虫倉神社・虫切鎌の由来 2010.8.13
●清和天皇は、平安前期の第56代天皇。在位 858.10.11-876.12.22 皇后は、藤原高子。清和源氏の始祖。岩倉大納言兼冬の娘、沢潟姫(おもだかひめ)は許婚の源頼光(みなもとのらいこう)の事件で離縁し、後に坂田蔵人時行の奥方となって懐妊しますが訳あって離縁の後、山姥(鬼女)となり諸国を漫遊します。やがて信濃国の安曇郡揚論山の山中で、金太郎を出産。わが子を源頼光公に預けた後、虫倉山(大姥山)の岩窟に隠りました。村びとは子供の守神、延命長寿の神様として篤く信仰しました。虫倉山麓一帯では俗に「虫倉七社(実際は九社)」といって、大姥様を祀る神社が九社あります。
沢潟姫は、『八重桐廓噺』 、通称「嘔山姥」(こもちやまんば)という歌舞伎でも有名です。

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