鞍骨山 その2 2010.1.9

●杉の植林地の陰は積雪が。

●城跡を見上げると、かなり急斜面であることが分かります。

●この道は、鞍骨城跡の南面を巻いて鏡台山へ向かう古道で、大正時代、小学校のキャンプや遠足にも使われた道です。
 
●馬場跡ともいわれる細長い削平地に出ます。こんな山城に馬場が必要だったのでしょうか。正しい山城の構造が知りたいところです。

●掘切を越えて天城山へ戻ります。
 
●倉科将軍塚と妻女山の分岐。先には倉科のMさん渾身の手作りの標識があります。

●天城山北東面巻き道より根子岳・四阿山が見えます。★パノラマ
 
●天城山北東面巻き道。

●登山道は左へ下りますが、尾根を進みます。
 
●灌木に煩わされながら前進。

●ひとつめの清野古墳。小さな石室があります。女性、あるいは子供のものでしょうか。

●さらに進むと…。

●二つ目の円墳。こちらはひどく壊れています。
 
●下って登山道へ。

●林道に合流。
 
●堂平大塚古墳も見たいというので古い山道へ。

●運良く古墳の持ち主のKさんが作業中でした。古墳を見学させていただいてログハウスのデッキでコーヒーを頂ながら歓談しました。
 
●敷地内にある堂平大塚古墳。

●横穴式石室の入口。
 
●高松宮殿下御遊覧の石碑と倉科のMさん作の立派な標識。

●楽しい時間を過ごさせてもらった後で古墳を出発

●林道へ戻ります。ヤマコウバシの枯葉が目立ちます。

●分岐から振り返ると天城山が。ここから林道を下り、長坂峠を斎場山へ登ります。
 
●斎場山へ。

●斎場山古墳。二段の墳丘裾を持つ円墳です。
 
●斎場山山頂(513m)。東の赤松がなければ海津城が見えるのですが…。

●眼下に千曲川。川中島。
 
●斎場山西の御陵願平にある猪のプール。★入った形跡

●泥浴びして躰をこすりつけた木が周りじゅうにあります。
 
●この木は特に猪たちのお気に入りのようです。★こすり木

●大きく二段に分かれた御陵願平。往古にはなにか社があったのでしょうか。この地の産土神として謙信が庇護し、信玄が焼いたという會津比賣神社か。

●斎場山へ戻ります。『甲陽軍鑑』では、誤って西條山と書かれてしまいました。西条山はまったく別の山(松代町西条の高遠山からノロシ山の山域)です。

●斎場山を通過。
 
●右前方に陣場平。遠くに保基谷岳。

●右手には天城山(てしろやま)。堂平大塚古墳は、手前の尾根の向こう側の中腹にあります。堂平という地名は、平安の昔に堂宇があったという言い伝えから。
 
●長坂峠へ。途中に信濃柿の木がありますが、実は小鳥たちに全て食べられた後でした。

●凍結したノケダンの道を下ります。

●妻女山公園駐車場に無事に帰還。

●斎場山や天城山、鞍骨城へは、この看板を見てください。つえは返却無用です。
 
●妻女山展望台から松代・奇妙山を臨む。

●その他の鞍骨城ルポ

06/12/31 妻女山から天城山-鞍骨城往復
08/12/30 象山から鞍骨城-斎場山-薬師山のルポ
09/01/18 鷲尾城跡から鞍骨城跡-御姫山-妻女山
09/03/01 倉科三滝-鏡台山-御姫山-鞍骨城-妻女山縦走
09/04/12 春の鞍骨山、カタクリ、バイモ
09/12/25 千人窪、風雲寺、古峯神社、鞍骨城、地衣類
  ●古墳巡り
■08/12/13 堂平大塚古墳・斎場山古墳・土口将軍塚古墳ルポ
■08/08/10 森将軍塚古墳・大室古墳群ルポ
松代(海津)城址 2006.1.6

●松代城跡太鼓門。★松代(海津)城の歴史

●大正10年建立海津城址の石碑と戌亥櫓台。

戌亥櫓台。桜の季節もいいのですが、冬もまた古城の趣があります。
 
●本丸跡より太鼓門。

●太鼓門表門(橋詰門)から見た松代城下。
 
●前橋より武田別働隊が越えたという戸神山脈。
松代城戌亥櫓台から斎場山・妻女山・千人窪を望む(パノラマ写真)

●天城山(てしろやま)から斎場山、妻女山までのパノラマ。千人ガ窪。★612k
松代城跡駐車場公園から斎場山・妻女山・埴科山脈を望む(大パノラマ写真)

●ノロシ山から高遠山、大嵐山から御姫山、鞍骨山、天城山、斎場山、妻女山(赤坂山)までの埴科山脈大パノラマ。★1MB
妻女山展望台から川中島を臨む (大パノラマ写真) 10.01.16

●妻女山展望台から西-北-北北東の展望。茶臼山・川中島・富士ノ塔山。★1.7MB
▲鞍骨山 その1へ TOP PAGE
    ▲to page top

MORI MORI KIDS ■MORI MORI KIDS Nature Photograph GalleryI ■CAPINO CAPINO(C) in Tokyo Japan since 08.04.2003

Ads by TOK2