清野・飛石天満宮 2009.12.25
●清野・古峯神社[こみねじんじゃ](日吉社)の境内。
 【飛石天満宮】埴科郡笹崎(岩野と土ロの問)の長石は諸方手入のありしに山川の難所にさえぎられ、愚老も六十年来の願望非力及ばず空しく星霜を送りけるに時ならぬかな、この度名主の微笑と言う。村方の勢力を以て立雪車(たちそり)お綱等拝借、初日漸く戴せ置き翌日より曳くと言えども暖冬雪薄く、道乾きかんじき減り前後動きかね諸人手を損し声唖の如く人力もつかれ、是非なく捨てし所に天沛然(はいぜん)としてみぞれ降り、たそがれより厳寒劔の如くなれば人々批判の通り。捨てたときは当所の恥辱つたなし面目この時也と終夜丹精池抽(ぬき)んじ、石に向かっては木石心なしと申せども竹木国土悉皆(しっかい)成仏と聞く時は此の度正一位大政大臣天満宮と祭り奉るべしなり。速かに納受あらば急々に飛行し給えと肝胆を砕き祈りければ、杯和心議や此の石揺らぐと見えし曳到(えいとう)々々の声と共に不日に忽(たちま)ち安置の場所に至りけるこそ有難き、ことに神明の加護願主の信心大勢の念力一致に寄るものにや。暫時の問に飛ぶが如く微塵も公私の隙(さはり)往来の滞り作方の諸難道橋の損亡怪我なく、末代不朽の功□□(二文字不詳)及び難き祐(さいわい)かれといい、これといい大群一心の助成によって□かし(一文字不詳)多年の本懐即時に足りぬ。まこと一郷の守護神、すなわち飛石天満宮と尊号を献じ奉るところなり。この辛労の族(やから)は勿論広大の利潤に依て長く無失の難を除き虚名の愁を避りわれたのむの専詠毎日唱うる人は文筆如意諸願成就疑うべからず、崇ぶべく敬うべきと言う。
 天明三癸卯(一七八三)歳睦月高久喜道綴
 試筆 此の春は八十字の人となりにけり君の恵の米の文字なり
 右依 仰認奉る(清野村誌)

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