつものことながら、多少ヘソ曲がりのへきがあるσ(^_^)私は、そう思う反面、一抹の“危惧”も感じたりしたのでした。

以下は私の全くの偏見と思って読んでいただけたらと思いますが、医療スタッフの働きぶりが、マイナスの意味での“体育会系”のノリに近いのでは、と感じてしまったのです。この辺の微妙なニュアンス、果たしてどれくらい理解していただけるでしょうか?

緊急の患者を待ち受けるスタッフは、詰め所のようなところで待機しているわけですが、救急隊からの連絡が入ると、「出動!」とばかりに現場にヘリコプターで駆けつけていきます。それは実に頼もしく、実際、ヘリ導入によって何割かの尊い人命を助けることにもつながっているようです。

ただ、そんな若い彼らが、その医療に携わることがものすごい生き甲斐になってしまっているように、私の目には、映ったのです。

例えばの話、私が事故や病気などに遭い、救急隊員によって病院に運び込まれたとしましょうか。そのとき、医療スタッフが私の一命を取り留めるために生き甲斐を持って治療に当たってくれたとしたら、「ちょっと嫌かも、、、」と想像してしまうのです。

私の表現の仕方が適切ではないかもしれません。あるいは、私の感覚それ自体がズレているかもしれません。でも、私は正直、そんな感想を持ったりしたのでした。

あれは何年前になるのか、私はNHK教育であるドキュメンタリー番組を観ました。それは、人間の死を考えるような内容で、沖縄県のある村(町?)の例が紹介されていました。

その地では、患者が亡くなりそうになると救急車を病院から患者の家へ(←「 家から病院へ」ではありませんよ)走らせるのだそうです。現在もそのように行われているのかどうかは確認のしようもありませんが、その番組の中ではそのような事実を伝えていました。

つまりは、病院のベッドではなく、患者自身の家の畳の上で最期を看取らせよう、というその地の風習からそうした措置が行われているのであろうと思われます。

最新の医療技術によって何が何でも命を救うことが大切なのか。それとも、それよりはもう少し緩やかな医療こそが望ましいのか。意見は分かれるところでしょう。私自身も、当然(←強調)、すぐには答えが見つかりそうもありません、けれどね。

【本日の豆エピソード】:フーテンの寅さんでお馴染みの俳優・渥美清さんは、自分の死期が迫っていることを知ると、自分の妻と一人息子にあることを伝えたそうです。「俺が死んだら、親戚にも誰にも知らせずに、お前たち二人だけで俺を荼毘(だび)に付してくれ。そして、全てが済んだ後に知らせてやってくれ」云々といったとか。そこに彼はどんな意味を込めたのでしょうか。本人がこの世を去ってしまった今となっては、確かめる術(すべ)もありませんが。