今日は、天気さえ良ければ、百数十年ぶりの皆既月食を楽しめるそうです。
何でも聞くところによると、月食自体は毎年1、2回は起きるそうですが、皆既月食で、しかも今回ほど規模が大きい(月の欠けている時間が長い)ものは百数十年ぶり、なのだとか。そんなわけで月食について書こうとも考えたのですが、それは余力があったらということで、その前に別のことを書いてみたいと思います。
それは、乙武洋匡さんについてです。名前はご存じですよね? そう。あの『五体不満足』(講談社/1998年10月発刊)の作者です。
今朝の新聞に彼の記事が載っていました。で、個人的には、彼の名前を聞くと反射的に上にも書いた本の表紙を飾る、ニコッと笑った顔を思い浮かべます。当然のごとく、髪の色は黒。しかーし、意外な事実がこの記事には書かれていました。何と彼はその本の出版以前は、髪を金髪にしていたそうです。
これ、ちょっと意外ではありませんか? 個人的には一瞬、ん? とか思ったんですけれど。どうしても優等生的なイメージが、知らず知らずのうちに植え付けられていたせいかもしれません。
出版後黒髪で通していた彼はこの春、髪をまた染めたそうです。今度は前の金髪に代わり、下品ではない程度の茶髪なのだとか。彼は茶色に染まっていく自分の髪を見ながら、心が軽くなっていくのを感じたらしいです。
彼はベストセラーとなった『五体不満足』が出版された以降、どこか心が窮屈になっていくのを感じたようです。その本を読んだ読者からの感想は一様に、「乙武さんの頑張っている姿を見て励まされました。私も頑張ります。本当にありがとう、云々」といった言葉で結ばれていることが多かったそうです。そんな感想の手紙を何通も読まされたら、、、うーん、かなりつらいものがありそうですね。見ず知らずの人間を励ますことができたという自負心と同じくらい、自分はみんなが思っているほど立派な人間じゃない、との思いがあるでしょうし、、、。
彼自身も、「友達と歩きながら毒舌トークをしていても、知らない人に声をかけられるとつい乙武スマイルを返してしまった」と“告白”しています。ま、無理もない話です。
一応、五体満足(?)な人間というのは、得てして障害者に対しては腰が引けてしまうところがあります。特に、身の回りにそうした障害者がいない人はなおさらです。「そういう人にはやさしくしてあげなくちゃ」と頭で考えてしまうのです。
ちょっとプライベートな話になりますが、私の亡くなった母は、いわゆる障害者だったんですよぉ。私を産んだあとから病気がちになり、私の記憶では、いつでも母は病気を背負っていました。私が小学校低学年の時点で片方の目の視力を失い、かすかに見えたもう片方も、私が中学の時になくなりました。全盲ですね。
でも、日常生活はそれなりにこなしているわけで、特別自分の母を障害者と意識することもなく接していました。障害者なんだからやさしくしなければ、なんて気持ちはなくて、平気で文句をいったり、、とかf(^_^) ま、そんなこともあって、私は障害者を特別な目で見る、といったことは、普通の人に比べたら、少ない方かもしれません。ただねー、これは自分の親子関係だからそうなんで、他人だったらまた全然違うかもしれないわけで、、、難しいところです。
彼が髪を茶髪にしたりするのを、昔から彼のことを知っている人は「優等生が無理してタバコを吸っている感じ」と評しているそうです。
でも、これはね。傷害があるないに拘わらず、人はそれと気づかないうちに、他人から自分のイメージを作られてしまうところがあり、また自分も自分で、作られたイメージに合わせた行動をとってしまう、といったことがありがちです。というか、みんなそんな風な感じで日常を生きているような感じもしたり、ですね。でもそうしていながらも、時にはそんな自分のイメージをブッ壊してみたくなり、乙武さんと同じような“試み”をしたりで、、、同じですよ(^.^;
乙武さんが賢いと思うのは、ことさら障害者であることを主張しないところ、、、と私は思っているんですけれど、どんなもんでしょう?