清野・大里山風雲庵(観音堂) 2009.12.25
●清野・大里山風雲庵[おおざとやまふううんあん](大里山風雲寺・観音堂)。元黄檗宗。俗に清野観音という。
 本尊は聖観音菩薩。正慶二(1333)年後醍醐天皇の時、清野筑後守は村上彦四郎義満に属し、和洲吉野郡吉野蔵王道に戦う。この時義満護親王身代わりとなって戦死。清野筑後守は髪を切って帰国し、延元二(1337)年三月、当村古字大沖耕地、赤坂山(現妻女山)の麓(大里)に堂宇を建立。恵心僧都の作、立像一尺八寸の聖観音菩薩を安置して、義満の霊を弔う。寺号を大里山浮雲寺とする。
 永禄四(1561)年九月の第四次川中島合戦で焼失。武田信玄が現在の地に寺地を寄進して戦乱で荒廃した古寺を再建、寺号を大里山風雲寺とと改め、付属の庵を風雲庵と称し、深く信仰したと伝えられる。厨子の扉に武田家の四つ菱がある。明治維新の廃仏毀釈により廃堂となったが、村民の手により再興される。(清野村誌)
ご詠歌「清野寺 立ち出でみれば 霧雲の 晴るるところは もとのすみかよ 」

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