松代城下と戸神山脈 2009.5.3
●松代町東条の岩沢地区奇妙山登山口からの眺め。戸神山脈は、埴科郡誌の命名です。鏡台山から妻女山、あるいは薬師山までの長い山脈をいいます。
第四次川中島合戦で上杉謙信が最初に本陣としたと伝わる斎場山や、信玄が海津城に入った後に陣城を建てたと伝わる陣場平からは、海津城が眼下に丸見えだということが分かります。また、戸神山脈は、武田別働隊が越えたという伝説からつけられた名称です。
●『埴科郡誌』には、「戸神山は倉科村に在りては三瀧山の東部〜」と記されていますが、1042mは北部です。東部には西高遠山ぐらいしかなく、三角ではありません。戸神とは尖った三角の山の呼称です。
また、倉科からは見えません。これを誤記とすると1042mが戸神山の候補として一躍挙ってくるのです。このカットでは、三角に見えませんが、松代城跡から見ると三角に見えます。
また、『埴科郡誌』には、「戸神山を森野の頂上なりと決定し〜」と記されていることから、1042mを戸神山と命名したと考えてよさそうです。
つまり、戸神山とは地元で古くからそう呼んでいた山名ではなく、『埴科郡誌』編纂の際に、編者が集まってそう決めたということなのです。これは山脈名も同様であると記されています。

MORI MORI KIDS ■MORI MORI KIDS Nature Photograph GalleryI ■CAPINO(C) in Tokyo Japan since 08.04.2003
Ads by TOK2