米子硫黄鉱山跡 2010.8.24
●製錬所の隣が社宅という厳しい住環境です。この規模では1500人は無理だろうと思ったら、採鉱現場付近の山中にも、多数の事務所や住宅があったと付記されていました。売店はあっても遊興施設や歓楽街はないので、たまの休みには遠い須坂まで下りたのでしょうか。索道は物資の輸送のために作られたものなので、人は歩いて下山するしかなかったのでしょうか。ある年代からは途中までバスが来ていたかもしれませんが。車のない時代は歩くしかなかったのでしょうね。一番上の採鉱現場の写真は、現在は毒性が高い鉱山なので埋められて見ることができません。索道の方向から大黒沢に二ケ所、大瀑布方面に一ケ所、鉱山があったことが分かります。
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